022 出来ると希望は違う
いやあ
今年の春高もすっごく面白かったですね。
すいません。おそくなりました。
おっぱいはエロいものである。
これを否定する奴はまずいないだろう。
いやいや雄っぱいはエロくないという人もいるかもしれないが、そんなことはない。谷間が出来るほど鍛え上げられたたくましい大胸筋からなる雄っぱいはセクシーだと美佳ねえが言っていた。つまり、おっぱいはエロいし、雄っぱいもまたエロいものなのである。
で、そのエロいおっぱいのうち、女子高生のおっぱい、しかもデカいとくればエロくないはずがない!
……のはずなんだが、ちっともドキドキしない。
「優莉先輩?どうしたんですか?ボーっとして?」
後輩の菜々香ちゃんが声をかけてくる。全裸で。
「ちょっとおっぱいのことを考えてたの」
「あ、そうですよね!先輩くらい大きいと普段大変ですもんね。お風呂ってやっぱり浮くのがいいですよね。私も最近分かるようになりました」
……女子高生の胸を見て、当人におっぱいのことを考えていると言ってもこの対応……
まあ今は俺も体は女なわけで、不審には思われていない。加えて今のように風呂では浮くので確かに楽だ。
ここはお世話になっている玉木商業高校の合宿施設の風呂場。
そんなに大きくはないので一度に不満なく利用できるのは10人程度だろう。この合宿にはちゃんと数えてはいないが計五校総勢100名前後の女子高生が参加している。
個人的には寝る少し前に入りたいのだが、就寝時間前は利用者が大勢いるために明日香の言葉を借りるならイモ洗いよりマシ、程度にしかお風呂を使えないらしい。
なので夕食後のこの時間を選んでいる。
今の時間帯の利用者は松女生が6人――俺と陽菜、笑留ちゃん、菜々香ちゃん、英子ちゃん、敦子だ――と、あの顔は確か原野建の生徒で3人。
女っていうのは群れて行動するから下手をすれば今の時間帯でも人数超過が懸念されたが、そんなこともなくのんびりまったり風呂を楽しんでいる。
本当は熱い湯ってのは肌に良くないらしく、涼ねえや陽菜からはなるべく止めるように言われているんだが、やっぱり程よく熱い湯ってのは気持ちいいし、何より隣に肩を並べて湯につかっている陽菜も気持ち良さそうなので後でとやかくは言われんだろう。
しかしこの状況、陽菜、笑留ちゃん、英子ちゃん、菜々香ちゃんが目の前で浮かんでいるというのに浮かんでるなぁ、くらいにしか思わないのはまずい。
え?なんで山のサイズを知ってるかって?
それはバレー部内で流行中のスポーツブラのせいだ。
きっかけは俺のなのか、それとも陽菜が吹聴したからなのかはわからないが、松原女子高校バレーボール部では現在1枚140ドルという頭の悪い値段のスポーツブラが大流行している。
このスポーツブラは『胸が大きい人でも楽で安心してスポーツが出来るように』という思想のもと開発されている。が、作られた国がよろしくなく、タグなどには悪しきヤーポン法で表記されているのでわかりにくいが日本で言うならDカップ以上の人を対象に作られている。
で、これの愛用者は現在部内で13人。
はっきり言うが異常なことである。
二次元の架空世界で誤解が生じていると思われるが、リアルな女子高生のカップサイズはほとんどがA、たまにB、Cですら希少種だ。
現実世界には女子高生でも大きな子が出てくるじゃないかって?
