ララさんに書状を渡す
「ははは……モニカさんには勝てないな」
恥ずかしくなって苦笑しながら視線を逸らす。
強いな、モニカさんは。
俺にはまだ、そんなモニカさんを真っ直ぐに見つめて、気持ちを返すのは難しい。
戦争だとか、人との戦いだとか、そういった覚悟とはまた別の覚悟が、俺にはまだ足りないのかもしれない。
「……そろそろ、ララさんのお店に着くね」
「そうね、ふふ」
気恥ずかしい空気がモニカさんとの間に流れているのを感じながら、通りを進んでララさんの店へ。
モニカさんは、俺が照れている、恥ずかしがっている事を察しているようだけど、何故か嬉しそうで足取りは軽い。
結構、覚悟とか重めの話をしていたはずなんだけどなぁ。
これまでのモニカさんとのあれこれを思い出すに、わかりやすく俺が反応したからとかかもしれない。
「お……!」
「だから……!」
「あれ?」
「何かしら? 揉めてるような声が……」
店先に出された鞄が見え、ララさんのお店に近付いて行くと、何やら声が聞こえてきた。
内容までは聞こえないけど、モニカさんの言う通り揉めているような声音で、ララさんのお店の中から聞こえるようだ。
何かあったのかな? と思いつつ、本当にもめているのなら止めないととも思い、モニカさんと顔を見合わせ、頷き合ってお店の扉を開けた。
「すみません、ララさんは……」
「頼むよ、ゲオルグ兄さん!」
「ゲオルグって呼ぶなって言っているだろうがっ!!」
俺の声は、大きな声にかき消される。
お店の中には、ララさんに詰め寄る男性が一人……以前、このお店を発見した時に見かけた人のようだ。
確か、鍛冶師の人だったっけ。
ララさんとは兄弟とかではなかったし、前会った時はゲオルグさんって呼んでいたけど、こちらが素の呼び方なのかもしれない。
「俺……私はやらないって言ってんだろうが!」
ララさん、一人称を私に直しても野太い声になってます。
なんとなく、鍛冶仕事をしている時のララさんってこんな感じなんだろうな、ってイメージが湧く声だった。
ヴェンツェルさん達に負けず劣らずの大柄だから、見た目的にはそっちの方があっているし、なんとなく鍛冶場って、そんな怒号のような声が響くイメージがある。
「えぇっと……」
何を揉めているのかわからないけど、止めた方がいいのか迷っていると、ララさんが俺に気付いた。
「あらぁ、リクちゃんじゃなーい。モニカちゃんも一緒なのね。今日はどうしたの?」
野太い声から一転、急に体をくねらせて裏声……もとい女性っぽい声で俺達を見るララさん。
変わり身が凄い。
詰め寄っていた男性――確かルドルさんだったっけ。
そのルドルさんは、俺達の方を振り返ってバツが悪そうに少し離れた。
「あーえっと、お取込み中のところすみません。ちょっとお願いしたい事がありまして……」
戸惑いながらも、ララさんに返す。
「リクちゃんからのお願い? また、何か珍しい素材を手に入れたのかしら? 前のアルケニーの素材は加工するのが楽しかったわぁ。それに、魔物の素材で作るのが調理道具ってのもまた良かったわねぇ」
「あはは、その節はお世話になりました。えぇっと、珍しい素材の入手したわけではなくてですね……」
ララさんがルドルさんにチラリと視線をやっている。
ちょっと皮肉っぽいのを考えるに、ララさんに鍛冶仕事をお願いしに来て揉めていたってところだろうか?
