第05話 検証
複数の竜核の力を身体に受けるためには、複数の竜核の力を同時に身体に取り込まなければならない。
装着ではわずかな誤差が生じ、あるいは一方の竜核の力がもう一方の竜核の力に押し流されてしまうために二つの力を得る事が叶わない。もしくはそれ以外の何らかの理由があるようで過去に成功例は一度も無い。
そこで私は、最初に竜核そのものを取り込むのではなく、複数の竜核の力を混ぜたものを身体に取り込むことで、身体が複数の竜核の力を受容できるようにしようと考えた。
具体的には、具現化効果がある紫の輝石を用いた研磨剤で竜核を削り、高濃度のマナの液体に複数のエネルギーを溶かし込み、それを飲むことで複数の竜核の力を同時に身体に馴染ませる。
次に身体が取り込めるようになった複数の竜核を飲むことで、複数の竜核の力を身体に取り込む。
0格からエネルギーを取り出す事は紫の輝石を使った技術で可能になったので、次は生物を用いて実験してみることにした。
アルテナの神宝珠の加護の力は動物にも植物にも届くので、まずネズミで試してみた。
3つの竜核の力を溶かした液体をネズミに飲ませ、その後元となった竜核自体を飲ませる。
その後、しばらく変化なし。
飲ませた竜核の結晶は排便されなかったので、吸収は上手くいったはずだ。
ネズミの体を押さえつけて、ナイフで少し切ってみた。
すると傷口が輝き、私が付けた傷が瞬く間に治癒されていった。
「…………ああああぁ」
ネズミが暴れだしたのでその背中にナイフを突き立て、そのまま貫いてケージの木箱にナイフで縫い止めた。
回復、回復、回復。竜核から漏れるエネルギーが致命傷を癒し続け、ネズミは生き続けている。
でも、もう一つ確かめたいことがある。
私はもう一匹の普通のネズミを、竜核を取り込ませたネズミの手前に差し出した。
キギイィーッ。
竜核を取り込ませたネズミが普通のネズミに噛み付く。
噛み付かれた普通のネズミは身体を捩じらせたが、すぐに力を失って大人しくなった。
竜核を取り込んだネズミはまだ暴れており、その鳴き声がうるさいので私はもう一本ナイフをネズミの喉元に刺して静かにさせた。
実験は成功だった。
竜核を取り込んだネズミは、吸収と放出という二つの性質を持った。
噛みついて相手から力を奪う事により世界の力を吸収し、その力を使いながら神魔のようにエネルギーが尽きるまで再生を繰り返す。
神魔は年をとらないので、その再生力は肉体の老いにも適用されているはずだ。
そう考えながら、弱っている普通のネズミを処分する。
成功、成功、成功。
私の身体が、魂が震えていた。
私が集めた転姿停滞の指輪は100個を越え、相当のエネルギー量を内包していると思われる。同時に、吸収力や放出力も肉体の維持には充分だと判断する。
竜格を取り込んだネズミは、まだ回復を続けていた。
でも、私自身に使うからにはもう少し実験しておいた方が良いかもしれない。次は量を増やして5個にしてみよう。竜核の量による延命時間の変化も確かめたいし。
それが終わったら、残る全ての竜核を私の身体に取り込もう。
実行日は12月10日。その日私は16歳になる。永遠の16歳になる。
Ep06-05
レナエル・バランドとドリー・オードランの二人の研究内容は、竜核を用いると言う素材においてのみ共通点があった。だが、レナエルの構想はドリーのそれとはまったく異なっていた。
レナエルの考え方で例えるならば、竜核とは壊れたコップである。
かつてコップ一杯にまで入った世界の力と言う水が、コップが壊れる事により『転生竜を誕生させるに足る必要量』まで入らなくなった。
吸収力は残っているので水の供給はあるが、限界まで水が入ればそれ以上は周囲へ溢れてしまうために水が入らない。するといくら時間を掛けても、そこから転生竜が顕現する事は無い。
さて、このコップには不思議な性質がある。
コップの水が容量を越えて溢れ出るのではなく中身を完全放出するには『転生竜の顕現』が必要だが、実はそれ以外にも完全放出の方法があり、例えば祝福を得られる種族である『人・獣人・竜人による装着』でも発生する。
本来注いで溢れるだけのコップの水を、転生竜や人・獣人・竜人は容器を掴んで口に運び、飲み干す事が出来る訳だ。放出力とは人が世界の力である水を飲む速度で、それが一定量を越えていると年齢の停滞や若返り現象などが発生する。
人などに装着された竜核というコップは、吸収の力を使って周囲から世界の力を集め、放出の力によって装着者の身体を補いながら中身を使い切って空となり、人体を補いきれなくなってついに壊れる。
