ナマズを泥抜きしました
「……改めて見るとこのナマズ、めちゃくちゃでけぇな」
俺の身体くらいあるだろうか。
なんというデカさだ。よく上がったなこんなもん。
二人の力がなかったら、逆に引きずり込まれていたかもしれない。
釣り上げたナマズは水槽に入りきらないので、地べたに置いている。
ナマズはのんきにぱくぱくと口を動かしていた。
「すごくおっきいにゃあ……これはユキタカの勝ちだにゃ!」
「文句なしなのだ」
二人もまた、その大きさに驚いている。
「いや、こいつを釣り上げたのは三人でだからな。釣果は三等分すべきだろう。ってことで二人が釣った分を考えれば俺の一人負けさ」
もう日は落ちているので、時間切れである。
二人は俺の言葉を聞き、きょとんと目を丸くした。
「全くユキタカはお人好しにゃ」
「本当なのだ。無欲なのだ」
「……そうかぁ?」
俺だけだったら絶対吊り上げられなかったし、皆の手柄にするのは普通だと思うけどな。
「ともかく、最下位も決まった事だし二人のどっちが勝者か決めるか?」
「にゃ! 雪だるま、勝負にゃ!」
「望むところなのだ」
クロと雪だるま、二人の獲った魚をシーソーに乗せた。
ほぼ互角、固唾を呑んで見守る中、僅かにシーンはクロの方へと傾いた。
「にゃあ! やったにゃ! ボクの勝ちにゃ!」
喜びを全身で表すように、ぴょんと飛び跳ねるクロ。
「おめでとうなのだ」
それを雪だるまは拍手で讃える。
大人の対応だな。
それにしても釣るより素手の方がよく獲れたというのも皮肉な話である。
「さて、では晩飯の準備をするか」
暗くなる前に料理を作ってしまわないとな。
「それじゃ勝者であるクロから選んでいいぞ」
「もちろんこのナマズだにゃ!」
言うと思ったが、やっぱりか。
クロは嬉しそうにナマズの頭をぺちぺち叩いている。
「うーん、でも多分こいつはこのままじゃ泥臭くて食べれないな」
ナマズのような大型魚は、泥ごと餌を食べるのでそのままではとても食べられたものではない。
泥抜きにかかる時間はこれだけの大型魚は二、三日は欲しい所だ。
「ユキタカ、食べられないのかにゃ?」
残念そうにしょげるクロを見て、俺は考え込む。
「……そうだ、あれを使えばどうにかなるかも」
そう言って鞄の中から取り出したのは、一枚の布切れだ。
これは時布という布で、時空を捻じ曲げる効果を持っている。
ちなみにこの鞄も同じ素材で作られており、中には物理法則を無視した量の魔道具が入っているのだ。
布のままでも使うことが出来て、編み方によって包んでいる者の時間が緩やかになったり、逆に早送り状態になる。
「こいつでナマズを包んで、と」
水槽ごと時布で包み、しばし待つ。
……そろそろか。俺は布を取り去った。
「おおっ! 水槽が汚くなってるにゃ!」
どうやらいい具合に泥が抜けたようだ。
水槽がナマズの吐いた泥で茶色く濁っていた。
「よし、これなら食べられそうだな」
「ユキタカ殿、自分がナマズを捌いてもいいのだ?」
「助かるぜ」
これだけデカいと苦労しそうだからな。
折角の申し出だ、お願いしよう。
「では――」
雪だるまはナマズを捕まえると、空中に放り投げた。
そして右手から氷の刃を生成し、振るう。
風切り音と共に、ナマズの身体を閃光が走る。
と、同時にパラパラと切り裂かれた身が、あらかじめ精霊刀で生成していた岩のまな板の上に落ちてきた。
「お見事」
「にゃあ!」
素晴らしい包丁捌きで、ナマズは三枚に下ろされた。
余った部分は精霊さんに食べてもらおう。
俺が精霊刀にお願いすると、手空きの精霊たちが出てきてナマズを光で包み込む。
しばらくすると光が薄れ、ナマズの頭や骨は完全に消えていた。
「さて、調理再開だな」
ナマズと言えばかば焼きで食べるのが美味いと聞いた事がある。
というわけでかば焼きにしてみるか。
ご飯も一緒に炊いて、かば焼きどんぶりにしよう。うん。
鞄の中に入れておいた薪を取り出し、石を積んでその中に積み重ねていく。
この際、出来るだけ空気の通り道を作ってやるとより燃えやすいのだ。
とりあえず下準備は完成。ここに火をつけてやるわけだが今日の俺は一味違うぜ。ふふふふふ。
「どうしたにゃ? ユキタカ、不気味に笑って」
「魔法を使うのさ」
いつもなら精霊さんに頼むところだが、先日使えるようになったばかりの魔法にトライするのだ。
薪に手をかざし、強く念じる。
すると小さな炎がボッと生まれた。
炎は薪に燃え移り、強く燃え始める。
「どうだ! 見たか! 火が付いたぞ!」
魔法成功である。
やっぱりテンション上がるぜ。
「なんで自分で火を出したにゃ?」
「精霊刀を使えばもっと楽なのだ」
だが魔法が使える二人はあまり興味がないようだ。悲しい。
とにかく気を取り直して料理を続けよう。
飯盒をセットし、ナマズの調理に入る。
「クロ、ちょっとその辺から枝を調達してきてくれるか。これくらいのサイズで、出来るだけ丈夫そうなのがいいな」
そう言って俺は、20センチくらいの長さを手で示す。
これをかば焼きの串に使うのだ。
「わかったにゃ」
クロは頷くと、近くに生えていた木を根っこごと引き抜いた。
そのまま空中でバキバキにへし折り、俺の言った通りのサイズに削り出していく。
木は無数の串にカットされ、俺の前にバラバラと落ちてきた。
「こんなもんでいいのかにゃ?」
「お、おう……」
多すぎだけどな。余ったやつは鞄に入れておこう。
こんな魔法が使えるやつに、火を見せてもそりゃ驚くわけないか。
ちょっとへこむぜ。
「と、とにかく気を取り直して、料理再開だ」
串にナマズの肉を突き刺して、先ほど起こした火の上に並べる。
しばらく焼いたところで、醤油と砂糖、酒みりんを混ぜたタレを塗る。
醤油の焦げるいい匂いが漂い始めた。
「んー、いい匂いにゃあ!」
「とても美味しそうなのだ」
二人はクンクンと鼻を鳴らしている。
雪だるまの鼻がどこにあるのかは不明だ。
ともあれそれを三回繰り返せば、完成である。
丁度ご飯も炊けたので、大盛りについだどんぶりにかば焼きを乗せてやる。
「よし、出来たぞ」
ナマズのかば焼き丼、それを三人分置いた。
白い湯気に彩られた身は、タレで照り輝いておりとても美味そうだ。
ウナギの代用として注目されてるとかニュースで見たことがあるが、本当にそっくりである。
こりゃ期待できそうだ。