以前も似たような事はあったし……その時は、さっきみたいに揉めてはいなかったけど。
「そうなの? なら、新しい鞄が必要なのかしら? ってそうそう、ちょっと聞いてよリクちゃん、モニカちゃん!」
「え、あ、はい」
「ど、どうしました?」
突然話を変えるララさん。
その迫力に若干引きながら返事をする俺とモニカさん。
「こいつ……ルドルがね、無理矢理私を使おうとするのよ」
「それはっ! だって、国からの依頼なんだ。でも人手が足りなくて……」
「く、国からの依頼ですかぁ」
それ、多分どころか間違いなく、戦争に備えて兵士さん達への装備作りの事だろうなぁ。
ヴェンツェルさんの話を聞いている限りでは、王都中の鍛冶師さん達を総動員して、ワイバーン素材の装備作りを急がせているみたいだし。
「人手が足りなくとも、質を落とす事なく完璧な仕事をして見せるのが、職人ってもんでしょ! それをあんたは……」
「ゲオルグ兄さ……ゲオルグさんならわかるだろ? 作っても作っても、素材が減らないんだ。いや、むしろ増えて積み重なっていくばかり。あれは悪夢だよ……」
「だからゲオルグって呼ばないで! ララお姉さんよ! はぁ、終わらない仕事、増え続けて使い切れない素材。そういう経験がないわけじゃないから、積み重なる素材を見る苦しみは私もわかるわ」
すみません、その積み重なり続ける素材の大本は、俺のせいです。
喜んで差し出し、採取しているのは俺じゃないけど、そういう方向性を決めたのは俺が原因なところがあるからなぁ。
暗い表情で落ち込んだ表情のルドルさんと、同情するララさんを見て申し訳なくなる。
「でもね、国の依頼だからって信頼度が高い物だけど、その用途が判然としないわ。ただ作れ、と言われて作るというのはもう辞めているのよ。それこそ、リクちゃん達みたいに、美味しい料理が食べたいからって、武具じゃなく調理道具を作るために珍しい素材を持って来るならまだしもね」
「俺だって、頼るのは最低限にしたいんだよ。ゲオル……ララ姉さん? が鍛冶師を辞めるって決めてからの約束だし」
ゲオルグと呼びかけ、ララさんに睨まれたので言い直すルドルさん。
「そりゃ確かに、俺達も親方衆も、王都の鍛冶職人の多くは同じ疑問を持っているけどさ。でも国からの依頼なんだから、やらないわけにもいかないし……まぁ、ワイバーンの素材が使いきれない程提供されるし、こんなこと初めてだって、喜んでいる職人もいるんだけど」
「リクさん、これって……」
「うん……」
顔を見合わせる俺とモニカさん。
国からの依頼でも、それで作った装備が何のためのものなのかまでは知らされていないらしい。
まぁ装備なんだから、戦うためだろうというのはさすがに察しているだろうけど、そのための素材、ワイバーンの皮とかが大量にどこから出て来たのかとか、急いで多くの装備を作って何を考えているのか、とかがわからないのが怪しまれているのだろう。
終わらない仕事、どころかやってもやっても仕事が増えていく、という状況に嫌気がさしているというのもあるのかもしれないけど。
帝国との戦争、というのはまだ広く公表はしておらず、ある程度察している人達が噂をする程度なんだろう……ここに来るまでの通りを行き交う人達を見る限りは。
それは、国民を不安にさせないためであって秘匿しているとまでではないようだけど、依頼をする鍛冶職人さんの一部くらいには情報公開しても良かったんじゃないかなぁと思うよ、姉さん。
こういった事は、情報部隊であるハーロルトさんの領分なのかも?
