夢の終わり
ラルフの話をすべて聞き終えた頃には、私の瞳からはぽろぽろと涙が溢れ続けていた。
彼の過去は、あまりにも辛すぎるものだった。そして、全てのことに納得がいった。ラルフが私をこんなにも想ってくれている理由も、守ろうとしてくれる理由も、何もかも。
「っごめん、ね……」
私があの日彼を庇ったことで、こんなにも長い間、罪悪感を背負わせてしまった。そして三度目の人生では彼を巻き込んでしまった上に、二度も死ぬ様を見せてしまったのだ。
何より私に会いたいと願ったせいで、彼は長い時間を生きることになってしまったのかもしれない。
私と彼、どちらも悪くないということは分かっている。それでも、謝罪の言葉を口にせずにはいられなかった。
──ずっと、自分だけが辛い思いをしているのだと思っていた。どうして私だけが、こんな目に遭うのだろうとも。
けれどきっと、ラルフは私以上に辛い思いをしていたに違いない。500年という時はきっと私が想像などつかないくらいに長く、辛いものだろう。
それなのに彼は今も私のことを想い、守ろうとしてくれているのだ。きっと、自身を犠牲にしてしまうほどに。
私は涙を拭うと、ラルフの手を両手で包みこんだ。すると彼は何故か、驚いたように美しい瞳を見開いた。
「……僕が、気持ち悪くないんですか」
そしてそんな問いを口にしたものだから、私はすぐに首を左右に振った。気持ち悪いだなんて、思うはずがない。
「こんなにも長い間、あなたに執着しているんです。自分でも異常だと分かっているつもりです」
「そんなこと、」
「……けれど僕はずっと、自身がエーリカさんの影を追い求めているんだと思っていました」
ラルフはアメジストのような瞳を柔らかく細め「でも、違った」と泣きそうな顔で笑った。
「今世の僕は、リゼット様が好きなんです」
そんな言葉に、再び視界がぼやけていく。
「きっと僕は何度繰り返しても何度出会っても、貴女を好きになってしまうんだと思います」
「…………っ」
私は気が付けば、ラルフを抱きしめていた。
彼は一瞬だけ、戸惑ったようにびくりと身体を震わせたけれど、やがて縋りつくように私の身体に手を回した。
「……本当に、ごめんなさい。私が庇ったせいで、あんな死に方をしたせいで、こんなにも長い間苦しめてしまって」
「貴女が謝る必要なんて、ありません」
「それと、ありがとう。私を助けようとしてくれて、大切に想ってくれて。ずっと一人で、頑張ってくれていたんだね」
……時折、ラルフに対して感じていた違和感や価値観のズレは、辛く長い時を生きてきたことで心が壊れかけているからかもしれないと、今になって思う。
抱きしめているせいでその表情は見えないけれど、彼が今泣いていることに、気が付いていた。
「っ好きです、」
「うん」
「本当に、貴女が好きなんです……」
私もきっと、ラルフのことを好きになりかけている。
絶対的な死を前に、こんなにも甘やかされ手を差し伸べられたことで、心が揺らいでいるのかとも思っていたけれど。
すべてを知った今、はっきりと彼が愛しいと思えていた。
「……ありがとう、ラルフ」
そう呟いて、私は柔らかな銀髪をそっと撫でたのだった。
◇◇◇
それから、4日が経った。私達はこの牢の中で、以前と変わらない時間を過ごしている。
ひとつだけ変わったのは、距離感だった。私自身の気持ちに変化があったからだろうか。なんというか以前よりも、何もかもの距離が縮まったように思う。
……誕生日まで、あと少し。この4日間、私は自身がどうすべきかということを考え続けていた。そしてラルフの気持ちも全て分かった上で、私は彼を危険な目に遭わせたくない、死なせたくないと思った。
だからこそ、もう一度しっかり話をしてここを出て、聖女様達の協力を仰いで行動すべきだろう。
まずは話をしようと切り出そうとしたところ、先に口を開いたのは彼の方だった。
「リゼット様に、お願いがあるんです」
「お願い?」
「はい」
やけに真剣な表情でそう言われ、何かあったのかと不安になってしまう。そんな私に、彼は続けた。
「一度だけ、口付けてもいいですか」
「……えっ」
想像もしていなかった突然の言葉に、一瞬で顔が熱くなっていくのが分かった。いきなりのことに戸惑いを隠せずにいると、彼は困ったように眉尻を下げた。
「もちろん、少しでも嫌だと思ったなら断ってください」
「い、嫌じゃない、けど」
すぐにそう答えてしまった自分にも、恥ずかしくなる。もちろん、嫌ではなかった。ラルフは私の反応に驚いたような表情を浮かべた後、ひどく幸せそうに微笑んだ。
「本当に、嬉しいです。ありがとうございます」
「……うん」
「目を閉じていただけますか?」
「わ、わかった」
言われた通り目を閉じれば、少しの後にそっとラルフの手が伸びてきて、私の頬に触れた。
その優しすぎる手つきに、何故か泣きたくなってしまう。
「……大好きです、リゼット様」
やがて唇が重なり、同時に感じたのは幸福感で。私は彼が好きなのだと、改めて自覚した時だった。
口内に、とろりとした何かが流れ込んできたのだ。一瞬にして、ひどく目蓋が重くなっていく。
唇が離れると、ラルフはするりと私の頬を撫でた。
「……な、に……これ……」
「きっと次に目が覚める頃にはもう、リゼット様が恐れることは何もありませんから」
前回ここへ連れて来られた時よりも強い、眠らせる類の薬だと理解した時にはもう遅くて。目の前が暗くなっていく。
私を救うために、彼は自身を犠牲にするつもりだ。私はそんなこと、望んでいない。
「おやすみなさい、リゼット様」
「……っ、」
もう、声も出なかった。嫌だと叫びたいのに、身体が動かない。私はまだ彼に、何も伝えていないのに。
「愛しています」
そんな彼の声を最後に、私の意識はぷつりと途切れた。




