そしてまた、巡り合う
それから僕は、生まれ変わっては死ぬことを繰り返し、気が付けば200年が経っていた。
こうして転生し続けるのは、エーリカさんにもう一度会いたいという願いを、あの石が叶えてくれたからだろうか。
けれど彼女に再び巡り会うことなど不可能だと、とうに気が付いていた。そもそも、生まれ変わっていたとしても普通は前世の記憶などないのだから。
それでも、彼女のような心の美しい人はこの世界のどこかで生まれ変わり、きっと幸せになっている。そう考えるようになっていた。いや、そう信じたかったのかもしれない。
彼女のことを少しでも忘れてしまうのが怖くて、どの人生でもその姿絵を描き続けた。魔物を倒すため、冒険者や騎士になることもまた、どの人生でも変わらなかった。
子爵家の子息として生まれた今世も、僕は騎士になっていた。生まれ持った才能に加え過去の経験や知識のお陰で、魔物との戦闘において僕の右に出る人間はいなかった。
そしていつしか魔物討伐部隊の隊長へと上り詰め、26歳になったある日の晩のことだった。
「少し見回りに行ってきます」
「わかりました」
団員達と共に魔物討伐に向かう最中、途中の森で野営をしていたものの寝付けず、少し歩くことにした。
この森が、エーリカさんと過ごしたあの森に似ていたせいだろうか。無性に一人で歩きたい気分だった。
そうして歩いていると、ふと木の影に何かが蹲っていることに気が付いた。一瞬、動物や魔物かと警戒したけれど、近づいて行くと人間の女性だということが分かった。
「……大丈夫ですか?」
剣に手をかけたまま近付き声をかけると、細身の身体がびくりと大きく震えた後、彼女は恐る恐るこちらを見上げた。
平民らしきその女性は、この世の終わりのような顔をしていた。一体何故、こんな時間にこんな場所にいるのだろう。
「ここで何をしているんですか? よければ家まで送り、」
「わ、私から離れてください……!」
「…………?」
彼女は今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、後ずさった。
「っもうすぐ、私の近くに魔物が出るかもしれないんです」
「……もうすぐ?」
「だから誰も巻き込まないように、ここへ来たのに……」
これから魔物が出るだなんて、訳がわからない。
けれど本気で何かに怯えているような様子の彼女は、嘘をついているようにはとても見えなかった。
「もしも魔物が出たとしても、大丈夫ですよ」
自身の身分を明かし、魔物の討伐には自信があると告げれば、彼女はほんの少しだけ安心したように見えた。安全のためにも他の騎士もいる野営地へ行こうと声をかければ、やがて小さく頷いてくれた。
二人並んで歩きながら、彼女のことを尋ねた。名前はモニクと言うらしく、年齢を聞いたところ日付が変われば20歳になるのだと教えてくれた。今の正確な時間は分からないものの、きっとそろそろだろう。
折角の誕生日にこんな場所で、一人でこんなにも何かに怯える姿は、初対面の相手といえど気の毒に思えた。
「それにしても何故、魔物が出ると分かるんですか?」
「……私、前世持ちなんです」
突然のそんな言葉に、心臓が大きく跳ねた。
前世持ちが他に存在することは知っていたものの、自分以外の人間に会うのは初めてだった。初めて会ったはずなのに彼女が嘘をついているとは、不思議と思えなかった。
「その、実は前世も、その前も20歳の誕生日に魔物に食べられているんです。多分一度目は偶然、だったんですけど」
「……20歳の誕生日に?」
「はい。だから今世も、もしかするとまた現れるんじゃないかと思うと怖くて……色々と試してはみたんですけど、結局家族を巻き込みたくなくて、一人でこの森に来ました」
彼女の話を聞いているうちに、遠い過去の記憶が蘇る。