あ、そういえばハーロルトさん、少し前まで帝国に偵察へ行っていたんだっけ……だから、情報を下ろすのが遅れているとかなのかもしれない。
「まぁ、大体想像は付くけどね。大量の装備、総動員で急がせる理由なんて、あまり多くあるわけじゃないし」
「ララ姉さん? は、国からの依頼の用途を?」
「知っているわけじゃないけど、なんとなく噂でってところね。あんたたちは、一度集中したらそういった話には疎いんだから。どうせ、鍛冶場で寝泊まりしてるんでしょ」
「そりゃだって、それくらいしないと終わらないし……いや、それでも終わる気配がないんだけど。だからこうして頼んでいるわけで」
なんでも、鍛冶職人さん達は仕事に入ると鍛冶場にこもる事が多いらしく、外の情報、噂話とかが全く耳に入らなくなって、一種の外界との途絶みたいな事になるらしい。
しかも寝泊まりと言っても、力尽きて意識を失うまでひたすら働く人が多いようだ。
ちなみにララさんはお店をやっている関係上、多少なりとも人々の噂とかにも詳しいとか。
「とにかく、私はなんとなくの理由に検討が付いているとしても、用途をはっきりとさせない依頼は受けない事にしているの。そもそも、鍛冶職人の方は引退しているつもりよ」
「でも……」
「はぁ。リクちゃん達からも言ってやってよ。私は手伝うつもりはないんだって」
「えーっと、ララさんの気持ちもあるので、そうしたいとは思うんですけど……すみません。そうもいかないみたいです」
「はぇ?」
俺達なら味方になってくれる、と思ったのだろうけど、謝る俺に素っ頓狂な声を出すララさん。
「実は、お願いというのは俺からではなくて、その、さっき言っていた国からの依頼というのと関係してまして……」
ちょっと申し訳なく思いながら、ヴェンツェルさんから預かっていた書状を取り出す。
それをララさんに渡すと共に、ヴェンツェルさんから聞いたララさんの事、というよりマックスさんとかの話を伝えた。
「……ふーん、成る程ねぇ。全部じゃないけど、私の予想や噂の一部は当たってたって事ね」
「あんまり噂とかに詳しいわけではないですけど、多分」
戦争に関する話はルドルさんがいるため、どこまで話していいか俺に判断ができないのでしていない。
けどヴェンツェルさんからの書状を呼んだララさんの反応から、そちらに書かれているんだろう。
「そういえば、ヴェンツェルちゃんやマックスちゃんには、私がこうして鍛冶職人の仕事を離れて、お店を開いているって教えていなかったわねぇ」
「……マックスちゃん」
誰にでもかわからないけど、ちゃんを付けて呼ぶララさんの声には親しみが込められていて、懐かしさも滲んでいるように思えた。
父親をちゃん付けで呼ばれて、モニカさんはちょっと微妙そうな表情でつぶやいていたけど。
……あのマックスさんに「ちゃん」というのは、似合わないように思えるから仕方ないか。
「親しくしていたと聞いたんですけど」
仲が良かったのなら、お店を開いた事を教えても良かったんじゃないかと思うのになぁ。
「マックスちゃんは、私がお店を開く頃には王都にいなかったのよ。だから教えようにも教えられなかったの。ヴェンツェルちゃんの方は……教えたら、なんか広めすぎちゃいそうだったからね。自分の力だけでやりたかった、って鍛冶職人を辞める覚悟と一緒に意地になっていたのもあるかしら。ヴェンツェルちゃんが広めたら、お客には困らなかったでしょうし、屈強な男の子の兵士とかとお知り合いにはなれて、それはそれで魅力的だとは思うんだけどね」
「あはは……」
兵士さんが屈強なのはともかく、男の子って……。
ともかく、ララさん的には知り合いの力を借りず自分だけでお店を盛り立てたいという思いがあったんだろう。
そこは職人気質と言えなくもないかな。
「その結果、店に入る客はまばらで、いっつも暇そうにしているか、適当な人を掴まえておしゃべりしているだけ、と」
「うるさいわね、ルドル!」
今もそうだけど、ララさんのお店には他にお客さんが入っているのを見た事がない。
商品である鞄の品質は確かで、時には珍しく掘り出し物のようなのもあるとは思うんだけど……ララさんの印象が強烈すぎる気がするし、それが原因なんじゃないかな?
