現実との狭間で
皓星の予測した通り、浜脇先生の国語の授業ではレポート回収の前に、発表を求められた。急な時間割変更で午後二限連続国語とか、陰謀すら感じる。準備しておいて本当によかった。緊張したが、そこそこ評価をいただけるような発表ができたと思う。合間の休み時間になると、未発表の生徒は発表の準備のためメモ書きに走っているようだった。さすがに人様の発表時に、自分のレポートのまとめはできない。
「結名ちゃん、すごーい! ああいうの得意なんだね」
思いっきりタイムオーバーして説明をぶった切られた詩織は、素直に結名を称賛した。朝、ケーキを悠長に食べていたり、昼食後はクラブ紹介を見に行ったりしていたため、言いそびれてしまったのだ。
結名は笑って誤魔化した。
「そ、そんなことないよ。昨夜レポートの仕上げしてたから、ほら、だからかも!」
「あれー? 藤峰ってさ、ガリ勉タイプ? つーか、オタク系じゃないの? ゲームとかしてそー」
女子同士の会話に、男子の声が混じる。それもかなりの大声で、その内容と相まって視線が集まった。結名の表情が凍りつく。
別に隠しているわけじゃないけど……何で今?
たまたま欠席している前の席に、その男子はこちらを向いて腰かける。顔は知っているが、正直名前なんて覚えていない同級生だ。いつもうるさく騒いで、たまに廊下で転がったりしている。
強張った結名の顔を見て、にやけながら言葉を続ける。
「昨日、早く帰ってただろ? しかも、来るのいつもより遅かったし。てっきりさぁ……」
「ずっとゲームの話しかしてない土屋に言われたくないと思うよ」
するりと割り込んできたのは、我らが学年代表殿である。こちらはちゃんと覚えている。イケメンだし。
ちなみに、さっきの発表も卒なくこなしていた。流石だ。
「いいじゃんか。幻界は今流行りなんだぜ!」
「わかるわかる。おれも今ハマってるし。そう言えば、朝から神殿がどうのって言ってたね。全滅したの?」
にっこりと、笑顔でえげつない質問を繰り出している。意味が分かってしまう。気の毒なことだ。
顔を一瞬赤らめた土屋は、「うるさいな」と口の中でもごもご言っている。そして、再度結名に視線を向けた。むしろ……睨んでいる。
「藤峰も幻界してるんだろ」
確信した。
彼とは幻界で会っている。
背筋がじっとりと汗ばむ。握りこんだ手もべとべとだ。
「土屋ってさー、藤峰さん狙いなの?」
「なっ」
「えええっ!?」
空気を爽やかに斬り裂き、小川は笑顔で問いかけた。土屋は完全に言葉を詰まらせ、隣では何だか詩織が驚きの声を思いっきり上げている。
「気持ちはわからなくもないけどさ、ゲームと現実は区別したほうがいいよ。変なしがらみ増えたら、楽しめるものも楽しめない。ゲームの中で現実を訊くのはNGだと思うけど、逆もお勧めしないな」
「一緒に遊べたほうがいいに決まってんだろ!?」
「へー、一緒に遊びたいんだー」
茶化す小川に土屋が食って掛かろうとした時、小川の視線が出入り口の扉に向く。浜脇先生が戻ってきたのだ。もうすぐチャイムが鳴る。盛大に舌打ちし、土屋は結名より後ろの自分の席に戻っていった。それを見送っていると、小川がすぐ傍に立って囁いた。
「気にしないで」
弾かれたように顔を向けた時には、小川もまた背を向けて席に戻るために足早に去っていた。
助かった、と思う。
安堵の溜息が、つい漏れてしまう。
「結名ちゃん……」
掛けられた声は何かどこか感極まっていた。詩織は両手を胸で組み、ふるふると震えている。
「土屋は全然おススメしないけどっ、小川君はいいと思うっ!」
力いっぱい、何だか違う話になっていた。
否定する間もなく、チャイムが鳴り響く。
「よぉーし、ガンガン聞かせてもらうぞ! じゃあ、号令!」
浜脇先生の気合いと共に、授業が開始する。教室中に微妙な怨嗟の声が響いていた。まさにタイムアップである。人が困っているのをぼけっと眺めているからだ。
その後、土屋は一発目で当てられ、宿題すらそもそもしていないことが発覚し、叱られていた。幻界のしすぎだと思う。
「うるせえな、こんなの受験にはいらないだろ!」
その物言いは、大学は皇海学園以外を選ぶと宣言しているもので、結名を苛立たせた。
何で皇海学園に入ったんだろう。進学校にすればよかったのに。
入りたくても、入れなかった子がいるのに。
土屋に対する評価を最低に落とし、相手にしないことを心に決め、結名は次の発表の子へと視線を移した。