まさかそんなはずはないと思いながらも、心のどこかで期待している自分がいて。気が付けば、僕は口を開いていた。
「……変なことを、尋ねてもいいですか」
「はい?」
「1度目の人生の時の、君の名前を教えてくれませんか」
心臓の音が、ひどく大きな音を立てていく。やがて彼女は少しだけ不思議そうな顔をした後、小さく微笑んで。
「エーリカです」
はっきりと、そう言ってのけた。
──どうしてすぐに、気が付かなかったのだろう。困ったような笑い方だって、髪を耳にかける仕草だって、全部エーリカさんと同じものだったのに。
ずっと、会いたかった。ずっとずっと、謝りたかった。
エーリカさんが記憶を持ったまま生まれ変わっていて、目の前にいる。そんな奇跡に、思わず泣き出しそうになった僕を、彼女は不思議そうな顔で見つめていて。
「っ僕は、」
何か言わなければと、再び口を開いた時だった。ぞわりと嫌な感覚がして振り向くと同時に、僕の左手は消えていた。
それでもすぐに右手で剣を抜き、彼女を庇うようにして構え、やがてそれを視界に捉えた瞬間、僕は息を呑んだ。
「……お前、は……」
そこに居たのは間違いなく、エーリカさんを食い殺したあの時の魔物だった。
背中越しに「やっぱり……」という、ひどく震えた声が聞こえる。先程の話を聞く限り、この魔物は一度ではなく二度も彼女を食い殺したようだった。
そして今もまた、彼女を食らおうとしているのだ。身体の奥底から、怒りと憎しみが込み上げてきた。一体なぜ、この魔物はこれ程に彼女に執着するのだろうか。
けれど今は、そんなことを考えている時間も余裕もなさそうだった。切り落とされた左手からの出血が、酷い。だからこそ先に攻撃を仕掛けようとした途端、まるで時間が止まったような感覚に襲われた。
「っ騎士様……!」
彼女の叫びにも似た声が、遠くで聞こえた気がした。
気が付けば僕は地面に倒れ込んでおり、自身の身体がずたずたに引き裂かれていることにも気が付いた。一体何が起きたのか、何をされたのかも分からない。
唯一分かるのは、僕はまた彼女を救えなかったということだけで。霞む世界で最後に見えたのは、愛しい人が再び食われ死んでいく姿だった。
◇◇◇
彼女を救えなかったあの日から、300年が経っていた。自分を恨み絶望する、終わりの見えない地獄のような日々だった。自分の中で、何かが擦り減っていくのが分かった。
消えたい、死にたいとすら何度も思った。けれどそれが何の解決にもならないことも分かっていた。死んだところで次の瞬間には、別の人間として生を受けるだけなのだから。
そして何より、再び生まれ変わってもなお、あの魔物に食われる運命にあるかもしれない彼女のことを思うと、自死なんて出来るはずがなかった。
弱く愚かな僕に、彼女を救えるかは分からない。それでもひたすらに、名前も姿も分からない彼女を探し続けた。彼女を守れるよう強くなりたいと、努力し続けた。
この500年間僕を突き動かしていたのはきっと、彼女への想いだけだった。胸の中にある感情が、既に恋心なんて綺麗な言葉では表せないことも分かっていた。
「……に、ちゃ……、っいた、いよ……」
けれど今世の僕は、小さな妹ひとり救えないらしい。
いくら前世の知識や経験があったって、生まれや環境ばかりはどうにもならない。子供であれば尚更だった。必死に手を伸ばしても、誰も助けてはくれない。
きっと僕はもう、全てに疲れていたんだと思う。とっくに枯れたはずだと思っていた涙によって、視界が滲んでいく。
──彼女が好きだった。ただ、それだけだったのに。どうしてこうなってしまったんだろう。
そして、ナディアの小さく骨ばった手をそっと握り、底無しの絶望感や無力感に支配されていた時だった。
「もう、大丈夫だからね」
彼女は天使のような姿で、再び僕の前に現れたのだ。




