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008 インターハイ県予選 開始

コロナでも不急不要な仕事でもないのに毎日出勤。いっそのこと国家権力で止めて欲しい……

 今日はインターハイ県予選の初日で1、2回戦が行われる日。

 

 俺達は去年と同じように高校から電車とバスを乗り継いで2時間弱かかる、去年と同じ会場のとある市営体育館へと来ていた。

 

 そう、『電車とバスを乗り継いで』である。

 

 昨年の夏以降は上杉先生がいたためにバレー用具は会場まで俺達ごとまとめて輸送できたが、今年の1月に上杉先生がバスケ部顧問に戻ってしまったために、この類の荷物は人力輸送となる。4月以降、他校との練習試合はあったが、全て松原女子高校に招待していたから本当に久々の人力輸送である。

 

 なお、佐伯先生は普通自動車のオートマ限定の運転免許証しか持っていない上にそもそも自家用車を持っていないので、荷物輸送は出来ない。

 

 ……冷静に考えるとこれってすごい事だ。松原女子高校のある松原市周辺は駅からちょっと離れれば何もないド田舎で自動車がないと生活できない。現に我が家では父さんはもちろん、涼ねえも美佳ねえも運転免許証は持っているし、自動車は2台ある。

 

 あぁ、でももうちょっと都心に近くかつ、駅前周辺に家があれば自動車がなくても生活できるんだっけ?

 

 確かそんなことを美佳ねえの高校時代の同級生でバレーボール女子日本代表にも選ばれている由美お姉さんが言っていた気がする。佐伯先生はもうちょっと都会寄りの場所に住んでいるのだろう。

 

 

 まあそんなわけで俺達は手分けして荷物を担いで会場(ここ)まで来たわけだ。

 

 ちなみに集合時の格好は制服。

 

 んで会場まで移動した後は男だった時は絶対に良い匂いがすると信じていて、実際には制汗剤と湿布の匂いしかしない女子更衣室で着替えて現在に至る。

 

 

 ここまでは去年と一緒だが、違うこともある。

 


 松原女子高校バレーボール部のインターハイ県予選は、去年は一昨年の一回戦負けを受けて逆シード、1回戦からのスタートとなったが、今年は去年の県3位という結果を受けて一応シード枠、2回戦からのスタートである。

 周囲からの前評判も去年は『有象無象の雑魚高校同士の争い』ということでアリーナの観客席はガラガラだったが、今年は『春高準優勝で身体能力お化けがいる』ということで結構人が入っている。

 


 

 なお、チーム事情としてシード枠ってことに関してはあんまり嬉しくない。今年は何とか2チーム作れるだけの部員、つまりは自学校内だけの練習中にも練習試合が出来るようになったとはいえ、体力的に劣る1年中心のチームと主力の1軍チームでは実力に差がありすぎてよい練習、よい活きたボールの練習が出来ない。ならば実戦で経験を積みたいところなのだが、その実践の場を奪われているわけだ。

 

 でも弱いところとやっても最悪俺がサーブで25点いきなり取って終わる可能性もあるわけで……

 

 そうだ。1軍と言えばようやくチームの形が出来たんだった。

 

 レギュラー自体は多分ゴールデンウィーク中の練習試合で決まったんだろうが、ポジションが決まってなかった。あの後も他校を招いたり、練習したりでようやく決まったのだ。

 


      ネット     

  ――――――――――

   FL FC FR 


   BL BC BR 

  ――――――――――

    エンドライン


 FL:村井 玲子

 FC:白鷺 愛菜

 FR:立花 陽菜

 BR:立花 優莉

 BC:金森 翼(有村 雪子)

 BL:都平 明日香


 ※愛菜と翼は後衛時にユキと代わる

  

 

 一番最初に俺がサーブを打つ相変わらずのサーブ強襲型。

 

 これに決まるまで色々話し合った。ポイントは明日香の位置。明日香はバレー歴が長いだけあって技術面の総合力は間違いなくトップ。統率力と味方を鼓舞する能力もある。俺が攻撃の要、ユキが守備の要だとすると明日香はチームの要といったところだろう。

 

 となると明日香には出ずっぱりになって欲しい。

 

