初恋は妻となった人 (ルキウスside)①
生家の傘下の家の令嬢が文官として勤め出したことは早々に知っていた。
書類を抱え颯爽と回廊を歩くその姿を、当時まだ王配候補として王宮で暮らしていたルキウスは一度だけ目にした事があった。
ふわふわと柔らかそうなグレージュの髪と相反して勝気そうな眼差し。
伯爵家の令嬢が職業婦人を志し、男性顔負けの仕事量をこなしているという年上の女性を、その時のルキウスはただかっこいいなと感じたのだった。
その女性……ハリエット・オーラウンを次に見た時、ルキウスは彼女の様変わりした姿に瞠目した。
父と兄を失ったことにより急遽女性伯爵として立つことになったハリエット。
自信に満ち溢れ、溌剌と弾むように歩いていた彼女とはまるで別人のように、静かに落ち着いた様子で歩くその姿に、その身に起きた不幸が如何程のものであったかを如実に感じさせた。
大切な人たちを喪った喪失感を抱えるその薄く細い肩に、彼女は一体どれほどのものを急に背負わされる事になったのか、ルキウスには計り知れない。
それなのに襲爵の祝辞を王宮内の者から受け、笑顔でその寿ぎに応えねばならないのだ。
笑顔であるはずのハリエットが、なぜだかルキウスには泣いているように感じた。
だからルキウスは祝賀の空気を無視するように、祝辞ではなく弔辞をハリエットに伝えたのだった。
「オーラウン女伯……この度は襲爵おめでとう、とまずは祝辞を述べるべきなのだろうけど……家族を失ったばかりの貴女にそんなありきたりな言葉を口にするべきではないと、思ったんだ……。貴女の大切な人達の冥福を、心から祈るよ。そして、貴女の心が少しでも早く穏やかな凪となることも」
その言葉を聞き、笑顔だった彼女の表情が一瞬揺らいだ。
瞬間、目を見開いた後に僅かに泣きそうな顔をして……そして次の瞬間には柔らかな笑みを浮かべたのだ。
ほんの瞬きの間にハリエットは三つの表情をルキウスに見せた。
その表情がいつまでも、ルキウスの心の中に残る。
今までの生活や環境から、ルキウスの心の中心には常にミラフィーナとロシュフォードやスタンリーだけが存在していた。
それなのにハリエット・オーラウンという女性がふいにするりと心の中に入り込んだのだ。
ルキウスは幼い頃からミラフィーナのために学び、ミラフィーナのために体を鍛え、ミラフィーナのために一流の所作や教養を身に付けてきた。
ルキウスにとってミラフィーナが生きる指針であり、王女こそが心を捧げるべき相手であったのだ。
それが恋情というものであるのかどうかはわからない。
でもだからこそミラフィーナ以外の女性が心に入り込んだ事に、ルキウスは少なからずも罪悪感を抱いた。
揺るぎないと思っていた忠誠心に陰りが生じたような感覚がしたのだった。
どうしてそう感じるのかはわからない。
わからないまま時は過ぎ、王配の選定が行われた。
そしてルキウスは選ばれなかった。
絶対に自分が選ばれるという自信があったわけではない。
だけど三名の中では誰よりも早く王配候補に名を連ねられ、ミラフィーナとは誰よりも付き合いが長かった。
そして自惚れではなく、ミラフィーナから向けられるその感情は他の者たちとは違うと感じていたのだ。
だからもしかしたら選ばれるかもしれない。
そうなれば、全身全霊を掛けてミラフィーナに、この国に尽くそうとルキウスは決めていた。
個を捨てて大に就く。
王配選定のその瞬間までは、真剣にそう思っていたのだ。
だが選ばれたのはロシュフォードだった。
それを知った時、ルキウスが感じたのは落胆よりも、ミラフィーナの為政者としての信頼であった。
国の……王家の行く末を案じ、彼女は私より公を選んだのだ。
その決断に、そしてミラフィーナに選ばれたロシュフォードに、ルキウスは負の感情を抱くことはない。
それにロシュフォードなら生涯、ミラフィーナを献身的に愛し守り、その治世を支えていくだろう。
(スタンリーでは……少し役不足だと感じていた)
ただ、突然これまで当たり前にあったものが、当たり前に居た場所が失われ、心に大きな穴が空いた気持ちになる。
その穴から様々なものがこぼれ落ちていく。
そして空っぽになったまま、ルキウスは数年ぶりに生家へと戻った。
これまでの反動か、その後酷い脱力感に襲われるルキウス。
何もする気になれず、何をやっても気は漫ろで上手くいかない。
そんな息子を見て、ルキウスの父親(母親はルキウスが幼少の頃にすでに鬼籍入り)と祖父はこれではいかんと早々に婿入れ先を探すことにした。
婿という役目と再び誰かのための存在意義を得られればきっとまた活力が戻るだろうと踏んでのことだ。
丁度都合の良いことに、従属家の女性伯爵が婿入りしてくれる貴族男性を探していると報告を受ける。
これだ、と思ったルキウスの父が早速オーラウン伯爵家に縁談の打診をしたのであった。
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