バカ言え、あれは特別厳選した結果だ。
男で例えるなら身長190cm以上の高校生なんてまずいないが、日本全国を見渡せば存在しないわけでもないだろ?それとおんなじだ。
で、実態はそうにもかかわらず、松原女子高校バレーボール部にはそんな希少種のCすら超えるD以上が13人。
残り3人も(俺の情報に間違いがなければという前提がつくが)Cが2人、Bが1人という有様だ。
……今年の1月の春高前後で一部ネットの世界では「松原女子高校のバレー部は顔が良くないと入部できない」とか「あいつら本当はデビューを控えたアイドル。バレーボールはデビュー前の話題作り」などと書かれていたし、それを否定できないくらい可愛い子が揃っていた。可愛い子しかいなかった。それでもたった8人。可愛い子を8人集めるのは難しくはあっても不可能ではないだろう。
一方今年は大きな子が13人。これは去年以上にあり得ない。「今年は去年程可愛い子が集められなかったからむりやり胸の大きな子を集めた」などと陰口を叩かれかねない状態である。そのおかしいくらい大きい子が多い松原女子高校バレー部であるが、これは結構な問題だったりする。
バレーボールは走って跳ぶ競技である。揺れる塊は男だった頃に見た時は魅力的だったような気もしたが、いざ自分がその立場になるとただ単純に辛い。
よって良いスポーツブラが欲しいところで、それが前述の1枚140ドルのブラなのである。
この高性能ブラだが問題が2つほどある。
1つめの問題点。日本では出回っていないので海外サイトから取り寄せる必要がある。
幸い、海外の大手サイトなら扱っていることが多いので探す手間はさほどなく、今のご時世ネットでちょちょっとやれば誰でも買える。
俺の場合、小学生の頃に英語版が本場の某TCGに当時高校生の涼ねえと一緒にハマっていた時期があり、その時に海外の通販サイトを利用していたこともあって英語表記&ドル払い&カード払いのサイトから注文するのに慣れがある。
が、俺以外にはハードルが高すぎるらしい。
結果、全員俺に代理購入を依頼してくる。
……あの、皆さん?
皆さんにフィットするブラを購入するためには皆さんのサイズを俺に教えてもらう必要が……
え?気にしてない?そうですか……
2つめの問題点。このスポーツブラ、がっしりとホールドさせるにはちょいと着け方にコツというか作法がある。
男物の下着はトランクスのように穿いてお終い、袖を通してお終いであったが、女物の下着は着る際にちょっとした手作業が発生する。
ショーツにしたってトランクスとは違い、穿いたままだと太ももに逃げがちなお肉をショーツ内におさめなきゃならん。
……あえて男物で例えるならボクサーパンツで穿いたあとにチ○ポジを整えるようなものか??
で、話を戻してこのスポーツブラはちゃんとバストを入れるのに普通とはちょっと違う手作業が必要なのである。
……ちゃんと購入時に一緒についてくるマニュアルには図付きで書いてあるんだが、やはり海外製ということもあり解説文は英文……
今にして思えば最初に代理購入した陽菜の時から対応を間違った。
陽菜にはマニュアルごと渡してやったんだが、「わからない教えて」と言われ、最後には「普段一緒にお風呂に入ってるんだし、今更見たり触ったりしたくらいで変なことはしないでしょ?」と言われてしまい、まあ陽菜は妹だし、今まで数えるのもバカらしいくらい押し付けられて触らせられたこともある、触ってもノーカンだろう、ということで手取り胸取り着け方を教えたのがまずかった。
続く明日香は当然の如く英文マニュアルを見た瞬間、「こんなの読めないから教えて!」などとほざき、陽菜が「私は優ちゃんに最初は着けさせてもらった」とゲロったのが運の尽き。
それなら私もと明日香が言い出し、英文マニュアルを頑張って翻訳しようとしていたユキもそれを見て私もやって欲しいと言い出してしまった。
最初はやんわりと断ったのだが、強く断るのものおかしいのでやっぱり2人が理解するまで俺が何度か着けさせたり着けるのを補助したりをした。
その後はもうお察し。
大きく育ったメロンが恥ずかしいとのことでずっと無理やり小さいサイズのブラで小さく見せていた愛菜も6月からごまかしのきかないプールの授業が始まったことでそれがバレ、その後、開き直ったのか俺に代理購入と着け方の指導を依頼してきた。
玲子も4~6月頃に打点が多少下がってきたなあ、あぁこれはフィギュアスケートでよく見る十代前半で世界女王になっても、女性らしく成長する十代後半で体重増により昔のように跳べなくなる現象かと思ったら、胸が揺れて跳びにくいだけだった。
……サイズを教えてもらったらいつの間にそんなに育ったんだよ!え?玲子も跳ぶ時に胸が痛くなるからわざと小さいサイズのスポーツブラで押さえつけてごまかしてた?ってことになり、やはり件のブラの代理購入と着け方の指導を依頼され、今では半年前のように元気に飛べるようになった。
その後、わずか4ヶ月で急成長した1年生達が続々と続き、その度に代理購入と着け方を教える羽目になったというわけだ。
……い、一応毎回最初には断りを入れているので犯罪ではないはず。
それに変なことはしていないしな!