アメリさんは、時々話をしに訪れているようだけど、それだってお客さんと言えるかどうか微妙だしね。
「それにしても、あのマックスちゃんの娘だったのね、モニカちゃん」
「あ、はい。そ、そうですね。私も、父とララさんが知り合いと聞いて驚きました」
「ふふふ、よく見ればマックスちゃんの面影がある気がするわね。どうして気付かなかったのかしら? マックスちゃんはいい男でねぇ――」
と、まだマックスさんへのちゃん付け呼びに慣れないモニカさんを見て、懐かしそうな思い出話に話が逸れるララさん。
マリーさんとの馴れ初めというか、ララさんと取り合ったみたいな話もあったけど、さすがにそれは誇張だと思う。
モニカさんはその思い出話の最中、終始居心地悪そうだった。
まぁ、両親の過去の中でも馴れ初めだとか付き合うきっかけとか、プロポーズの言葉等々を聞かされているんだから、微妙な気持になるのは仕方ないか。
「ララさん、ララさん。お願いの方なんですけど……」
「あらそうだったわね。昔を思い出して、懐かしくてつい話が逸れちゃったわ」
思い出話が始まってしばらく、ララさんを止める事に成功した。
放っておくと、日が暮れてもまだ話し続けそうだったしね。
「そうねぇ、手伝い程度はこれまでもしていたし、腕は鈍っていないと自負するから受けてもいいんだけど……疑問だった目的もはっきりしたしね。けど……ふむ。ルドル」
「ん?」
頬に人差し指を当てて首を傾げつつ、呟きながら何事かを考えていたララさんがルドルさんに声をかけた。
突然呼ばれて、ちょっと驚いたようだ。
「さっきの話は、また後にしてちょうだい。ちょっと、リクちゃん達とお話があるから」
「……でも」
「でもも何もないのよ。リクちゃんとの話次第で、ルドルへの返事にも関わるわ。ちょっと真面目な話をするから邪魔だって言っているのよ」
「邪魔って……はぁ、わかったよ。関わっていると言われちゃ、おとなしく引き下がるしかないし。はぁ……ゲオルグさんを連れて行けないと、親方にまたどやされるだろうなぁ」
「ちょっと、ゲオルグって呼ばないでって言ってるでしょ!」
邪険にされたルドルさんが、肩を落としながら店を出ていく。
なんとしてでもララさんを連れて来い、みたいに言われていたんだろうなぁ……割って入った形になってしまって申し訳ない。
「さて、ちょっと待っててね。込み入った話になるかもしれないから、準備するわ」
「あ、はい」
三人になった店内で、ララさんが何やら動き出す。
店の外に出たと思えば、看板を収めてお店を閉じ、以前アルケニーの素材と共に調理道具制作を依頼する時に話をした店の奥へと通される。
さらにお茶まで用意されて、落ち着いて話す環境が整った。
「色々聞きたいけど、まず……ヴェンツェルちゃんからの書状、まぁ依頼書でもあるけど、そこに書かれていたように、戦争になるのは間違いないのね?」
「……はい」
書状にも書かれていたのだから、隠す必要もないので素直に頷く。
同じようにモニカさんも頷くのを見て、ララさんが溜め息を吐いた。
「そう。はぁ、なんとなく感じていたけど、やっぱりってところね。まったく、戦争を起こそうとするなんてね。この国は長い事してこなかったから、この先もって思っていたのだけど。見込み違いだったかしら?」
「あ、それは違うと言いますか、積極的に戦争を起こすわけじゃないんです。えっと……まぁどこまで書かれていたのかはわかりませんが――」
一応、モニカさんとも話して、これまでの全てではないけどアテトリア王国ではなく、帝国が仕掛けてこちらとしては仕方なく戦争になる、といった事を伝える。
もしかしたら、国の上層部や貴族の中に戦争になる事に対して積極的で、望んでいた人もいるのかもしれないけど、少なくとも姉さんやヴェンツェルさん、俺がよく知っている貴族の人達はそうじゃないからね。
誤解されないように、注意しつつ話した。
どこまで話していいのかわからないからだけど、後で姉さんにこういった話の取り扱いについて聞いておこうと思った――。
ララさんにとっては、戦争が起こる事は予想外ではなかったようです。
別作品も連載投稿しております。
作品ページへはページ下部にリンクがありますのでそちらからお願いします。
面白いな、続きが読みたいな、と思われた方はページ下部から評価の方をお願いします。
また、ブックマークも是非お願い致します。






