099 着替え
「コレット?」
オレは顔を伏せて泣くアリスの肩を抱きながら、黙りこくっているコレットを見た。コレットの性格なら、もっと荒れていてもおかしくないと思うのだが、彼女はさっきから一言も発することなく、じっと窓から夜の中庭を見つめている。なんだか様子がおかしい。
「はぁ……」
コレットが大きな溜息を吐いてオレたちを見た。その顔はすっかり眉が下がり、なんだか呆然としたような、今にも泣き出してしまいそうな、初めて見た表情だった。
「ジル、か……。見ての通りだ。俺はもう舞踏会に参加できねえ……。せっかく練習に付き合ってもらったのに、悪いな……」
「いや……」
そこには普段の元気な楽天家のコレットはいなかった。まるで辛い運命を粛々と受け入れるような態度だ。
「諦めるのか?」
「もう、どうしようもないだろ?」
オレは、コレットならどんなことがあっても決して諦めないと油断していたことを痛感した。
コレットだって、少し気は強いかもしれないけど、普通の十二歳の女の子なんだ。こんな直前に今までの苦労を無にされれば心も折れたりする。
コレットは気丈に振る舞っていたけど、クラスメイトたちからいじめられて、その心は傷付いていたのだろう。そして、今回のことで心が折れてしまった。
もっとコレットの言動を注視していればよかったな。そしたら、もっと適切なケアができたかもしれないのに。
「舞踏会は正装でって決まりだろ? さすがに制服で出るわけにもいかねえ。貸し衣装だってもう受付は終わってる。詰んでるんだよ。もうどうしようもねえ……」
コレットの顔がくしゃっと崩れ、オレの視線から逃れるように顔を伏せた。
「悔しい……。俺、悔しいよ、ジル……」
その声は震え、一粒の雫がキラリと落ちた気がした。
「コレット、その……感極まってるところ悪いんだが……。お前のドレスはある」
「……は?」
コレットは素っ頓狂な声をあげてオレを見た。その目には涙が限界まで溜まり、今にも零れそうだった。
「ジル……。元気付けようとしてくれるのはわかるんだけどよ。今はそういう嘘は聞きたくない……」
「嘘じゃないよ」
オレは収納空間から白い大きな箱を取り出してみせる。それはコレットの足元に無残に転がっているドレスの箱と同じものだ。
オレが箱を開いてみせると、中には深紅のドレスが入っていた。もちろんこちらは切り刻まれたりしていない。
実は、この舞踏会の衣装が切り刻まれるイベントは、ゲームにもあったのだ。ゲームの主人公が、貧民出身なのに輝かしい成績を収めることに対しての嫌がらせである。
ゲームでのイベントの犯人はジルベール・ムノーだったから、今回は起きないんじゃないかと思ったけど、一応警戒しておいてよかったな。
「ジル、それって……?」
「こんなこともあろうかと、アウシュリーにはコレットのドレスを二着注文していたんだ。その内のもう一着がこれだよ」
「ジルー!」
「おわっ!?」
コレットがオレに抱き付いてきた。抱き付いて、ぴょんぴょんと跳ねて、嬉しそうなのはけっこうだが、もっと慎みを持ってほしい。まるでオレの腹に胸を擦りつけているみたいだ。
「コレット、胸が当たってる……」
「べつにいいだろ! 今日だけは許してやるぜ! 特別サービスで触っても怒らないぞ? ほら、揉んどけ揉んどけって」
「コレット、無いものを触ることはできないんだよ?」
「張り倒すぞお前!」
怒った表情をみせるコレットだが、その表情には隠し切れないほどの喜びが溢れていた。
「よかったですね、コレット。さすがジル様です」
隣にいるアリスも涙を指で拭いながら笑顔を見せた。
「時間もない。早く着替えるんだな」
「おう!」
オレはコレットの肩を掴んで引きはがすと、なにを思ったのか、コレットが自分の制服に手をかけた。そのままブレザーを脱ぎ、シャツを脱ぎ出そうとするコレットに驚いてしまう。
「コレット!?」
アリスの悲鳴のような声にオレは自分を取り戻した。
「おいおいおい!」
「なんだよ? お? ジル、お前まだいたのかよ。そこまでは許してねーぞ? 早く出てけ」
「えぇー……」
理不尽過ぎない?
だが、時間がないのは事実だ。
オレはコレットへの文句をぐっと飲み込んで、部屋を退出する。
「コレット、殿方の前で服を脱ぐのははしたないですよ?」
「わぁーってるよ。それより、早く着替えようぜ?」
「もう。では、コレットの着付けを。大急ぎでお願いします」
「かしこまりました、アリス様」
「コレット様、こちらへどうぞ」
「おう!」
「コレットのドレス、綺麗ですね。髪色とも合っていますし、やはり赤系統でまとめて正解でした」
「俺はドレスなんてなんもわかんないからな。アリスとジルが相談に乗ってくれて助かったぜ」
「コレット様、まずはコルセットを付けさせていただきます」
「いててててててててててッ⁉ おい! いてえよ!」
背後からドア越しに聞こえてくるドタバタ音を聞きながら、オレはコレットの着替えが終わるまで待つのだった。
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