確かにお山に触ったり押し込んだりしているが純粋に着け方を教えているだけだ!
……逆に現役女子高生のを見たり触ったりしているにもかかわらず変なことをしようとする気が起きなかったのは致命的に問題だとは思うが……
まさかこの歳でEDとは……
そもそも勃つものがないけど。
いやいや。こういうのは見ちゃいけないものが見えたり触っちゃいけないものが触れたりするから昂ぶるのだ。
悲しい現実はさておき、先ほどからなんか原高の連中がチラチラ見てくる。なんだろう?気にしたら負けか?
「いやあ。さっきからチラチラ見られてますけど、仕方ないですよね!浮かぶおっぱいが10個もあればそりゃ誰だって見ちゃいますよ!というか普段何を食べてるんですか!凄いですね!もげればいいのに!あ、優莉先輩は別です!」
おっぱいに嫉妬全開発言をしたのは敦子。敦ちゃんは松原女子高校バレーボール部1年生唯一の140cm台。さらに言えばユキより背が低い145cm。
さらに言えば入部当初はユキとは違い本当に凹凸もなく童顔なのもあわせて初対面の時は正直小学生に見えた。もちろん本人には言ってないけど。
本人も本人で、「電車は子供料金で乗れます。テーマパークも小学生料金で入れます」ってこの前自虐ネタで言ってたこともあるし。
なお、なぜかバレー部の練習を続けると胸が大きくなる珍現象が彼女にも適応され、入学時AAだったのが今ではBだ。
……なんで小さい子なのに知ってるかって?
……あれは一学期の期末テストが終わった後、ドッジボール大会が開かれた時のことだった。例によって俺は体育教師の田島先生から「お前が出るとシャレにならない怪我人が出るから棄権して」と頼まれ、妙にやる気満々の佐伯先生から「今年はフォームをしっかり覚えよう」と逃げ道を塞がれてしまったので今年もドッジボール大会には参加せず、補講の水泳を受けることになった。
余談だが、だんだんと女子用スクール水着を着ることに罪悪感と羞恥心が無くなり、それに気が付いて凹んだのは内緒だ。
当日は去年同様、水泳の授業が嫌でこの日だけの屈辱に甘んじてちょっとだけ泳ぐ組と何らかの事情で水泳の授業を受けれず、それでも少しでも良い成績を残すためにガチで泳ぐ組、後はカナヅチだから特別に佐伯先生から手取り足取り特別指導を受ける俺専用の組――
「あれ?優莉先輩?なんでここに?」
……佐伯先生から特別指導を受けるのは俺だけでなく、敦ちゃんもだった
この時点でお互いに共感を感じ、補講中に合間を縫っては「そもそも人間は陸の生き物だから水泳の授業なんていらない」とか「スクール水着なんてセクハラですよ」とかで愚痴りつつ、励まし合いながらなんとかこの補講を乗り切った。
その後、補講が終わって更衣室で着替えている時のこと。
「――でも水泳の授業で一番嫌なのは身体のラインが明らかになることなんですけどね」
なんてことを敦ちゃんが言った。
わからんでもない。今年は多少マシになったとはいえ、去年の俺は凹凸が乏しく、しかも体育の授業だから何かと出席番号順に並ばされた。つまり前に陽菜、後ろに明日香。
あれは辛かった。
「……そんなこと言っても谷間の出来ちゃう先輩に私の気持ちなんてわからないですよ。わかります?中学3年生の時にクラスで1人だけブラを着けてないって気が付いた時の絶望感」
そりゃわからないが、今は周りよりでかいでしょ?
