閑話.天才少年の独白。
僕は、天才だ。
物心ついた時から器用だった。最初は器用なだけだと思っていた。
自分の周りの人たちが出来ることは、大抵僕も出来た。特に難しいと思うこともなく、何でも出来た。
それが普通だと思っていた。
だけど、どうやら僕の“普通”は、周りの“普通”とは違うようだった。
教会で陽の日だけやっている学舎というものがある。
僕は学舎で、この街のこと、この国のこと、今まで気にしてもいなかった“日にち”や“時間”という概念なども学んだ。
最初はよかった。
僕も他の人も皆同じペースで進んでいく。しかし、回数を重ねる毎に、皆が遅れだして、僕の異質は浮かび上がっていった。
何で同じことを何度も聞くのかわからなかった。そして、聞いたとしても、翌週には忘れている。
意味がわからなかった。
一度聞けば理解出来る僕。
何回か聞かなければ覚えられない他の人。
何でわからないのかわからない。
一緒に学んでいる子に聞いてみた。
『何で何回も聞くの? 時間の無駄じゃない?』
すると、その子はムッとした顔で答えた。
『理解するために聞いているんだ』
意味がわからなかった。一度聞けばわかるのに。“理解するため”に何度も聞く? その理屈が理解出来なかった。
そのためか、僕と周囲には軋轢が生じていた。
──アイツ、嫌味なやつだな。
──自分が頭がいいからって、俺たちをバカにしてるんだ。
──何を考えているのかわからない。ついていけないよ。
僕はどんどん孤立していった。
いつからか、僕と周囲の人たちの間には大きな溝が出来ていた。
止まることなく進む僕。
遅々と進まぬ周囲の人たち。
学舎の先生たちも僕のことを誉めてくれるけど、最初は嬉しかった誉め言葉が、だんだん煩わしくなった。
そんな時に剣の師匠に出会った。
無心に剣を振るうと、悩んでいたことをいつの間にか忘れていた。
師匠は強くて、全然僕では敵わなかった。
それが嬉しくて、僕はどんどん剣にのめり込んでいった。
師匠のもとで数年教えてもらった。
僕には剣の才能もあったのか、乾いた砂が水を吸うように師匠が教える剣の技を吸収していった。
そしてある日……。
『随分強くなったなぁ。俺が教えることはもうない。あとは自分で研鑽を積め。世界は広いぞぅ!』
師匠に免許皆伝をもらい、これからは自分で研鑽を積むことになった。
しばらく途方に暮れたが、幸いにもこの街では最近領主様が魔物に対抗するために武芸に力を入れ始めていた。
僕は手始めに闘技大会で力試しをすることに決めた。
順調に試合に勝っていった。
苦戦すること自体少なかった。
これなら師匠と試合をする方がよっぽどためになる。
僕は悩んでいた。
そんな時、賭け試合に出てみないかと誘われた。
賭けの胴元の話によると、試合を面白くするために対戦相手は強者を用意するそうだ。そして、試合が終わったあとで自由に飛び入り参加を募る。試合を観たあとで挑戦するということは、それなり以上の実力者であるはず……ということだそうだ。面白いと思った。
闘技大会も力試しにはいいのだが、最近少し物足りなくなっていたのだ。
僕はこの話を受けた。
そして、賭け試合に出ることによって、これまでの人生で一度も経験したことのないほどの“意味不明”な人物と出会った……。
見た目は普通の女の子だった。
いや、普通より可愛い女の子だった。
ふわふわの金髪に華奢な身体。
正直、この子が挑戦すると言ってきた時、どうすればいいのかわからず、戸惑った。
賭けの胴元も戸惑っている。
しかし、試合が始まった途端、僕は自分の認識が間違っていたことを知った。
彼女が拳を振い、剣の腹で咄嗟に受け止める。
『ガキィン!!』
……明らかに生身の拳と剣がぶつかった音ではなかった。
気を抜いたらやられる。
しかし、どうしても剣で攻撃することは躊躇われる。
僕は防戦一方になった。しかし、彼女は攻撃を躊躇しない。
拳で像を破壊する人なんて初めて見た。
その細腕で出せるパワーじゃなくない?
あと、攻撃に躊躇しなさすぎだから!!
『なんなの、キミ。意味わかんない』
『私は、私よ! あなたの勝手な“物差し”で計ろうとしないで!』
『……っ!!』
今まで散々周囲の勝手な“物差し”で計られた僕が、勝手な“物差し”で彼女を計っていた事実に愕然とする。
ついに決着がついた。
僕はこの子に勝てなかった。
その時になって、初めて師匠の言葉が理解出来た。
『世界は広いぞぅ!』
ニヤリと笑った師匠の顔まで思い出す。
……なるほど。世界は広い。
このあと、なんだかんだあって一緒に火竜退治に行くことになった。
大丈夫かなぁ、と不安になりつつも胸が踊る。
こんなにわくわくするのは久しぶりだと思いながら、出発当日を楽しみに待った。
楽しみ過ぎて少し寝坊してしまった。
待ち合わせ時間には間に合うと思うけど……あ、もう来てる!
慌てて駆け寄り、声をかける。
「すまない、待たせた」
『いや、構わない』
「早いからあああああ!」
え、え!?
これはどういうことだ?
犬が……しゃべった??
軽く混乱していると、彼女が近寄ってきた。
「つまりはそういうことよ」
「え、どういうこと?」
「現実を見なさい」
…………。
ははっ! この少女に出会ってから、わけがわからないことだらけだ!
もう全てを飲み込んだ方が早い気がする。
彼女と出会って、僕は世界が広いことを知った。
──ていうか、あの魔獣デカ過ぎだから!!!
正直、腰を抜かすかと思った。




