結界内訓練準備
「……それじゃ、始めるよ。モニカさんもソフィーもフィネさんも、いいんだね? ユノ達は了承を取っているって言っていたけど、俺と同じようにするって事は、それだけ――」
「構わないわ、リクさん。リクさんと一緒だし、リクさん程というのは無理でも、私だって活躍したいのよ」
「話は聞いているが、数年という程でもないからな。まだまだ訓練が足りないと、リクを相手にして再確認したいばかりだ。もっと、フィネとの連携を強める必要がある」
「そうですね。私もそのつもりです。密度の濃い訓練を長くできるのは、望むところですから」
モニカさん達への最終確認は、結界内で過ごすと外との時間の流れがズレるため、こちらは数日過ごした気分でも向こうは数十分ていどしか経っていないという事。
つまり、それだけ年を取るというわけで、念のため女性ばかりだから確認してみた。
うん、まぁ、そうだよなぁ、俺以外全員女性なんだよなぁ……変な意味じゃなく、単純に肩身が狭いと思っただけだけど、今更か。
何はともあれ、全員が頷くのを確認して、内部で過ごすための物資も確認、結界作成を始めた。
「……っと。ふぅ。少しは慣れてきたかな」
結界を発動し、息を吐く。
集中しすぎる、もしくは集中が足りないと強い疲労感に襲われ、さらに発動しないという微妙なバランス維持が大事だけど、それも何度かやっているうちに加減がわかって来た。
とはいえそれでも、まだ多少疲れる感じはするんだけど……ユノ曰く、完全に魂の修復が終わって通常の結界に切り替えない限り、なくなる事はないんだとか。
「及第点よりはマシになったわね」
「じゃあ、始めるの」
ペタペタと、俺達全員を広めに覆う結界に触れて確認していたロジーナとユノが中央に来る。
中々辛口なロジーナだけど、結界自体のできに文句はないらしく、すぐにユノと手を繋いだ。
まぁ、手を繋ぐ時に嫌そうな表情になるのは、ユノとというのが原因だろうけど。
「我ら世界をうんぬんかんぬん」
「かくかくしかじかのあーだこーだ」
「っておい!」
割と長めの呪文のような言葉を紡いでいた前回、それと獣王国に向かう途中でのとは違って、かなりの適当感が溢れる省略をするユノ達に、思わず大きな声で突っ込む。
かなり神秘的というか厳かな雰囲気があったから、結構好きだったんだけど。
「はい、できたの!」
「え、もう!?」
パッとつないでいた手を放し、そう言うユノ。
あんな省略で本当にできたのか!?
「ふぅむ、確かに外にいたはずの冒険者達がいなくなっているな。いや、見えなくなったが正しいのか」
「結界の向こうに、壁や床、天井があってさっきまでと場所が変わっていないはずなのに……不思議です」
「私は一度経験しているけど、それでも何か変な感覚があるわね」
ソフィーを始めとして、結界内から外を見たりと確認をしているけど、確かに俺から見ても成功しているようだ。
あんな省略の仕方で本当にいいんだ……じゃあ、なんで今までは省略していなかったんだ?
手を繋ぐのを嫌がる程だし、省略して早く終われるならその方がいいだろうに。
「怪訝そうな顔ね?」
「いやだって、二度目まではちゃんと呪文? を言っていたのに……あんなに適当でいいなんて」
「一度目はお試し、ちゃんと私とユノができるかを確かめるためでもあったの。二度目は、魔法……あんたや駄ドラゴンが使うのじゃなくて、人が使う魔法だけど、それと同じように天啓を身に宿らせるのよ。だから、最初はちゃんと紡ぐ必要があったのだけど、三度目ともなると省略できるってわけ。人の魔法のように、魔法名を唱えるだけというのに近いわ」
「な、成る程……」
呪文、と俺は言ったけど本当は天啓っていうのか、あれ……天啓という単語は、神様らしいなとは思うけど。
いやまぁ呼び方はともかく、この世界で一般的な人の魔法は、呪文を体に馴染ませる必要がある。
魔法具商店などで販売しているが、エルフが作った呪文書を読み解いて唱える事で発動し、幾度か唱える事で体に馴染んで魔法名だけで使えるようになるんだ。
当然、自然の魔力を集める器官、自分の魔力を種として自然の魔力を集めて魔法へと変換する事ができなければ、発動しないしそもそも呪文書も使えないんだけど。
ともかく、ユノやロジーナが協力して使う魔法のような何かには、天啓という呪文のような言葉を紡いで発動するが、人の魔法と同じように体に馴染ませる……ロジーナの言い方を借りれば、宿らせる事で省略する事ができるらしい。
宿らせるために正式な天啓を全て紡いだのが二回というのは、少なすぎる気がするけど、そこはユノとロジーナだからね、あまり深く考えない方が良さそうだ。
人の魔法だと、少なくとも数十回は呪文を唱えて発動させないといけないらしいけど。
ただし、人は宿らせる容量? みたいなのがあって、何十もの魔法というか呪文を宿らせる事はできないとか。
魔力量に比例するようで個人差が大きいみたいだけど、容量を越えて宿らせようとすると先に覚えた呪文が抜けて、使いたいときは覚えなおしが必要と聞いた。