「……聞いたわけじゃないですけど、確かに今は多分クラスメイトよりは大きいかもしれませんけど、でもバレー部だと私が一番小さいですよ」
いや、今年の1年生は何かがおかしいから比較しちゃアカンよ。入学当初ならともかく、今の敦ちゃんはむしろ巨乳の部類だからね。
「はぁ???巨乳なわけないじゃないですか。Bカップで谷間もできないんですよ?」
ありゃ?敦ちゃん体の線が華奢だからか、出っ張りが強調されてCくらいに見えたけどBか。でもBなら十分谷間もできるよ。去年の俺が証明したし。
「う、嘘です!そんなの信じません!本当だって言うなら今ここでやって見てください!」
え?いや、それには俺が敦ちゃんのおっぱいを触らないといけないわけで……
「?何か問題なんですか?他の1年生の子にはブラのつけ方を教えてますよね?あ、ひょっとして嘘なんですか!小さいおっぱいに触ると貧乳が感染するっていうんですか!」
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という一件がひと月ほど前にあったのだ。幸か不幸かあの時の敦ちゃんはスポーツブラではなく普通のブラを持っていたのでちょいと成形してブラカップに収めるだけで谷間は出来た。
そしたら敦ちゃん大喜び。なんでも5歳年下の弟に絶壁と日々罵られているそうだが、これで見返せると言っていた。
……5歳下ってことは小学生か。まだ性に目覚めてないかもしれんが、それでも谷間は出来ても見せない方が良いと思うんだが……
まあそんなこともあり、前からおっぱい星人を目の敵にしている敦ちゃんもこれ以降は俺になついてくれている。
「もげればいいって言うけど、そういってられるのも今のうちだけだよ。すぐにブーメランになるから」
「経験者は語るねえ」
敦ちゃんのもげればいい発言に笑いながらツッコミを入れる笑留ちゃん、菜々香ちゃん。4月、5月頃は揃って2年生をおっぱい星人だとか言っていた1年生達だが、すぐに笑留ちゃんが離脱して(この時は笑留ちゃんに裏切り者!とかの恨み言が出た)、その後に英子ちゃんと圭ちゃんが続き、今じゃ逆に敦ちゃんに対してこの扱いである。
つくづく女という生き物は自分本位なものである。
「英子もそう思う――って英子?どうしたのボーっとして?のぼせた?」
笑留ちゃんの言葉も何処か上の空だ。元々口数が少ない子だけど、今はいつもより少ない。のぼせた、とも思わなくもないが、風呂に入る前から英子ちゃんの様子がちょっとおかしいから多分違う……のか?
「英子、大丈夫?さっきから上の空だけど?」
陽菜もおかしいと思ったのか、英子に声をかける。
「大丈夫です。その……練習の終わりに言われたことを考えていまして……」
「あぁそういえば英子達は監督に呼ばれたね。怒られたの?」
「そうではなくて、ポジション変更を持ちかけられたので、ちょっと考えてました」
へ?ポジション変更?
「あぁ。ポジション変更ってことはミドルブロッカーになりなさいって?」
「はい。強制ではなく、希望を優先するそうですが、今のままでは試合に出れないと……」
俺の乏しいバレー知識を総動員すると確かミドルブロッカーはブロックの要でコート中央に陣取るポジションだ。ブロック要員なので背が高いことが望ましい。その点、英子ちゃんはバレー部の1年では一番背の高い174cm。なるほど。理にかなった推薦だな。
英子ちゃんもこの4ヶ月で大きく体型が変わった一人だ。入部当初の印象は申し訳ないけど、ホワイトアスパラガス……いやよく洗ったゴボウ……いやいや白樺の枝か。
背は高いんだけど、腕時計が二の『腕』に出来そうな程か細い腕、それじゃ太ももじゃなくて細ももだろっていう脚、他も全体的に痩せていて、アスリートらしからぬ色白の肌、起伏の乏しい身体も合わせて不健康でひょろい印象しかなかった。
それがこの4ヶ月で随分肉付きが良くなった。
