045 月刊誌Vボールの春高特集 ~1年生視点~
前話の同時刻、昼休みの出来事です。
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同時刻 (昼休み)
県立松原女子高校
1年1組
矢祭 笑留 視点
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「笑留!凄いじゃん!本当に雑誌に載ってるし!」
「凄いでしょ!実際凄いのは私じゃなくて先輩達だけど」
「知ってる!」
私含めて笑い声が飛び出た。
「いやぁでも凄いね。笑留これで全国デビューじゃん。将来さ、履歴書とかでも『春高出場経験あり』とかも書けるんでしょ!凄すぎっしょ!」
「それほどでも……あるね!」
「いいなあ。あのままバレー部に残っていれば私も全国に行けたのに……」
「じゃ、真理ももう一回、バレー部に入る?あの筋トレできる?」
「いやー、無理でしょ!」
またもみんなで爆笑。
「まあ笑留ももう人間辞めてるしね」
「辞めてないって。普通だって」
「いやいや。笑留が普通じゃないのは期末明けの体育の授業で証明されたから」
「ひどーい!」
またも爆笑。
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私、矢祭 笑留はこの度、バレーボール専門誌、月刊Vボールにアスリートとして載ることになりました。
まあ、実際のところすっごいのは先輩達であって私はおまけで載っただけだけど。写真だって全体の集合写真にちょこっと写ってるだけだけど。
で、今までずっとこういうアスリート誌に掲載されるような人は常人ではない超人が載るものとばかり思ってました。そこに私みたいな凡人が載ってしまったわけだけど、多分みんなの言う通り、今の私はちょっと普通を逸脱し始めている……ことについ先日気が付かされた。
期末テスト明け初日。あの日は体育があった。
着替えて校庭に行って、始業チャイムと同時に準備運動を軽めにするとなぜか校門前に再集合するように言われた。
「知っての通り、再来週にはマラソン大会があります。15キロ、走ったり、歩いたりするわけだけど、普段運動していない者はいきなりそれだけ走ると怪我をするわよ。だから今週と来週の体育はその予行練習で外周を走ってもらいます」
体育の春日先生からそんなことを言われた瞬間、頭で計算が走った。
授業は50分。始まって早々に準備運動をして、その後すぐ集められたから授業の残り時間は40分くらいはある。確か、外周は1周1200mくらいで残り40分ってことはまさか12,000mってことはないよね?
外周1周あたり4分なんて1周だけならともかく、10周も続けて出来るのは優莉先輩だけ。玲子先輩にだってできない。
現実的にありえるところだと9,600m……かな?
外周1周あたり5分で距離も10キロ弱でマラソン大会の予行練習になる……
で、でもさ、運動が苦手な子もいるし、のんびりできる1周あたり6分計算で7,200mくらいにしてくれないかな……
なんて思っていると春日先生はトンデモナイことを言いだした。
「運動部に入っていれば知ってると思うけど、外周は1周だいたい1200m。これを4周してもらうわ。4周したものから名簿にタイムを書いて教室に戻っていいわよ」
は?
はぁぁぁあああ??
たった4,800m????
5キロもないじゃん!
時間も40分あるから半分くらい余っちゃう!
え?なに?楽勝すぎない?
周りからも『えー』という声が上がる。そりゃそうでしょ。先生も楽をしたいのかもしれないけど、授業の半分とは言わないけど、1/3くらいは授業をしなくなる。職務怠慢ってやつでは?それでいいの?って感じ。
「はいはい。騒がない。ほら、スタートするわよ」
周りも動揺している中でスタートの笛が鳴らされた。スタートと同時に駆けだす子、様子見でスロースタートとなる子。周りを見ながら走る子、そう言った風に分かれる中で私は最初だけちょっと戸惑い、後は脚の向くまま走ることにした。
40分で4周ってことはどんなにゆっくり走ってもゴールは出来る。
あ、ひょっとして今日はテスト明け初日だからご褒美的な意味も込めて早めに授業が終わるようにしてるとか?
