見えない星を探して
「リゼット様、食事をお持ちしました」
あれから、何日が経ったのだろう。この空間には窓も時計もなく、時間の感覚が一切なくなっていた。
ラルフは日に三度食事を運んできてくれるけれど、途中からは私の生活も不規則になり、自分がいま食べているものが朝食なのか夕食なのかすら分からなくなっている。
一度、今は何日なのかと彼に尋ねてみたけれど「リゼット様は気にしなくて大丈夫ですよ」と返されるだけ。ここには風呂までついていて、全てが事足りてしまう。だからこそ、ラルフは私を絶対にここから出そうとはしなかった。
ここは一体どこなのだろう。ラルフはいつも温かな料理を持って来るのだ、侯爵邸の近くなのかもしれない。
「お願いですから、もう少し食べていただけませんか」
「……食欲が、なくて」
体力がなければ困る時がくると分かっていても、こんな状況では食欲なんて湧くわけがない。そんな私をラルフは困ったような、ひどく悲しげな表情で見つめている。
「もう一口だけ」
そう言って、彼はスプーンを私の口元へと運ぶ。小さく口を開ければそっと差し込まれ、なんとか咀嚼し飲み込めばラルフは嬉しそうに微笑んだ。
こんな生活が、いつまで続くのだろう。ナディアや聖女様やメルヴィンは今、どうしているのだろうか。
疑問は尽きないけれど、彼が答えてくれることはない。
「……ねえ、ラルフ。こんなのやめよう……? 勝手にいなくなったりして、本当にごめんなさい。絶対にもうしないから、一緒に聖女様達のところへ行こう?」
じっとラルフの瞳を見つめて懇願しても、すぐに視線を逸らされ、彼は何も言わないままで。
やがてラルフは、縋り付くように私の腰に腕を回した。カシャン、と足枷についた鎖が揺れる。ここに来てから、彼はまるで子供のようにこうして私に触れるようになった。
……彼がこうなってしまったのも、私が間違えてしまったせいだ。反対されると分かっていても、話をすべきだった。
けれどそうしなかった一番の理由も、自分でもわかっていた。彼に「嫌だ」と言われてしまえばきっと、死にたくなくなってしまう。私は、ラルフから逃げたのだ。
そっと、ラルフの柔らかな銀髪へと手を伸ばす。彼は驚いたように顔を上げた後、泣き出しそうな表情を浮かべた。
「……リゼット様、愛しています」
そうして今日も私はこの部屋でただ、彼と共にひどく静かで先の見えない時を過ごすのだった。
◇◇◇
「おはようございます、リゼット様」
「……うん」
どうやら、また眠ってしまっていたらしい。身体がひどく重たい。以前よりも頭が働かなくなってきている気がする。
わたしの傍に腰掛けていたラルフはいつの間にか正装に着替えており、これから外に仕事へ行くようだった。
「遅くなるかもしれないので、2回分の食事を置いていきますね。何かあればすぐに戻ってきます」
小さく頷けば、ラルフはほっとしたように微笑んだ。
きっと、彼はほとんど寝ていない。こうして勇者としての仕事がある時以外は、ずっとこの場所にいるのだ。そして私が眠った後に、静かに戻っているようだった。
その間に書類仕事をこなし、また私が起きる頃にここへとやって来ているのだろう。身体を気遣っても「大丈夫です」と笑顔を浮かべるだけで、聞き入れてはくれない。
やがてラルフは愛おしげに私の頬を撫で「行ってきます」と言うと、部屋を出て行った。
「…………」
一人になった私は少しだけ彼の用意してくれた食事をとると、ベッドに腰掛け冷たい壁に背を預けた。
本や裁縫道具なんかも用意してくれているけれど、とてもそんな気分にはなれない。
──20歳の誕生日が来てしまった時、私や彼はどうなってしまうのだろう。二人とも無事だなんて幸せな未来は、悲しいくらいに想像もつかなかった。
一人膝を抱えそんなことを考えていると、不意にバチバチという火花が散るような音がして。すぐに顔を上げれば、見覚えのある赤が視界に飛び込んできた。
「……どうして、ここに」
彼は牢の中にいる私を見るなり、眉を顰めた。その視線はやがて、私の足元へと向けられる。
「うっわ、ラルフのやつここまでやんのかよ。引くわ」
ひどく疲れたような様子のメルヴィンはそう言うと、深い溜め息を吐いたのだった。