ちょっと前に聞いたら170cmを超える背が凄く嫌でコンプレックスだったらしい。なんというぜいたくな悩みだろう。そんなに嫌なら170cm台を下回るための5cmを俺に身長を分けて欲しい。
で、バレー部に入ったら自分と同じ身長で、でも堂々とちょっとヒールのある革靴を履いてオシャレを楽しんでいる陽菜に感銘を受けたそうだ。
……英子ちゃんには言えないなあ……
陽菜がヒール付きの革靴を履いているのはオシャレとかではなく、俺をマネたからである。
俺の身長は163cm。陽菜は174cm。
兄として妹の陽菜に身長で負けるのは正直悔しい。ちょっとでも差を埋める方法はないかと検討していたところ、シークレットシューズはどうなんだろうと思いついた。思いついた後に、そうだ今は女なんだからしれっとヒールの高い靴を履けばいいじゃんということに気が付き、さっそく靴屋をめぐってちょっとヒールのある通学用の革靴を購入したわけだ。
ヒールがあると言っても元々革靴の踵のところには2cmくらいの厚みがある。それが+3cmの5cmになったところで誰も文句は言わない。校則にも違反しないナイスアイディアだと思ったんだが……
「あ、優ちゃん!ついに女の子らしいオシャレに目覚めたんだ!へぇ~。可愛いね。私もこれ買ってこよっと!」
っておぉおい!何勘違いしてんだよ!つか陽菜も同じのを履いたら結局差が縮まらないじゃないか!
ということで、陽菜は俺をマネしてヒール付きの革靴にしたのである。
ったく。日頃背が高すぎるのは嫌とか言っている奴が背を高く見せるな、って話だよ。
ってちょっと話がそれたな。
まあそんなことで陽菜に感銘を受けた英子ちゃんはこれまではこれ以上背が伸びないように腹八分目どころか腹半分程度だけ食べるようにしていたそうだが、高校に入学して健啖家の玲子、それほどでもないにしろ同世代の女子高生と比較すれば食べる2年生を見て、さらに背が高くて可愛い(これは認めざるを得ない。外見だけなら背も胸もお尻も俺より10cm以上大きいうえに顔も整っている陽菜に俺は勝てない)陽菜を見て考えを改めたそうだ。
その結果、この4ヶ月で体重が大きく増えたそうだ。それによりちょっと前まではすぐに折れそうな体だったが、今では痩身ながらも前より健康的な体つきになった。
Wは変わらないらしいが、BとHは凄い伸びを見せている。笑留ちゃんという筆頭がいるせいで目立たないが、枝キレだった英子ちゃんも今ではワガママボディだ。
「せっかくなら試合には出たいし、でも先輩達凄いから……」
「わかる。めっちゃわかる。私もポジション被ってるけど、主将に優莉先輩、玲子先輩を押しのけてレギュラーになれる図が全然想像できない」
英子ちゃんの監督から試合に出れない発言を受けて笑留ちゃんがそれに乗っかる。8ヶ月前の春高を思い出すと玲子、明日香はすでに全国でも上位レベルのスパイカーだ。
あれ以上となるとそれこそ全国レベルの強豪校のエースだろう。んな奴は松女みたいな公立校でなく、最初から強豪私立校に行っているだろうな。
「でしょ?でもミドルブロッカーなんてやったことがないし……」
「英子、その身長でミドルブロッカーに転向しろって言われたことがないの?」
「はい。中学の時は攻撃専門のオポジットか左のエース扱いでした。ミドルブロッカーだと後衛に下がった時にリベロと代わるので……」
「あぁ。英子は中学の時も後ろに下がったらバックアタックをしろって言われたんだ」
陽菜の疑問に答える英子ちゃん。
へえ。英子ちゃん、中学時代は点取り屋さんを任されていたのか。
「あれ?じゃあ練習の後に呼ばれたのはミドルブロッカーへの転向を言われたんだよね?私、呼ばれてないんだけど?」
英子ちゃんのミドルブロッカー転向話に私は?となったのは菜々香ちゃん。
菜々香ちゃんの身長は1年生では英子ちゃんに続く173cm。
ただし、体格は英子ちゃんとは真逆の……なんといえばいいのだろう?がっしり系?
