巻き寿司を作ります
「――何か作るのはいいけどさ。ここは流石に騒がしい。落ち着いて食事できるよう、どこか静かな場所へ移動するか」
「そういう事ならいい場所があるわ! ついてきて!」
海へと向かうナギサについていく。
岸から飛び降りたナギサは沖へ向かって泳ぎ始めた。
「早く来なさいよーっ!」
「ちょっと待ってくれ」
せっかちな奴だ。でもヘルメスまでは遠いんだよな。
どうしたものかと思案していると、カイルが海へ飛び込んだ。
「俺っちに乗ればいい。さ、飛び降りな」
「サンキュー、カイル」
俺たちはカイルに続き、海へ飛び降りた。
カイルは見事に俺たちをキャッチし、背中に乗せる。
「よぉし、しっかり掴まってるんだぜ!」
カイルは尾びれを水面に叩きつけると、ものすごい勢いで泳ぎ始める。
おおっ、速い速い。
あっという間に追いつくと、ナギサは海のど真ん中で止まっていた。
「やっと来たわね。少し待っていなさいよ……えいっ!」
掛け声と共にナギサが腕を振るうと、水面がボコリと波打った。
水面がぐぐぐと持ち上がり、巨大なドームが出来上がる。
ドームに入り口らしき穴が開いており、ナギサはその中へ入っていく。
「さ、中へどうぞ」
ナギサに続き中に入る。
水で出来たドームの内部は空洞になっており、俺たちはその中を身体を濡らすこともなく進んでいく。
「へぇ、魔力で水を固定しているのか」
まるで水中を探検しているみたいだ。
魚たちが俺たちのすぐ横を泳いでいる。こりゃすごい。
通路を抜けて中央に出ると、そこは広い空間になっていた。
「ふふん、すごいでしょ。海中レストランよ。私は水を自在に操る魔法を使えるの。ユキタカの料理もここで食べたらもっと美味しいわ」
なるほど、一理ある。
売れないラーメン屋が皿や店の雰囲気が変えただけで客が来るようになった、なんて話はよく聞くしな。
実際外で食べる弁当は美味いもんだ。
「魚が泳いでいるのを見てたらお腹空いてきたにゃ……」
「わかったよ。それじゃあメシを作るとするか」
「はいはいっ! 私パスタというのが食べたいでーすっ!」
ナギサがピンと手を上げる。
パスタか。そういえばサラに作った時、いたく感動してたっけ。
だが優勝した事で海苔が手に入ったし、どうせならそれを生かしたものを……そうだ。
「よし、巻き寿司を作ろう!」
「マキ……」「ズシ……?」「それは一体なんなのにゃ?」
初めての単語に皆、目を丸くして首を傾げている。
「なんだか分からないけど、ユキタカの作った料理なら美味しくないハズがないにゃ!」
「おう、期待してくれよな」
そう言って鞄から精霊刀を取り出すと、調理を開始する。
まずは土の精霊にお願いし、岩の桶を作成。岩の桶ってのも変な感じだが、使えれば問題なし。
その中に炊きたてのご飯を入れ、酢を注ぐ。
ついでに砂糖と塩を少々。甘めの方が俺好みだ。
それをひたすらかき混ぜていく。冷めたら酢飯の完成である。
「えー、ただ酢を混ぜただけのごはんなのー?」
「焦るな焦るな。もう少し待ってろよ」
ぶーたれるナギサを黙らせ、鞄から市場で買い漁った魚を取り出す。
タイにマグロ、ヒラメ、ついでにホンビノス貝もだ。
そして風の精霊にお願いし、一口サイズに切り分けてもらう。
すぱぱぱぱ、と風の刃が舞い、大皿に大量の刺身が乗った。
「あの時の貝にゃ!」
「こんなに沢山の魚介類をどうするのだ?」
「わかったぜ! その魚を酢飯に混ぜて食べるんだぜ!」
「それはちらし寿司だな。それも美味いんだが、今日はこれを使う」
改めて、大会でもらった海苔を取り出し、軽く炙る。
こうすることでパリッとした口当たりになるのだ。
それを20センチ四方くらいに切り分ける。
最後に醤油を用意して準備オーケー。
「よし出来たぞ。巻きずしの完成だ」
酢飯の入った桶、大量に積まれた海苔、そして刺身。
準備万端である。
……が、巻き寿司を知らない三人はキョトンとしている。
「これをどうやって食べるのにゃ?」
「まず海苔を手に取って、ご飯をよそう。その上に醤油をつけた好きな刺身を乗せて、巻けばいいんだよ。……こんな感じに」
「おおー、なんかキレイねぇー!」
「美味しそうにゃ!」
「食べてみるか?」
「にゃ!」
勢いよく頷くクロに巻き寿司を差し出す。
パクリ、と口に咥えると、はむはむと口を動かしている。
……かと思うと、いきなり目を見開いた。
「美味しいにゃーーーっ!」
いきなり声を上げると、クロは一心不乱に巻き寿司に食らいつく。
がつがつとすごい速さで食べるクロにドン引きだ。
「ユキタカ、もっと欲しいにゃ!」
あっという間に食べきると、間髪入れずにおかわりを所望してきた。
余程お気に召したようである。
クロの手では自分では作れないか。仕方ないので俺が作ってやる。
「ありがとにゃ! 美味しいにゃ! 巻き寿司は最高にゃ!」
「そりゃよかった」
クロは魚好きだからな。気に入ると思っていたぜ。
美味そうに食べるクロを見て、ナギサたち物欲しそうな目で見ていた。
「……とまぁ。こうやって自分で作って食べるものなんだよ」
「ふむ、自分もやってみるのだ」
率先して挑戦するゆきだるまだが……おいおいその手で大丈夫かよ。
と思ったらとんでもない早業で、あっという間に巻き寿司を作ってしまった。
アレはまさか伝説の小手返し一手では……!?
「なるほど、自分で作るってのも中々楽しいぜ!」
カイルもあの手で上手く握っている。
みんな手伝わないといけないかと思ったが、結構器用だな。
「これは美味なのだ! パリッとした海苔で包んだ酢飯がこんなに相性がいいとは思わなかったのだ!」
「あぁ、このショーユってのが魚の旨味が引き立ててるぜ!」
巻き寿司を食べた二人は唸る。
「今度はタイで食べるのだ」
「こっちのマグロも美味いぜ」
雪だるまとカイルも気に入ったようで、自分たちで巻いて食べ始めた。
これなら放っておいてもいいか。さて、俺も食べるとするかな……
「ぐ、ぐぐ……む、難しいわね……!」
と思ったらここに不器用なのがいた。
やれやれ、クロの面倒は見ているのに、ナギサだけほっとくわけにもいかないか。
俺はため息をつきながらもナギサに手を貸す。
「わ! なにこれ、すっごく美味しいじゃない!」
巻き寿司を一口食べたナギサは目を丸くして驚いている。
「そりゃよかった。あとは自分で作れるだろ? 心ゆくまで食べてくれ」
「えー、もう作ってくれないのー?」
「クロの分も食べさせなきゃな」
ていうか俺も食べたいし。
子供じゃないんだし自分で食べろよな。
ぶー垂れながらもナギサは不器用なりに自分で作って口に入れる。
ぐちゃぐちゃだが食べれば一緒だ。
ようやく解放された俺は、自分の分を巻いて食べるのだった。
――うん、美味い!




