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第15話 魔法のジュース

「フィーリアさん、すこしだけ待ってくださる?」


 魔法ジュースの販売をはじめて二週間。


 自室に帰ろうとした私を伯爵家の次女が呼び止めた。


「マリナムお姉さま? どうかなさいましたか?」


 要件は聞かなくてもわかる。


 魔法ジュースに関してだ。


「あなたに、お願いがあるのだけど」


 声音は普通だが、不機嫌さが透けて見えた。


 スカートの後ろに隠した手が、羞恥で握られている。


 そんな姉の姿を眺めながら、私はわざとらしく首を傾げた。


「お願いですか? お姉様が、わたくしごときに?」


「……ええ。優秀な、フィーリアちゃんに、お願いしたくて」


 笑顔が崩れかけているけど、嫌み程度では引く気はないらしい。


 姉のメイドがお辞儀をして、1本のジュースを見せてくれた。


『美容の魔法ジュース』


 そんな文字と、右上に向かう矢印のラベルが貼ってある。


 私たちが頑張って作った商品だ。


「こちらを100本ほど売っていただけませんか?」


「あら? そちらは、庶民向けのジュースですわよ?」


 値段は、1本2万円くらい。


 高級品だけど、貴族向けは20万円からが基本だ。


 大店の奥様が使うような物を伯爵令嬢様が使うおつもりですか?


 そんな嫌みを顔に浮かべて、私は微笑んで見せた。


「……貴族として、庶民の暮らしも知る必要があると思いまして」


「あら、さすがはお姉さまですわ」


 おほほほと笑う姉の扇子が、メキメキと音を立てていた。



 魔法ジュースの噂は一瞬で広まり、配置薬の問い合わせは増え続けている。


 目の前にいる姉のように、魔法ジュースを売って欲しいと言う相手も大勢いた。


「実を言いますと、お義母様や姉妹たちからもお願いされていますの」


 美容と噂は、貴族の嗜み。

 乗り遅れると馬鹿にされる。


 プライドを捨てて、嫌いな相手でも交渉に行く姿勢は、素直にすごいと思う。


「特殊な装置が必要で、急には増やせませんの。もちろん、お姉さまを優先したいのですが……」


 扇子で口元を隠しながら、私はニヤリと笑って見せた。


 商人ではなく、貴族のやりとり。


 生粋の貴族である姉なら、私が伝えたい言葉をわかってくれるはずだ。


「……リュミス」


「かしこまりました」


 姉が自身のメイドに合図を送る。


 メイドがティリスに何かを渡してくれる。


「お茶会もお誘い致しますわ。それではごきげんよう」


 姉は私に背を向けて、そのまま立ち去った。


 自室に帰った私に、ティリスが手紙と金貨を渡してくれる。


「長女様が金貨3枚。次女様が2枚です」


「みんな、お金持ちだねー」


 開いた手紙には『伯爵様が製薬会社の重役を召集している』と書いてあった。


 袖の下と、情報のリーク。


 最後に聞かされたお茶会のお誘いは、『詳しい話をしてもいいよ』そんな意味だ。


「お義母様たちは、金貨10枚だったよね?」


「はい。まだお見えになっていないのは、第二夫人様だけです」


「逆に尊敬するなー」


 貰ったお金だけで、6000万円くらい。


 魔法ジュースのウワサが他領に広がれば、婚約者にお願いされた兄弟たちも動いてくるはずだ。


「裏金だけで、借金の返済が出来るね」


 薬屋の売上じゃないから、実績には出来ない。だけど、大きな軍資金が出来た。


 あとは、貴族向けのジュースを作り、姉妹たちと配置薬の契約を結ぶ。


 兄弟の婚約者を使って、他領に販売網を広げてもいい。


「生産力のアップも問題なし」


 リンちゃんたちが慣れてくれば、作れる量も増える。


 貴族の流行が廃れるまでには、盤石な販売網が出来ているはずだ。


「面倒なのは、伯爵だけ」


 姉妹たちがリークしてくれた情報を流しみて、私は、はぁ……と溜め息を付いた。


「伯爵領の特産にすればいいと思うんだけどな」


 伯爵のプライドが邪魔をするのか。


 領地の発展より、私の婚約破棄を優先したいのか。


 ただのバカなのか。


「バカなんだろうね」


 そう思いながら手紙を仕舞って、貰った金貨をティリスに預ける。


「私の名前で、製薬に良さそうな土地と建物を買ってきてくれる?」


「……よろしいのですか?」


「うん。今後の分もすべて使えそうなやつをお願い」


 手元に資金がない方が、敵は早く動いてくれる。


 そう思いながら、私は暖かいベッドで眠りについた。




 裏金を貰って、魔法ジュースを作る。


 子供たちの家も、見た目は変えないように気をつけながら、丈夫で快適な物に作り替えた。


「今日も1日、ゆるゆるいきましょう」


「「はーい!」」


 魔力がある子には、ジュースを作ってもらう。無い子には、戦闘訓練をして貰う。


 配置薬の利益は着実にノビていて、ジュースの在庫も増え始めていた。


「ジェフ。みんなの戦力は?」


「悪くないっすね! ツノウサギやスライムくらいなら、ケガの心配はないっす!」


「そう。わかったわ」


 魔法も物理も順調。


 野菜ジュースもはじめようかな?


 などと思っていると、リンちゃんが庭の方から駆けてきた。


「フィーリアさま! えっと! えっと!」


 見るからに焦っていて、うまく言葉が出ない。


 その手には高級な羊皮紙が握られていて、一緒に作業をしていたティリスもない。


「伯爵の嫌がらせ?」


「!!!!」


 目を見開いたリンちゃんが、コクコクと頷いてくれた。


 リンちゃんから手紙を貰って、さらりと流し見る。


『魔力を使った液体は、すべて薬である』


 そんな宣言が書いてあった。


「伯爵と薬屋の社長全員の連名で、薬の定義を変更する、ねぇ……」 


 伯爵が薬屋の社長を集めていたのは、このためだろう。


 姉妹たちからのリーク通りで、逆にびっくりする。


「フィーリアさま、どうしましょう……」


 魔法ジュースが薬に認定されると、私たちは売ることが出来なくなる。


 慌てたくなる気持ちもわかるけど、これは予想通りの結果だからね。


「大丈夫。すでに手は打ってあるから」


 ティリスがこの場にいないのは、そのため。


 姉妹たちが口裏を合わせいる可能性も考えていたけど、無駄な努力だったみたいだ。


「ジェフ。すぐに動ける?」


「もちろんっす!」


 誇らしげに胸を張ったジェフが、戸惑う子供たちを横目に、男らしい笑みを浮かべてくれた。

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