太っているわけではない。断じて太っているわけではない。ただ、骨格が良いのかどっしりとした印象を受ける。この雰囲気はあれだな。全世代代表で呼ばれた時の由美お姉さんとか2歳上舞さんや千鶴お姉さん達から受けたものに近い。その体躯から打ち出されるスパイクは玲子や明日香とは違ったパワフルな印象を受ける。
「いやいや菜々香ちゃんのミドルブロッカーは勿体ないよ」
「優ちゃんの言うとおりだね。菜々香をスパイカーから外すのは勿体ないよ。それこそ優ちゃんや玲子、明日香だって体調の悪い日があるんだからその時の交代で出るんじゃないの?」
「それに菜々香はこの前、最高到達点を測った時に288cmだったんでしょ?もうスパイカーやるしかないって」
「監督だって闇雲に選んだわけじゃくて向いてそうな子を選んだんでしょ」
俺の菜々香ちゃんミドルブロッカー転向は勿体ないという発言に陽菜、笑留ちゃん、敦ちゃんが賛同する。
「でもさ、勿体ないと言えば翼だよ。英子、練習の後に呼ばれた子って他には確か、圭と貴子と翼よね?」
「そうですけど……」
「だとしたら勿体ない。もし私が佐伯監督で1年生だけでチームを作るならレフトは翼と菜々香にするし」
陽菜がそんなことを言いだすが、同感だ。翼ちゃんは1年生の中で総合力がずば抜けている。何が得意でも欠点がないでもない。なんでもできるのが翼ちゃんだ。
2年生で例えるならレシーブ、サーブ、スパイク、ブロックを全て高水準で出来る明日香だな。菜々香ちゃんはそれと比べると欠点も目立つが一芸特化型でブロックを正面からぶっ飛ばす力あるスパイクは魅力的だ。
他にも1年生でスパイカー志望はいるがその中から2人選べと言われれば翼ちゃんは鉄板。次点を背が高く攻撃力の菜々香ちゃんか背は低いが守備力&運動量の愛ちゃんで争う感じ……か?
そう考えれば監督が170cm台の英子ちゃん、貴子ちゃんをミドルブロッカー転向を勧めるのは妥当と言える。
「でも逆に松女の1年生でミドルブロッカーが出来るのは監督が呼んだ4人くらいですよ」
勿体ないと言った陽菜にミドルブロッカー適性者で選べば当然だと反論したのが敦ちゃんだ。
「松女ってセミとかブロード攻撃ってあんまりやりませんよね。だから攻撃が基本的にレフト一辺倒なんですよ。それで相手から2枚ブロックが最初から張り付かれて下手をすれば3枚ですよ。
まあ、ブロック関係ない優莉先輩には問題になりませんけど、ブロックが常に2枚付かれたら玲子先輩や明日香先輩は辛いはずです。最初はセッターの陽菜先輩がそういうトスが出来ないのかな、って思ってましたけどこの合宿だと、普通にレフト以外からも速い攻撃を仕掛けてますし、なにより思い出してみれば1月の春高の時はブロード攻撃とかをガンガン仕掛けてましたよね?」
「春高の時は未来と歌織……明日香と仲の良いバスケ部の主将とバスケ部で一番背の高い人って言えばわかるかな?あの2人がいたからね。
バスケ部の主将は常に前のめりでどうやって点を取るか、しか考えてないよプレイだし、背の高い子は中学生の時もミドルブロッカーを任されていたらしくてセンターからの……」
陽菜がそこで何かに気が付いたのか、驚いた顔になって今までとは逆のことを言いだした。
「そうか。だから翼はミドルブロッカーにならなきゃダメなんだ」
「え?陽ねえ、なんで?」
「優ちゃんに聞きたいんだけど、ミドルブロッカーの役目ってなに?」
「へ?えっとブロックの要になること?」
「そう。それが一番の仕事で一番大切な役目なの。だから忘れてたんだけど、もう一つ、ミドルブロッカーには中央からの攻撃役も担ってもらわないとダメなの」
「????今までもセンターから攻撃してたけど?何が違うの?」
「センターからも単品じゃなくてコンビバレーで攻撃に参加してもらう。さっき敦ちゃんも言ってたし。
優ちゃんはブロックなんて気にしないからわからないと思うけど、ただ単に速攻を仕掛けてもレフトからしか攻撃がないって思われちゃうと意味が薄いの。