 そうなると後衛時にはリベロのユキと代わるポジションに明日香を置くべきではない。この時点でレギュラーの中で出続けるべき選手はエース()セッター(陽菜)キャプテン(明日香)の3人。

 

 あえてリベロを使わないという選択肢もあるが、チーム一のレシーブ巧者であるユキを外すのも問題だ。故に玲子、愛菜、翼の3人のうち誰が後衛時にユキと代わるのか。曲がりなりにもU-19の代表合宿に呼ばれた玲子も出ずっぱりだろう、いやいや点取り屋は優莉()がいるから必ずしも必須ではない、愛菜だってレシーブは巧い方だ、まてまてそれでもユキには劣る等々。

 

 色々意見が出て最終的に愛菜-翼がセンターラインを担うことになり、後衛時にはユキと交代。レフトは俺と玲子。セッターは陽菜。明日香はライトという形になった。

 

 これに問題がないわけではない。何しろ一番高さが求められるブロックの要であるセンターが一番高さの出ない愛菜と翼になってしまったからだ。

 

 しかし総合的に考えるとこれが一番良いということで落ち着いた。

 

 

 それと比べるとすっきり決まったのがユニフォームの番号。

 

 今残っている今年の1年生は10名うち1名はリベロ志望。2年生は6名。今大会のバレーボール選手登録上限数は通常枠14名+リベロ枠2名。

 

 なので空いている番号を1年生のクラス順、出席番号順で配布して終わり。全員ユニフォームを貰えた形だ。ユニフォーム配布にあたり、「あの、流石に1番はちょっと……」と1年1組の金森(『か』なもり) 翼ちゃんは言っていたが、佐伯監督が「番号自体に意味はない」と言ったことでそのままスルー。


 なお、「お父さんが婿入りでよかった。父親姓の内沢(『う』ちさわ)だったら私が1番だったよ」と1年1組の矢祭(『や』まつり) 笑留ちゃんが安堵していたが、ユニフォーム番号が2番なのであんまり変わらない気がする。

 

 

 2年生組は基本的に今までの番号をそのまま使用だが、俺と陽菜だけは番号を入れ替えた。

 

 理由は――あれだ、今年の1月まで俺が着ていたSサイズのユニフォームだが、今着ると着れなくはないがちょっと……という事情があり陽菜のお古を譲ってもらった。

 なんせ陽菜も陽菜で今まで着ていたのだとちょっとという事情があり、今まで着ていたユニフォームやジャージは俺に譲って陽菜のはさらに上のサイズにしている。

 

 その際、ユニフォームの番号を一々変えるのが面倒なのでユニフォームの番号ごと譲ってもらい、反対に俺の6番を陽菜に譲った形だ。

 

 これにより立花家では1着分の費用で俺と陽菜のサイズ変更が出来たわけだ。

 

 この作戦中、意外なことが起きた。陽菜が俺にお古を譲ることを渋ったのだ。俺からするとスクール水着すら平気で譲れる陽菜がなぜ渋るのか理解できなかったが、陽菜に言わせると6月から7月の2ヶ月間だけ、週に3回、1回50分の体育の授業でしか着ていない短期間・短時間のみ着用のスクール水着より、去年1年間、ずっと着続けたバレー部のジャージはもちろん、公式戦や練習試合のたびに着たユニフォームの方が長期間・長時間着用しているので悪い気がするそうだ。

 

 この辺は感覚の問題だから仕方あるまい。

 

 

 

 さて、アリーナでは県予選の一回戦が開始されようとしている。それを俺達は2階席から物理的な意味で高見の見物をすることになっている。

 

 一回戦は築陵高校VS青竹高校。

 

 築陵高校は松原女子高校より頭の良い、偏差値70手前の高校。翼は「正直、去年の秋までは第1志望でした」という中々にレベルの高い高校だ。青竹高校は偏差値50付近のザ・普通という高校。特にこれと言って目立った独自行事もなく、いろんな意味でありふれた平凡な高校。

 

 この時点で理解していただけるだろうが、これはバレーボールに一切関係ない。他校のバレー部の実力などは明日香でないとまずわからんところ。

 で、その明日香は「怪我人でも出ない限り、築陵高校が勝つ」と断言している。曰く「見ればわかる」とのことだが……

 


 