この際の『壊れる』とは『転生竜が倒される事』と同義で、壊れたコップは力を一段落として、より小さい容量と力のコップとして再顕現を果たす。
それを繰り返すとやがて人体を補うに足る放出力を喪失して同調化できなくなり、人にとっては全く役立たずのコップが出来上がる。それが0格の転姿停滞の指輪だ。
レナエル・バランドは、その廃棄物の素材としての価値に着目した。
あらゆる物質には、マナ保有量や加護保有量というものがある。そして竜核は、転生竜を顕現させられないとは言え膨大な力を保有できる。
例えば1格の指輪が、1万のエネルギーを持つ1格の転生竜を顕現させられるだけの水を溜められなくなったコップだとしよう。溜められる量は半分の5000であるとする。
そんな1格5000のコップを完全に使い切って、さらに半分の水しか溜められない0格2500のコップが出来たとする。転生竜を作りたいのでなければ、そのエネルギーを利用できれば充分だ。
だがレナエルの目的である人体への使用の為には『放出力』も『吸収力』も完全に無くす必要があった。そうしなければ人体にどのような副作用があるのか分からず危険極まりない。
人の年齢を停滞させるほどの放出力や、世界の力を周囲から集めるだけの吸収力を喪失した0格のコップに無理やり水を注いでコップを満たし、そこから世界の力を引き抜けばどうなるのか。
そうすると0格の竜核にもう一度『壊れる』が発生して竜核が完全に壊れ、機能を完全喪失する。エネルギー保有容量1250のコップの成れの果ての完成だ。
生物や個体差によってそれぞれ限界があるはずのマナ保有量や加護保有量が、自然界には存在しないくらいに物凄く高い『なんだか凄い石』が出来上がった。それを砕けば『なんだか凄い粉』となる。
そのなんだか凄い粉は、液体に混ぜれば物凄いマナや加護含有量の液体に変える事が出来る。ちなみに1250のエネルギーで足りなければ、2個分の粉を使えば良い。レナエルの用いる竜核は神由来のみであり、エネルギーが共通している。
魔族アウリスとの遭遇時にその液体を飲んだレナエルの身体が金色に発光していたのは、液体を飲んで加護の力を取り込んだレナエルの全身から保有しきれない加護の力が溢れ出ていたからだ。
それが魔族アウリスに効果を発揮したのは、神由来と魔由来のエネルギーが相滅するからである。
レナエル流の『なんだか凄い石』の造り方は、まず高濃度の加護の液体を作ってその中に0格のコップを沈めて加護で覆い、コップの水が外へ溢れないようにする。
『世界の力』を『加護の力』へ変換するのは神由来の竜核のみであり、逆に加護の力を竜核へ注げるのは神由来のコップのみである為、魔族由来のコップはその時点で利用を諦める。
神由来のコップの周囲は高濃度の加護なので、コップに残った『吸収力』が与えられた環境で周囲から加護を取り込む。すると器の大きさを越えたエネルギーを圧縮させ、高濃度の液体から取り出した際に本来の放出限界を大きく越える水を噴き出してコップが壊れる。それで壊れたので必要なかったのだが、壊れないならば瘴気が満ちた都市外に放り出してコップを破壊する勢いを増すといった方法を用いる事も出来る。
そうやって全ての環境を人工的に作る事で、再顕現と倒される現象に準ずる状況が生まれ、コップが壊れて力が落ちて求める素材が出来上がる。
難易度が高いのは、コップの周囲を満たす高濃度の加護の液体の作成であろうか。コップ以上の加護濃度の液体でなければ条件を満たせない。
子供だったレナエルは母親の救命と言う目的の為に、不敬にもアルテナ神殿の石材から濃縮していきドロドロの加護の液体を作った。
そんな事は、加護や祝福を失う事を恐れて普通は出来ないのだ。加護を失えば『アルテナの加護の下に』行う結婚などのあらゆる制約が成立しなくなり、そもそもハゲる。ハゲになりたい奴はいない。
この製法を理解しているのはレナエルだけだ。父のグラートは妻が無くなった時点で治療方法の研究を終えて医療と薬品の分野へと進んでおり、その後レナエルが1人で研究を続けていた。
グラートは娘が竜核を素材に用いているなどの概要こそ知っているものの、理論や作業工程の詳細は直接確認していない。竜核に関してはレナエル1人の研究分野だった。
グラートの次に詳しいのが半ば説明を受けたもののあまり理解できていないロランであり、ディアナ・アクスは使用済みの竜核をそのまま細かく砕いて用いているとまでしか思っていない。