速攻を仕掛ける時にレフトからなのか、あるいは中央突破なのか、はたまたブロードを仕掛けてくるのか、相手にどこから攻めてくるかわからない状態で速攻を仕掛けるからこそブロックを1枚とか1.5枚に削れるの。別に直接点を取らなくてもいい。囮でもいいからレフトへのブロックを少しでも割ければいい」
「そうなんですよ。松女ってセンターを本職でやる選手がいなくて、レフトの選手が代わりにやっているからどうしてもセンターを入れたコンビプレイが手札にないんです。
レフトからの攻撃、後は精々明日香先輩が前衛の時限定でライトからもある、くらいなんですよ。優莉先輩はもちろんですけど、玲子先輩もブロックが2枚だろうと3枚だろうと勝負出来ちゃうから顕在化してませんけど、普通だったら攻め手を欠いて延々とラリー戦を勝たないと点が取れないバレーですよ」
ミドルブロッカーの役目はブロックだけではなく攻撃役、もしくは囮役としての役目もあるという陽菜。それに同調する敦ちゃん。
「そうですね。合宿全体を通してみるとサーブで崩せない場合、こちらの攻撃には大体2枚ブロックが付かれてましたね」
「言われてみればそうね。でもさ、3日目くらいかな?陽菜先輩がセミとかDクイックをやり始めたじゃん。そうなってくるとブロックって減らなかった?」
「あれは1日目、2日目で優ちゃん以外が結構ブロックに捕まったからなんか手はないかな~って考えたからなんだよね。まあ急造だからうまく合わなかったことが多かったけど」
「あ、あれってせっかくの試合形式の合宿だから色々試そうで始めたわけじゃなかったんですね。監督も色々試せって言ってたからてっきり――」
その後の練習試合の反省会が続く。
……こういうと差別だって言われるかもしれないが、女のわからんところは今みたいに会話の軸がずれることだ。強引に戻すか。
「陽ねえ。みんな。練習試合の反省は後にして、何で翼ちゃんはミドルブロッカーじゃないとダメなの?」
「優ちゃんわからない?ただ単にコートの真ん中に背の高い選手を配置するんじゃなくてミドルブロッカーとして攻守の動きが出来る選手が欲しいの。次の公式戦は11月。後2ヶ月でそれが出来そうな子って誰?」
「それはあくまで技術的に出来そうってだけで本人がやりたいかどうかは別だよね?翼ちゃんの意思は?」
「それは聞くけど、何で翼だけ?優ちゃんも英子がミドルブロッカーをやるのは反対してないよね?」
「英子ちゃんとは事情が違うからね。英子ちゃんの口ぶりだと『今のままだと試合に出れないから競争相手のいないミドルブロッカーに転向する』んだよね。きっかけが何であれ、自分の意志でポジションを変えるなら私は何も言わないよ。でも向いているからって他人が押し付けるのは嫌だなあ。翼ちゃん、多分だけどスパイカーであることにこだわりがあると思うよ」
「「「あっ……」」」
「私達はさ、別にバレーボールだけをやりに高校に進学したわけじゃないじゃん。そりゃ努力も必要だし、勝つにはキッツい練習もしなきゃダメだけど、根っこは『自分がやりたい』っていうのが私は大切だと「陽菜先輩!優莉先輩!あと菜々香その他!そろそろ時間!お風呂代わって!!」」
俺が良いことを言おうとしたタイミングで真っ裸の結花ちゃんが風呂場に入ってきた。結花ちゃんのセリフからもわかるように俺達はあらかじめ風呂に入る時間を自主的にずらしている。
時間が来る前に出るのがマナーなので言われるのは仕方ない。だが……
「ごめんごめん。もう出るよ。それとは別に、結花ちゃん、お風呂場とはいえ前は隠して」
「?どうしてですか?ここには女子しかいませんよ」
…えっと生物学的にはそうなんですが、俺はちょっと違うわけで、でも結花ちゃんの裸を見てもちっともドキドキしないのは精神的に凹むわけで……
「あぁ。でも優莉先輩は隠した方が良いですよ。なんていうか、先輩、きれいですごくエロい!」
……この子は大丈夫だろうか?
