閑話.迷える聖職者の独白。
「……探したよ」
治療所で怪我をしている患者をあらかた治療し終わったとき、声をかけられました。
私に声をかけてきたのは黒髪に甘い顔立ちの少年です。今回私が迷子になるまで一緒に行動していた四人組のリーダーさんでした。
「あ、お久しぶりです。……この度はご迷惑をおかけしました」
「いや、おれらももっと注意しておくべきだった。この治療所での治療は終わった?」
「はい。残っているのは軽傷者だけです」
「さすが聖女」
「まだ聖職者ですよ。──勇者様」
「はは、そうだったね。じゃあ、行こうか」
「はい」
使った治療道具などを手早く片付け、身支度をします。
そして、治療所の責任者に別れの挨拶をしてから治療所を後にしました。
*****
私は教会で聖職者をしております。
捨て子だった私を教会が保護してくださり、ここまで育ててくれました。
親の顔は覚えていません。ですが、教会の孤児院にいるみんなが私の家族なので、血の繋がった家族に会いたいとは思いません。幸いにも私には“癒しの力”があったので、教会に少しでもご恩返しができればな、と思っています。
普段私は教会の本部がある聖国に暮らしていて、奉仕活動を行う傍ら治癒力を上げる修行をしていました。女性の聖職者の中では治癒力が高く、次期聖女に最も近いと言われ期待されています。
基本的に、聖女や聖者に認定されるには才能だけでなく厳しい修行に耐えられなければならないため、壮年から老年になってから認められることが多いです。
だから若くして聖女候補に上がることすら珍しいのです。
そんな私が何故聖国から遠く離れたこの国にいるのか──それは、勇者様と一緒に魔王を倒すためです。
*****
治療所を出たところには勇者様の仲間たちが待っていました。
騎士団長の娘にして貴族令嬢の剣士。
百年に一人といわれる逸材の魔術師。
お世話から暗殺まで何でもこなす万能メイド。
勇者様が魔王討伐のために厳選したメンバーです。
……ですが、実力で選んだと言われても全員が若く美しい女性であるのを見ると、顔で選んだのかと疑わしく思ってしまいますね。
しかし、元々の気質なのか、勇者様は老若男女に優しいです。女性には特に優しいですが。
彼女たちもそんな勇者様に気に入られようとあの手この手でベタベタしています。私のことまで警戒しているのか、無駄に睨まれ牽制されるのには辟易しました。これが魔王を倒す旅だときちんと理解しているのでしょうか。たまに不安になります。
「この場所から魔王の居城まで、おれらの足であればそこまでかからないと思う」
「この先にある村とかでどれくらい補給出来るかわかりませんわね。なるべくここで物資を補給ましょうか」
「……そうだな。特に消耗品とかは多目に揃えておくか」
勇者様の言葉に金髪の令嬢剣士が真剣な表情で口を開きました。自分の言葉に頷いた勇者様が嬉しいのでしょう。令嬢剣士が頬を染めました。それを見て魔術師が目を細めます。彼女はあまり喋らないし、常に無表情ですが、勇者様の事については分かりやすいです。
一歩後ろで勇者様と令嬢剣士のやり取りを見ていたメイドさんが、控えめに立候補しました。
「補充は私にお任せください、勇者様。不足なく整えてみせます」
「うん、ありがとう。任せるよ」
「はい」
メイドさんに笑いかけた勇者様は、力強く宣言しました。
「じゃあ今日は準備をして、明日出発しよう」
翌日、それぞれが大きな荷物を背負い、宿を出ました。
メイドさんが、門を出る手続きを門番さんとしているところで、別の門番さんがこちらへ近寄ってきました。
「えっ、君たちもこの先へ進むの?!」
「はい。……ええと?」
「あ、ごめん。俺ここの門番をやってるんだ。魔物がよく出るせいで近ごろは旅人が減っていたんだけど、最近君らくらいの若い子が門を出ていったから気になって……」
私はある予感がしました。
「それはどんな人たちでした?」
「えーと、男女の二人組で、一人はちょっと人相が悪いけど普通の男で、もう一人の方は華奢で可愛い女の子だったね。あとは子犬がいたかな?」
……間違いなくあの人たちですね。
迷子の私をこの国の治療所まで送り届けてくれたちょっと変わった人たち。
空腹で倒れた私をビンタで起こしたり、子犬が巨大化して全員を乗せてこの国まで爆走したり、超高価な生薬術師の薬を飲ませてくれたりと、今までにない凄い体験をしてしまいましたが、とてもいい人たちでした。
その人たちがこの先へ行ったという情報を聞き、心配になりました。
この先は強い魔物も多く出るので危険です。
「あの、何故この先へ行くのか……理由は言っていましたか?」
「あぁ、なんか探し人がいるとか言っていたな」
「そうなんですか……」
彼女たちが危ない目に合わないといいのですが。探している人が早く無事に見つかるよう祈ることにします。
人の良い門番さんが「気をつけるんだよ」と言ってくれた気遣いの言葉に、私は会釈をして門を出ました。
「あの子もこの先に行ったのか」
ポツリと勇者様が呟きます。
声に反応して視線を向けると、勇者様は難しい顔をして道の先を見ていました。どうやら先ほどの門番さんと私の会話が聞こえていたようです。
「勇者様も彼女のことを知っているのですか?」
「あぁ。運命の糸で結ばれてるのか、何度も行く先々で会うんだよね」
「運命……ですか」
「うん。初めて会ったときにお茶に誘ったんだけど、彼女に殴られた瞬間、運命を感じたんだ」
「………………」
状況がよくわかりませんが、テレテレしている勇者様が気持ち悪いです。内心で引いている私に気がつかないのか、勇者様は恋する乙女のような顔で、ほぅと息をつきました。
「……彼女、大丈夫かなぁ。魔物に会って泣いてたりしないかなぁ」
「それは大丈夫だと思います」
彼女が泣くところは想像できません。
むしろ、私は勇者様たちより彼女の方が強そうだと思います。
実力を正確に知っているわけではありませんが、あの巨大な黒い魔獣を従える彼女が弱いとはとても考えられません。
……お願いしたら、一緒に魔王退治をしてくれませんかねぇ? もしこの先で会えたら、頼むだけ頼んでみましょうか。彼女たちが一緒だとそれだけで心強いですし、すべて何とかなりそうな気がします。
私は願いを胸に雲一つ無い空を見上げました。