「え?な、なんですか?あれは!」


 アリーナに入ってきた築陵高校の選手の1人を見て1年生が驚きの声を上げる。背が凄く高い。180cm近くある歌織より高いのではないか。


「番号は4番。えっとパンフレットによると2年生の西野 敦子っていう名前みたいですね」

「た、高いですね。180どころか190cmくらいあるんじゃないんですか?」

「結花ちゃん惜しいね。西野さんの身長は187cm。今年、選手登録している県内女子高生バレーボーラーの中だと一番高いね」


 ちなみに、パンフレットには名前と番号と学年は書いてあるが身長は書いてない。いったい明日香はどっから情報を仕入れて来てるんだか…

 

 その諜報能力を一部でも定期考査に回せば全教科40点台でギリギリ補習を免れるということもなかっただろうに……

 

 

「1学年上であれだけ背が高ければ今の1年生(私達の代)でも有名になりそうなんですが……」


「中学生の頃からバレーボールをやってたらそうかもね。多分だけど、西野さんは中学時代は別のスポーツをやってたんだと思うよ。あるいは高校生になると同時に引っ越してきたパターンかな?

 どっちにしろ中学時代は県内では全く名を聞かなかったし、去年の映像を確認できたけどそれほど巧くもなかったから高校からバレーを始めた、が真実だと思う」

 

 

 翼の疑問に対し、答える明日香。いや本当にお前の諜報能力どうなってんだよ?

 

 

 

 その後の試合は明日香の予想通り築陵高校が25-11、25-14で勝った。技術力はほぼ互角だったと思うが、西野さんのいる/いないが勝敗を分けた感じ。

 

 あれだけの高身長が活きるのはスパイクではなくむしろブロックの方なんだとわかる試合だった。


 ブロックはただ高く跳べばいいものではない。相手のスパイクの打点にあわせて高く跳ぶ必要がある。当然、相手もブロックに捕まりたくないから時間差、速攻、囮攻撃などを混ぜてブロッカーを奔走させる。

 

 西野さんの凄さはブロックの有効期間の長さだ。

 

 ジャンプをしなくても上にのばせばネットから手が出るので極端な話、跳ばなくても有効なブロックになる。ちょっとくらい囮に引っかかってジャンプのタイミングがずれても有効な高さのブロックが出来る。なので中々ブロックが振り切れない。

 

 故に強力なブロックで得点を重ねる――だけでない。

 

 そんな驚異のブロッカーがいる時点で青竹高校のスパイカー陣は中央からの攻撃をあきらめざるを得なかった。

 

 そうなると攻撃パターンを絞られ、そこにブロッカーを当てられ……という展開になり大差での試合展開となった。強力なブロッカーは直接だけではなく間接的にも相手スパイカーを止めるのだ。それを思うと歌織は本当に優秀なブロッカーだったんだと思い知る。


 俺は相手ブロッカーを無視できる高さからスパイクを打てるので気にしたことはないが、玲子や明日香は歌織の相手スパイカーへのプレッシャーのかけ方が巧かったと言っている。

 

 5月に練習試合をした姫咲の正美ちゃんからはきっぱりと「松原女子って中央が怖くなくなったね」と言われてしまっている。

 

 なんにせよ、あの身長は脅威だな。


=======

 視点変更

  インターハイ県予選 

   2回戦 第2セット

    佐伯 加奈子 視点

=======

 

「今日はもう出番はないな」


 隣に座る生徒――優莉にそう声をかける。

 

 コートに出れるのは学年を問わず最強の6人、と公言をしているが、そうしない時もある。例えば今のように絶対的エースである優莉をベンチに下げる状態。

 

 うちのエースは凄すぎる。

 

 女子高生の世界では3mあれば全国トップクラスだというのに優莉の打点は4m近く。もはや誰も止められない。サーブの威力もプロの男子すら上回るのではないかという威力。規格外の身体能力は素晴らしい。

 

 が、チームとして見た場合どうか。

 

 頼りになるエースがいるのは良い。エースに頼るのもいい。それでもエースに頼り切るのはダメ、という持論がある。

 

 約半年前の春高を思い返してもチームとしての強さがなければ勝ちきれないと痛感した。優莉がいなくても強豪チーム、いれば全国一、それが目指す形だと思っている。

 