「あ、先輩、こいつ大丈夫かって顔しましたね!そんな先輩にわかりやすく言うと、先輩も美佳さんとお風呂に入ったことありますよね?どうでした?」
美佳ねえと一緒にお風呂。頻度は陽菜や涼ねえと比べると低いが、それでも女になって度々ある。どうかと言われると……
「すっごくエロいね!」
満点の優莉ちゃんスマイルで答えられる。
「ですよね!それと同じです!優莉先輩は美佳さんの妹なんですからエロいんですよ!襲われちゃいますよ!」
そうか。それなら仕方ない……のか?
よくわからん。
「優ちゃん、バカやってないで出るよ」
いつの間にか湯船から出た陽菜達が脱衣所に向かっている。
「今行く」
最後に邪魔が入ったが、春高予選に向けてミドルブロッカーに誰を持ってくるのかでひと悶着ありそうだな。個人的にはやはりポジションは本人の希望を優先させたい。
加えて言うなら別に1年でなく2年がやってもいいわけだ。ちょうど1年前の今頃は誰をどこに配置するのかでもめていたので俺も明日香も玲子もセンターが出来ないわけじゃない。
そのあたりも込みで部員全員で話した方が良いと思うんだが……
「そうですね。優莉先輩の意見ももっともです」
脱衣所で着替えながら考えを述べると英子ちゃんが同意してくれた。
「まあ無敵の優莉先輩だって人間なんですから風邪をひいたり、交通事故にあったりして試合に出れないかもしれないんですから、有力なウイングスパイカーの翼を今からミドルブロッカーに転向させるのも確かに問題ですよね」
「それもそうだけど、2年後、先輩達が卒業した時に多分エースになっている翼を外すのは確かに変だよねえ」
風呂場とは逆の意見を言い出す敦ちゃんと菜々香ちゃん。
「病気とか怪我とか事故は仕方ないけど、もっと現実的にありそうなラインとして春高予選は11月。中間テストは10月だから中間で1教科でも40点以下があると佐伯監督は試合に出してくれないよ。みんな大丈夫?」
「HAHAHAHA。優莉先輩、そんな子いるわけ――」
陽気な菜々香ちゃんが笑いながら否定しようとして、その笑顔が凍り付いた。
たぶん俺と同じことを考えているんだと思う。他の奴もばっちり固まっている。明日香ですら成し遂げていない1年生1学期にしてガチの赤点2教科の剛の者。
「せ、先輩。確か、夏休み明けにも実力テストがあるんですよね?」
「う、うん。去年はあった。多分今年もあると思う。テスト範囲は夏休みの宿題と同じ範囲。これも酷い点を取ると佐伯監督がすっごく怒る」
「……私、今から奈央ちゃんを探してきます」
お風呂上がりだというのに赤ではなく青い顔色になりながら英子ちゃんが奈央ちゃんを探しに脱衣所を出ていった。
……この後、夏休みの宿題のことを奈央ちゃんに聞くととりあえずはやってあると答えはしてくれたものの、本当にとりあえずで回答は間違いだらけだった。
何が始末の悪いって同じようにとりあえずやっていると答えた数学だとか世界史だとかの宿題はちゃんと出来ている点だ。
で、バレー合宿が終わった翌日から奈央ちゃん専用の英語合宿を2泊3日で開くことになるのであった……
ちょいと予定を変えて新一年生のキャラ紹介(設定紹介ともいう)
出井 敦子
見た目は小学生な高校1年生。おっぱいのある人と背の高い人に嫉妬丸出し。ユキはおっぱいが大きくても背が低い仲間なのでセーフ。優莉は谷間を作ってくれた人なのでセーフ。
円城寺 英子
元ガリひょろ女子。今は笑留ちゃんに続いて1年で2番目に大きい。何が、とは言わない。性格は大人しく、目を合わせない恥ずかしがり屋な目隠れ系女子。
上地 菜々香
喜怒哀楽を前面に出す。玲子に続く健啖家。おかわり系女子。
次回は軽めのデータセクションを予定。