なんてことを考えていると一塊のバレー部のみんなが見えた。
ちょっとピッチを上げて追いつく。
「お、笑留じゃん。これで一緒に体育をやってる1,2組のバレー部は後、翼が揃えば全員だね」
「いや~翼ちゃんはもっと前にいるよ。スタート前に2組の細谷さんと倉林さんに絡まれてて、そのままスタートと同時にダッシュしてた」
ちなみに細谷さんは陸上部で倉林さんはバスケ部だったりする。
「ってことは金森は1年長距離走最速王決定戦の真っ最中、ってこと」
「多分」
「なんでまた?」
「細谷さんって熱血思考だから誰が一番速いか決めたかったんじゃないの?」
「前々から思ってたけど、翼ちゃんってさ、自分から挑まないけど、挑まれた喧嘩は全部買うよね?」
「それな」
「翼も負けず嫌いだよなぁ」
「流石に普段から走ってる陸上部やバスケ部には勝てないよね」
「私達も心肺能力を鍛えるために走ることもあるけど、どっちかというと瞬発力重視だよね?バレーって」
――10分後――
「――1組はテスト、なに返ってきた?」
「数Aと英語2科目。2組は?」
「世界史と生物と国語」
「結果どうだった?」
「人生で初めて50点台取った」
「え?それヤバくない?ちゃんと勉強したの?」
――さらに5分後――
「――でもさ今日の体育って楽勝すぎない?」
「それさ、ずっと考えてたんだけど、先輩達が言ってたじゃん。期末テストが終わると先生たちも冬休みモードになるって。先生たちも楽したいんでしょ?」
「でも補習がある場合はそうじゃなくなるけどね」
――さらに5分後――
「お~い。お前等。もう終わりだぞ」
「え?」
春日先生に言われて気が付いた。バレー部のみんなで喋りながらのんびり走っていたらいつの間にか4周していた。
……正直、全然疲れてない。
これで終わっていいのかな?
「あの。先生。もう教室に戻っていいんですか?これで終わりで良いんですか?」
「ん?走り足りないか?まだ時間はあるし、走りたければ時間いっぱいまで走っていいわよ?」
「い、いえ。遠慮します!」
私は藪蛇となる前に名簿にタイムを書いてそそくさとその場を去った。その時の名簿にちょっと違和感を覚えた。翼ちゃんが17分前半台のタイムでゴールしていた以上に、名簿の空欄が目立つ。空欄ということはゴールをしていない子が多いってこと?
そんなバカな。
私はバレー部のみんなと喋りながらのんびり走っていた。
だからたった4周走るのに20分近くもかけてしまった。でもそれでもゴールをしていない子が多いってどういうこと?
納得しないまま教室に戻って着替えて待つことしばし。
授業時間終了ギリギリになった頃になぜかボロボロになったクラスメイトが続々と帰ってきた。私はバレー部以外のクラスメイトに声をかけた。
「あれ?なんでみんなそんなボロボロなの?」
「はぁぁああ?5キロも走ったら普通そうなるのよ!」
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後で思い知ったのだけど、いわゆる普通の女子高生は5キロを走るのに30分はかかるそうなのだ。
むしろ30分で走れたら速いくらいなそうだ。
そんなバカなと思ったけど、言われてみれば確かに8ヶ月前の4月頃は外周1周するのに6分はかかった。しかもあの時は1周6分ができたのは精々1~2周までが限界で4周なんて出来なかった。
それがいつの間にか、1周5分で何周も走るのが当たり前になっていた……
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「でもさ、みんな私のことをバケモノって言うけど、私なんてバレー部の中じゃ本当に生まれたての小鹿並みに雑魚だよ。全国大会に出てくる選手なんてみんなバケモノだからね」
いままでの体育の授業は単純な身体能力だけでは目立てなかったけど、バレー部のわけのわからない練習をしていたらいつの間にか私の身体能力は凄いことになっていた。
……まあ考えてみれば実力で全国大会に出場するんだから、バレー部部員の身体能力が全国レベルになるのは当然とも言える。
でも、本当にこれは入り口。
基礎筋力は当然、その上で技術と戦略を兼ね備えたバケモノ達の祭典。
「私なんかは本当に先輩達が凄いからたまたま春高に出れるけど、本当に雑魚も雑魚だよ」
「そうなんだ」
「ということは凄いのはバレー部の先輩達で1年生は全員ダメなの?」
「そんなことないよ。1人だけ、翼ちゃんだけはガチの全国区」
「――勝手なことを言わないで」
私が春高の話をしているとどこからか聞きつけた翼ちゃんが横やりを入れてきた。
まあ大きな声で喋っていたし、翼ちゃんは同じ1組だしね。
「いやいや。翼ちゃん、謙遜しなくていいって。翼ちゃんは私達1年の中で唯一、全国区の選手だって。証拠だってあるんだよ」
そう言って今月号のVボールのページをめくる。
ふふふ。
実は今日も体育の授業があって、やっぱり早々に5キロ走り終えた私は教室に戻った後にVボールをざざっと読んでいたのだ。
そして見つけたのだ。この有力校の主力選手が他校の注目選手を紹介している『有力選手が注目』って記事。女子選手はほとんどが、男子の選手だって何人かは『自分と同い年で世界で戦うなんて凄いです。注目というか尊敬の選手ですね』とか『僕よりも背が低いのに高く飛べるのは羨ましいという気持ちと負けてられないって気持ちの2つがわいてきます』とかで優莉先輩を注目の選手だと答えている。
そんな中で――
「ほら、ここ。この桜山高校の近藤って選手が翼ちゃんのことをライバルです、って回答してるよ」
私が翼ちゃんが他校のエースからライバル視されていることを教えると、なぜか翼ちゃんはしょっぱい顔をしてしまった。