まぁロジーナ達がこれに当てはまるかはわからないけども。
あと、一応俺も自然の魔力を集める器官があって、この世界で一般的な魔法を使う事もできるようだけど、その必要性がないから使おうとは思っていない。
というより、ユノやロジーナから使おうとしてもイメージが先行したらドラゴンの魔法が発動してしまうため、使わない方がいいとも言われたしね。
誰が使っても一定の効果が出るから、それを求めるなら一考の余地はあるかもしれないけど、下手に使おうとしてドラゴンの魔法が出てしまうと色々安定しないだろうし、そもそも今は魔法自体がちゃんと使えないから、考えないでいいだろう。
「さて、本当なら私はロジーナ様観察に忙しいのだけど、お願いされたから仕方ないわね」
「は、はぁ……」
結界の中、隔離されたような空間でそれぞれの訓練に励む段階になったわけだけど、俺はレッタさんと向かい合っている。
溜め息混じりのレッタさんだけど、ロジーナ観察は程々にしておかないとただの変質者になりそうだ……もう手遅れかもしれない。
ともあれ、ユノやロジーナにいつものように模擬戦を行いながらの厳しい訓練かも? と考えていたら、違うらしい。
そのユノ達は、少し離れた場所でモニカさん達の指導をしている。
ソフィーとフィネさんがやっていた連携を、モニカさんを混ぜて、さらに確実性の高いものへとするためだとか。
打倒リクとソフィーが意気込んでいた……俺、倒されるの? まぁそれだけ高い目標をという事なんだろうけど、俺よりユノやロジーナに通用するように、と考えた方がいい気がする。
何はともあれ、みっちり一日訓練をした後なので、剣を打ち合うような激しい訓練じゃないようで少しホッとしていたりするのも本音だ。
結界内での訓練とはいえ、休憩や睡眠はとっていたけど、やっぱり多少体の疲れも感じているしね。
レッタさんと何をするのかというと――。
「魔力操作、要は自分の中にある魔力をただ外の出す、魔法に変換するだけではなく、細かく操れるようにするわけね」
「こういうのは、レッタさんの得意分野ですからね」
「まぁ……私自身意識してできるようになった事ではないけど、魔力誘導をするうえで自然と慣れてしまったわね」
魔力を操作する訓練を、ロジーナ達に勧められてこうしているわけだ。
「えーっと、おさらいですけど。本来人は魔力を操作する事はないんですよね?」
まずは、魔力操作に関する話の確認。
「そうね。魔法が使えるかどうかは器官が備わっているかどうかだけど、それに関係なく操作をするという事はないわ。人でそれを意識的にやっているとしたら、エルフくらいらしいわ。ロジーナ様に聞いた話では、魔法具の開発や研究のためらしいけど」
「操作をしないのは、魔法が一定の効果しか出ないから。操作をする必要性がない、と」
「えぇ。呪文による魔法は、一定の魔力を消費し、一定の効果のみを発現するためのもの。つまり、誰が使おうとも、使う魔力と効果は同じってわけ。そこに、個人差は存在しないわ。あるのは使用できる回数くらいね」
通常の魔法は、定められた呪文にそって魔力の消費を効果を出すため、誰が使っても同じ効果になる。
まぁ、使い方次第で多少の差異は出るけど、それは燃えやすい対象に炎の魔法を使うとよく燃えるために効果が強くなるとか、そういった類のもので魔法自体の効果は変わらない。
自然の魔力を集めるために器官を使って核とする魔力は、使用者本人のもので、その本人が持つ魔力量は魔法の使用回数に影響する。
もちろん、魔法によって消費する魔力量の違いはあるし、足りなければ魔法その物が発動しない。
ちなみにだけど、自然の魔力が濃すぎる環境である魔力溜まりなどでは、必要以上に魔力を集めてしまったり、そもそも魔力が変換されない、変換されすぎて異常な効果がてしまう事があり、事故につながるため基本的には使わないのがいいのだとか。
他にも本来の現象とは違う事が起こる可能性もあるらしい。
「だから、一部のエルフ以外は魔力を意識して操作する事はないわ。そうする意味がないもの」
「操作しても、別に効果が変わるわけじゃないですからね」
「そうよ。一応、自然の魔力を集める速度や、魔法の発動速度には影響するけど、微々たるもの。呪文を自身に宿らせる段階で、操作はせずとも慣れて最適化されていくわ」
ほんの数秒……にも満たない差であれば、わざわざ魔力操作の訓練をするより、他の事をした方が有意義なんだろうね。
「でも、その魔力操作がリクには必要というわけ」
「はい」
多少ロジーナ達から話は聞いているけど、レッタさんは俺に教えるため、さらに詳しく話をされていたらしい。
「魔力放出はその前段階。いえ、多少荒っぽいけど魔力操作の基礎ね」
「えーっと、自分にある魔力を意識して感じ、それを外に放出するわけですから、魔力を意識的に操っているというわけですね」