錬金術学校を創設したイルクナー宰相代理の理解度はそれよりさらに低い。ハインツの居たジャポーンには転生竜自体が存在しなかったので、竜核に対する理解は転姿停滞の指輪の素材になる凄い結晶体だという一般人の認識と大差なかった。
レナエルはこの『なんだか凄い粉』を公開するつもりはない。
膨大な加護とマナを含有する液体は、画期的な効果を持つ回復剤やマナ回復剤、状態回復剤、そして蘇生薬にも成り得る。
情報は必ず漏れるものだ。100人の生産従事者が居て、99人が黙秘しても1人のおしゃべりが話せば情報が漏れてしまう。他国が国力を挙げてその秘密を調査すれば、国家の財力に従業員の給与では抗えない。それに誘惑の方法は金だけではない。
あるいは獣人帝国との戦争で、秘密を知る高級士官が捕虜になったらどうなるだろうか。口を割らせるいくらでも方法はある。本人の口が重くても、同時に捕らえた部下を目の前で拷問すれば口が軽くなる場合もある。
すると獣人帝国がその技術を使い始める。
具体的には、戦場で倒したはずの金狼のガスパールや無敗のグウィード、殺戮のバルテルらがその場で蘇るようになる。人類は滅びるだろう。
それにレナエルが自身の研究を公開しなくとも、錬金術師グラート・バランドの研究自体が十二分に画期的だった。
ある日、グラートの研究を見た特待生がふと質問をした。
「先生、この抗菌剤と言うのは一体何ですか?」
「ああ、感染治療に用いる抗生剤だよ。亡くなった家内が加護欠乏症で病にかかり易くてね。様々な研究をする過程で見つけたんだ」
「へぇ、どれくらい役に立つんですか?」
「いや、問題点も多いから優先順位を下げていたんだけどね。錬金術学校の教師に採用される時に宰相代理との面接で話したら『ペニシリンだぁあああ!』と叫び出して、いやはや驚いた。『いくらでも金を払う。邸とメイドさんも付けるから!』と言われて、研究室で継続する事になったんだ。進めて行けば状態回復薬の一つにはなるらしいよ」
「ペニシリン……聞いた事の無い名前ですね。それよりは回復剤の強化の方が良いなぁ」
「ああ、そちらもあるよ。指南書のマナ抽出技術を参考にしてくれ。素材の組み合わせで注ぎ込める力が変わって効果も変わるから、改良の余地が高いね。君はそちらの研究をしていくかい?」
「はい、ぜひそちらでお願いします」
イルクナー宰相代理は、錬金術学校で行われる全ての研究に黄金以上の価値があると見ていた。こうして錬金術学校では、各研究室で錬金術師と特待生達がベイル王国の技術を未来へと押し進めていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バダンテール歴1260年12月。
1年最後の月に入り、人々が一年の終わりを身近に感じ始めて来た。
人々にとって近年は激動の時代であるが、バダンテール歴1260年もまたその例に漏れない激しい年であった。
7月にジュデオン王国へ獣人帝国軍の大軍団が侵攻し、3000名を越える祝福20以上の優秀な冒険者たちを失い、王都の中心部までもが半ば焼失してしまった。そして、大祝福2という人類最強クラスの冒険者たちが10人以上戦死したと伝え聞く。
人類は一体どうなってしまうのかと戦々恐々とした人々であったが、獣人帝国軍もまた大きな被害を出して撤退したと聞き、人心は一先ず安定へと向かった。それに、人類の希望もまた発生したのだ。
ハインツ・イルクナー宰相代理。ある日突然現れて金狼のガスパールと無敗のグウィードを打ち破り、殺戮のバルテルを打ち破ったメルネス・アクス侯爵を従え、王国を劇的な速度で復興し終え、傭兵を呼び集め、騎士団を近代化し、獣人帝国へ睨みを利かせている。
人類生存圏の南部は一時的に戦争から解放され、徴兵された多くの若者もまた無事に家路へと辿り着いた。獣人の1個軍団が襲ってくるくらいならば、かの宰相代理は鮮やかに解決してしまうだろう。その様な安心感がベイル王国の民衆にはあり、それ以上右往左往しても仕方がないと言う思いがあった。
だが、バダンテール歴1260年はまだ終わっていない。北部連合がリーランド帝国に対して戦争状態を宣言するのはまさにこの12月であり、それが民衆に届くのは年が明けてからである。
平和には程遠い世界を人々は懸命に暮らしていた。
「サロモンさん、冒険者の妻を得る良い方法って何か無いっすかね」
「どうした、藪から棒に?」