 

 インターハイ予選の2回戦、第1セットは優莉の力でねじ伏せた。

 

 強烈なサーブでいきなり10連続サービスエース。ラインギリギリを狙った11本目のサーブが入っていればあるいはサーブだけで25-0があり得たかもしれない。

 

 その後も優莉のバックアタックを混ぜつつ、結局25-4で勝った。

 

 けれども、内容を振り返れば試合結果程、楽観視は出来ない。

 

 昨年とは違い、私達というか優莉の存在は広く知られている。だからこそ、対策も打たれている。築陵高校はセカンドタッチを優莉にさせるべくあれこれ手を打ってきた。

 

 これは正しい。

 

 優莉のスパイクさえ封じてしまえば相手の長身ブロッカーでこちらの攻撃を封殺できるという作戦なのだろう。

 

 

 惜しいのは、背が高いだけの1枚ブロックで封じれるほど玲子や明日香のスパイクは甘くないということだった。

 

 

 第2セットはあえて優莉を外した。

 

 生徒には「偵察に来ている強豪校にわざわざ優莉の姿を見せる必要はない」と言っているが、本命は『優莉無しでどこまで戦えるか』と見極めるため。

 

 優莉は超人的身体能力を持っているが、人間である以上、怪我はするし、病気にだってなる。当然、不調になる日もあるだろう。

 

 その時に優莉に頼りっきりというのは良くない。


 後は生徒に可能な限り『活きたラリー戦』を経験させたいというのもある。

 

 優莉がいると大抵彼女のスパイクまたはサーブでボールが止まる。それでは中々『活きたラリーボール』を経験できない。

 

 個人技がずば抜けているので忘れがちだが、玲子は競技歴2年目。陽菜や愛菜も十分な経験者というほどでもない。レギュラー陣で高校バレー世界でも経験者、と言えるのは明日香、雪子、翼の3人だけ。

 

 

 コート内動線も怪しい。

 

 ギリギリまでポジションをいじったせいでもあるが、いつぶつかってもおかしくない。

 

 その時にボールを落とすくらいならいいが、例えばお互いに猛スピードでぶつかって怪我をする、なんてことも考えられる。

 

 久々のフローリングの床にもなれないといけない。

 

 学校の好意と多額の寄付金もあって普段練習をしている体育館の床材はタラフレックス。グリップのきく良い素材であるが、反対に今のように普通のフローリングの床だと滑ると生徒達は言っている。私も普段よりは滑る様な感じを受ける。

 

 生徒にはこまめに雑巾でシューズに付着した細かな埃やごみを取り除くよう言っている。床材を変えられない以上、滑らないようにして怪我をしないようにするしかない。

 

 

「ライト!」


 主将の明日香が声を上げる。

 

 相手からのスパイクをうまくさばけなかったのでオープン攻撃。当然相手ブロッカーは複数枚で立ちはだかるが――

 

 

 バシンッ!!

 

 

 ピーッ!!!

 

 

 明日香は相手ブロックのわずかな隙間をついてスパイクを決めた。

 

 

 本当に彼女はバレーボールとなると頼もしい。

 

 研究熱心で努力家。同級生からは頼られ、下級生からは慕われている。後輩を威嚇するしか能がなかった7年前(あの頃)の私達とは大違いだ。

 

 

 ……まあ、彼女と違って私達は私達で本業である学業なら勝っている。

 

 あの熱意の半分でも学業に向けていたら私も職員会議で心配をされなくて済むのだが……

 

 改めて明日香には「中間・期末どちらかでも赤点があったら補習をするからインターハイには連れていけない」と忠告しておこう。

 

 

 

 

 インターハイ 県予選 2回戦


  松原女子高校 VS 築陵高校


       25- 4

       25-10

  セットカウント

        2-0


 松原女子高校 3回戦進出

 

次回は結構間が空きます。ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >今年は去年の準優勝という結果を受けて インターハイ予選は3位だったんじゃ
[気になる点] 2020年のインターハイ中止が(東京五輪も)決まりましたが、作中世界はどうなりますかね。 春高は1月だったのでギリギリセーフだし、その年の4月から優莉は大学生になるはずなのであまりコロ…
[良い点] 更新ありがとうございます!!待ってました!
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