「らしいわね。自分の魔力をあんな勢いで放出なんてしたら、通常は魔力枯渇で意識を失うか命も危ういのだけど。いえ、そもそもあれだけの魔力量すらないわね」
俺の魔力放出は周囲に結構な圧を発生させるようで、風が吹き荒れるとは違うんだけど、本来変換されなければ見えず触れられない魔力が、物理的に影響を及ぼすという時点で、とんでもない事らしい。
「ともかく、その魔力をもっと細かく、緻密に操作する事でリク自身が加減を覚えるというのが魔力操作の目的ね」
「魔力放出は、俺自身が纏っている魔力を減らして、力が込められすぎないようにするためですけど、操作をすれば同じ事ができる、と」
「私はそこまでの魔力を持っていないからわからないけど、ロジーナ様が言うのだから間違いないわ」
相変わらずのロジーナ信奉はいいとして、まぁこういう話に関して嘘は吐かないのでそうなのだろう。
「要は、技術を高めるためにいつもやっているユノ達との訓練とは違って、こちらは魔力を操作して力加減をしようってわけですね」
技術を高めれば力加減もできるようになるし、それで以前よりはある程度できるようになったと思う。
……エアラハールさんとベルンタさんの間に入った時は、つい力がこもって木剣を潰してしまったけど。
「リクから無自覚に漏れ出している魔力、それは異常な魔力量から来るものだけど、魔力操作をする事で増減もできるはずよ」
「纏っている魔力も減らせれば、それだけで違いもでるわけですか」
「そこらの魔物や人が相手なら、魔力放出でいいでしょうけどね。ただそれは無駄にする魔力も多いはずよ」
「それはそう、ですね」
魔力放出をしても、体を覆う魔力は短時間で元に戻るとはいえ、そもそもが俺の魔力だ。
元に戻ったとしても俺自身の魔力が完全に回復したわけではなく、体内から漏れる魔力が再び体を覆っているだけの事。
魔力放出による威圧みたいな事はできるかもしれないけど、それ以外では無駄に魔力を消費しているだけだからね。
今後の事を考えると……というより、俺と似たような異常な魔力を持つクズ皇帝といずれ、と考えれば無駄に魔力消費をするのはできる限り避けたい。
「さて、確認の方はここまでにしておいて。まずは体を魔力が覆っている状態で、何故リクが尋常じゃない力を発揮できるかね」
「あぁ、それは確かに。魔力が体を覆っているからって、なんでそうなるのかはずっと疑問でした」
まぁそもそもの話として、魔力ってなんなんだろう? と思う事はあるけど、多分俺には理解できないしそれ自体はレッタさんもロジーナから聞いていなさそうなので、気にしない事にする。
ロジーナやユノに聞けば、一応話してはくれるだろうけど。
「次善の一手、だったわね。あの異常な威力を発揮する手段だけど」
「え、あ、はい」
「あれと似たようなものと考えればいいわ。リクは常にその状態を維持しているの」
つまり俺の体は次善の一手に覆われているという事? いやまぁ、攻撃手段としての技名で次善の一手と言っているで、単純に魔力が流れている状態という事なんだろう。
「違うのは意識しているかどうか。理屈はともかく、魔力を多く流せば流す程、体を分厚く覆えば覆う程、力が増幅すると思えばいいわ。細かい理屈は、ロジーナ様に教えて下さったけど、私にも理解できない部分が多かったし……くっ! せっかくロジーナ様が教えて下さったのに、理解できないとは自分が不甲斐ないわ!」
「ははは……」
悔しがるレッタさんに苦笑する。
魔力誘導という特殊能力を持っていて、感覚や理論として理解しやすいレッタさんンでもわからない事が多いなら、俺はもっとわからないだろうなぁ。
あまり頭がいい方じゃないとは自覚しているし、日本の学校で成績がほぼ平均だったのは伊達じゃない……全く自慢にならないけど。
「はぁ……ロジーナ様……美しく、凛々しく、そしてお可愛らしい……まさに女神様ね。いつまでも見ていたいわ……」
モニカさん達の指導をしているロジーナの方を見てうっとりするレッタさん。
ロジーナは破壊を司るとはいえ、確かに女の子……女性? の神様なので女神様で間違いないんだけど、なんだろう、俺のイメージでは女神さまはもっと神々しく、美しい大人の女性って感じで違和感がある。
いやまぁ、俺が勝手に想像するイメージなだけだけど。
ちなみにあちらでは、何故か木剣を野球のバッターのようにロジーナが構えているけど、何しているんだろう?
と思ったら、フィネさんが投擲した斧をロジーナが打ち上げ、それをユノが空中でソフィーに向かって叩き飛ばしていた。
野球とバレーの融合みたいな流れだけど、飛び交っているのはボールではなく武器だ。
あれで本当に訓練になっているのか謎だけど、ユノ達の事だから大丈夫なはず。
……大丈夫だよね?
レッタさんは油断するとロジーナの方に意識が持っていかれるようです。
別作品も連載投稿しております。
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