移設された新冒険者協会の1階ロビーには、種類別に分けられた各種の依頼が壁二面に渡って貼り出されていた。
種類別の依頼はさらに祝福数や難易度別に分けられており、1000人を超える都市アクスで活動中の冒険者たちは己の力量に応じて仕事を選んで金を稼いでいる。
ロランは1階ロビーに並べられたソファーに座りながら、テーブルを挟んだ向かい側のソファーにどっかりと身を沈める先達冒険者のサロモンに尋ねた。
「いや、冒険者支援制度を一緒に終えた祝福7の冒険者達がパーティを組むのが一般的だって聞いたんすよ。青春っぽいなぁと思って」
「なんだ、羨ましくなったのか?」
「スランプっすかねぇ。祝福数もこの前ようやく39に上がったんすけど、2月から12月まで10ヵ月かかってるし」
ロランは2月に魔族アウリスを倒して祝福数が38にまで駆けあがった。その後魔族退治の報奨金を得て装備も一新したのだが、相対する魔物を相手に他の同祝福数の冒険者と比べてあまりに戦果を上げられなかった。
そのため、ベルネット商会の馬車での輸送仕事で格下の魔物を倒して満足感を得つつも、必要な経験値を得られずに伸び悩みを経験していた。
そんな状況を知っているサロモンは、ロランの伸び悩みの原因をハッキリと指摘した。
「そりゃボウズ、お前に技量が身に付いて無いからだ」
「技量っすか?」
「そうだ。お前は本来、今年の初めに祝福7でスタートする冒険者の一人だ。今頃は祝福10位になって、治安騎士の再底辺にようやく入れるかどうかって力量のはずだ」
ちなみに冒険者支援制度では、祝福7位の冒険者が身に付ける必要な技量や狩り方を先達冒険者である指導員たちが教え、その先に身に付けるべき技能や知識についての書物も渡している。
それで祝福10位までは支障なく進め、支援制度を受けた冒険者たちのスタートラインをかなり手前に引き直してくれる。
ロランの技量は、そこまでは保障されていた。だがその後の獲得経験値と実際の経験がロランの場合は大きく乖離していた。
「うーん、そうっすね」
「そうだ。大祝福を越える身体能力を獲得しても、技量は治安騎士の最底辺以下でしか無い。それで大祝福を越える魔物とやり合って生きていられるのは装備が良いからだ。だが倒す程の力量は身についていない。伸び悩みはそれが原因だろうな」
「はぁ、なるほど」
サロモンの指摘をロランは実感していたので、それを代わりに言語化してくれたサロモンの説明に納得した。コクコクと頷くロランに、サロモンは白い歯を見せて鋭く笑って見せた。
だが指摘内容は容赦がない。戦士系のサロモンは、迂遠でまどろっこしい説明が性に合わなかった。
「若い冒険者のパーティが羨ましくなったのも、身体が求めている環境がそこにあったからだろう。今後どうするかは、ボウズ次第だな」
「俺次第っすか?」
「経験を積めば、技量は勝手に身に付く。高レベルな環境に身を置き続けて自分を高めるか、環境を中レベルに下げて確実に学んでいくか。高レベルな環境の場合、教師役が数段上なら一気に伸びるが、そうでなければ危うい面もある」
「うーん」
サロモンの指摘にロランは言葉も無かった。サロモンはさらに言葉を繋げる。
「冒険者を10年間全力でやって来た俺で、ようやく祝福40台の入り口だからな。しかも俺は相当早い方だ。技量にはそれなりの自信があるが、それでも同じ祝福数で俺より上の奴はいくらだっているだろう。そしてボウズが祝福40になれば、祝福40の技量最下位はボウズだ」
「ぐむむっ」
伝えたい事を伝え切ったサロモンは、それ以上のロランの現状に対する説明は不要と判断した。
そして今度は、方向性を変えて普段から自分が考えていた思いを語り出した。
「必要なのは『強い意思』だ」
「意思?」
「ああ、宰相代理を見てみろ。この国全てを変え尽くしてやるという余人には無い気概が見てとれる。一昨年復活した大英雄のイヴァン・ブレッヒとクリスト・アクスは、王都を背に金狼から一歩も引かず、逆に金狼を下がらせた。本当に強い奴って言うのは、強烈な意思を持っている。上を目指すなら、迷いを越える意思が必要だな」
「……方向性」
「ん、どうしたリリヤ」
「方向性も大事。強い意志で間違った道に進む危険も、教えてあげて」
いつも通りサロモンの隣に静かに座っていて、普段は人形のように口数の少ないリリヤが珍しく口を挟んだ。
「宰相代理が悪い事をしようとすれば、危ない」
「適当すぎ」
だがロランは、リリヤの伝えたい事もなんとなく理解した。


























