19.脳筋少女、町から出発する。
さて、善は急げです。
少女はお茶を飲み終わったら、魔女に早速町を出ることを告げます。
「もう行くの?」
「えぇ、早い方がいいのでしょ?」
確かに、いつもはもう素材が届いて薬を調合している時です。
少しでも早く素材がほしいのが本音です。
ですが、折角来てくれた少女を依頼だけして、さっさと行かせるという行為も、魔女は嫌でした。
しかし悠長に時間をかけるわけにもいきません。
魔女は、せめて……と餞別を渡すことにしました。
少女に「ちょっと待ってて」と言い、1度奥へ引っ込みます。
戻ってきた魔女の手には、路銀と言うには多い量のお金と、魔女特製の傷薬、疲労回復薬、胃薬が入った袋を持っていました。
「せめてこれを持っていって。特に路銀。あなた金欠なんでしょ?」
「あ、そうだったわ」
さすが少女と付き合いのある魔女です。
少女の手持ちが少ないことなど、お見通しです。
少女の危機感の少なさにちょっと心配になりながら、魔女は盗賊Cに渡しました。
「? なんでそっちに渡すの?」
「彼が荷物持ちだからよ」
「そうね」
不思議そうな顔をした少女に魔女は真顔で答えます。
魔女の言葉に“うんうん”と納得した少女。
しかし、魔女は本当にそんなことを思ってお金を盗賊Cに渡したわけではありません。
ちらりと盗賊Cに目を向けると、目で頷かれます。
魔女は安心しました。
少女は悪い娘ではありませんが、なにぶんあまり深く考えるということをしません。
きっとこのお金を少女に渡していたら、町を出るまでにそうとう買い食いするでしょう。
その点、盗賊Cはお金の感覚がしっかりしていそうです。
「じゃあ、無理はしないでね。待っているわ」
「えぇ。大丈夫よ。任せなさい」
少女と魔女は軽く抱擁します。
そして魔女はくるりと盗賊Cの方を向きます。
「あなたも悪いわね。さっき渡した袋には、傷薬、疲労回復薬、胃薬が入っているから遠慮なく使ってちょうだい」
「あぁ。ありがたい」
盗賊Cは“胃薬”のところで深く頷きました。
それを見て、魔女は苦笑します。
「いい人そうでよかったわ。この娘のことお願いね」
“いい人”のところで少しビクつきましたが、盗賊Cは平静を装いました。
***
魔女の家を出たら、次は出発準備です。
西の村までは歩いて2日かかるので、食料やその他の消耗品を買いに行きます。
盗賊Cは大活躍でした。
少女が次々と関係のないものを買おうとします。
それを盗賊Cは阻止します。
何度かの攻防の末に盗賊Cが勝利しました。
「……お嬢、関係のないものは今買わないでくれ」
「あら、だって使うかもしれないじゃない」
「大丈夫。絶対使わないから」
この会話が先程から何回もなされています。
備えあれば、憂いなしとは言いますが、少女が買おうとしているのは旅に全く必要のないものです。
盗賊Cは魔女に頭痛薬ももらってくるんだった……と軽く後悔しました。
***
翌日早朝。
宿を引き払い、出発します。
宿屋一家が入り口から総出で見送ってくれます。
宿屋のおやじは温かい目で“お嬢ちゃんに何かあったら許さねぇから”と語っています。
その視線を向けられた盗賊Cは、『あぁ、早速魔女さんの薬を試すことになりそうだ』と軽くお腹を押さえます。
「じゃあ、おやっさん、みんな、行ってくるわね!」
少女は笑顔で挨拶します。
宿屋のおやじにお昼にと渡された弁当が今から楽しみなようです。
盗賊Cも軽く挨拶をし、少女と一緒に出ようとしたところで、宿屋のおやじに待ったをかけられました。
恐る恐る振り返った盗賊Cに、宿屋のおやじは言います。
「お嬢ちゃんのことも心配だが、お前さんも体に気を付けろよ」
「……え?」
盗賊Cはびっくりしました。まさか、この筋肉が自分のことも心配するだなんて。
硬直する盗賊Cに宿屋のおやじはニカリと笑って背中をバシンと叩きます。
「おら、行ってこい」
なんだか妙な感覚になりながら、盗賊Cは小声で言いました。
「……行ってきます」
外で待っていた少女が不思議そうな顔をします。
「なんで、顔が赤いの?」
「これは朝日のせいです」
ともかく、2人は西の村へ向けて出発しました。




