第00話 プロローグ 始まりの日
「リカラさんのブローチ、綺麗な色ですよね」
リカラさんは、マナが増大する空色の輝石のブローチを必ず身に付けていた。
服も同じ物を何着も持っていて大抵その恰好だったのだが、そちらは目立つ制服の様なもので、困った初心者がリカラさんを見つけやすいようにする意図があったからだ。
だが、輝石はそれほど大きなものでは無いので、そんな意図に寄るものではない。
それにしても、ブローチを左胸に付けているのは何故だろう。別にダメと言う訳ではないが、そんな所に付けたら嫌でも見てしまうではないか。隠れ巨乳が、俺の視界に入ってしまう。
「それをあたしに言ってどうするんだい」
そう返した紫のロングヘアに青い瞳の彼女は、リカラさんの友達のレギナさんだ。
戦士攻撃系で、遠慮を知らずにズケズケと物を言う。
武器は軽量化したツヴァイハンダー。防具は錬金術の技術の結晶である超硬度の合成金属と形状復元繊維を合わせて作ったドレスやショルダーガード、肘までの同じ素材で作られた長手袋。
「坊や、輝石って何だい?」
「ええと、定義としては自然界に存在する最高のエネルギー結晶体ですよね。属性ごとに与える影響が異なって、濃度や密度でエネルギー保有量が異なると言う……」
説明しているうちに、レギナさんの言いたい事が分かって来た。
リカラさんはファッションで輝石を身に付けているのではないと言う事だろう。
「もし無人島に何か一つだけ持って行けるとしたら、リカラみたいな魔導師系なら絶対にマナ増大の空色の輝石だね。坊やなら基礎5属性の輝石だけど」
「どうしてですか?」
魔物と戦闘するからだろうか。
まあ絶対違うだろうけど。
「マナの液体に輝石のエネルギーを伝導させる事で、エネルギー資源が作れるからさ。赤色なら火力、青色なら水力、緑色なら風力、黄色なら電力、土色なら地力になる。基礎5属性でも無人島から飛行船を作って簡単に帰って来られるね」
「……いやいやいや!」
例えば赤色の輝石を使って燃料を作れば火が使える。食事にも、暖の確保にも、灯りにも困らない。液体は気化させ、あるいは固めてガスや固体燃料などにもできる。
だからレギナさんの言っている事は間違っていない。俺は冒険者としてリカラさんのように輝石をいくつか持つべきだろう。
だが飛行船は無理だ。いくらなんでもそんなものは作れない。気球くらいなら作れるだろうけど、俺の作る気球だと風に流されて目的地へ上手く飛んで行けない。
「ジャポーンが作る大型飛行艇じゃなくて、気球にプロペラを付けるだけでも構わないだろう。輝石からエネルギーを取り出すのは簡単だしね」
「そうなんですか?」
「輝石の力が外に漏れるのは、周囲のマナに伝わるからだ。放出量を高める削り方をした輝石のエネルギーを、伝導率の高い高濃度のマナの液体に移すと燃料の完成だ」
「でもそれを具現化させると力が強過ぎて、機体が耐えられないんじゃないですか?」
輝石は小さいくせに、力が強過ぎる。
その力を原始的な抽出方法で取り出せば、無人島で入手できる無加工の素材で作った機体では到底耐え切れない。輝石の力に耐えられる属性鉱石の製錬金属に効果を付与するのは、無人島ではまず不可能だ。
「燃料に不純物を混ぜてマナの密度を落とすなり、燃料自体を固形化して小分けにするなり工夫すれば良いだろう。それと機体の材料にはその辺のドラゴンでも狩れば良いさ」
だんだんハードルが上がって来た。
「あたしならこれ1本で充分だけどね」
レギナさんは、軽量化ツヴァイハンダーの尖端を光らせ始めた。
伝導率が高い複合属性の製錬金属に輝石の力が伝わって化学反応を起こしているのだ。
レギナさんのツヴァイハンダーは熱を放ち、硬化し、冷気を発し、竜巻を起こし、稲妻を走らせる。高度な錬金術の技術の結晶。
単に輝石を使って化学反応を起こす程度ならば人は何百年も、下手をすると何千年も昔から出来ている。
そこから各技術が発展した人は、火力、地力、水力、電力、風力を自在に操ることで文明を飛躍的に向上させた。
俺たちは、先人が長きに渡って積み重ねてきた技術の恩恵を享受して豊かに暮らしている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バダンテール歴1260年4月7日。
アクス錬金術学校の第一回生に対する入学式は恙無く進行し、やがて学校長の式辞へと入った。紹介を受けた学校長が登壇し、名乗りを上げた。
『私が学校長のローデリヒ・ベルガーだ。賢明なる諸君、私はエアーエコーによる声量拡大魔法を用いていない。この意味が分かるか』
講堂に響き渡った学校長ベルガーの第一声は、それが発せられた瞬間にスキルによる魔法の発動という生徒たちの常識を覆した。
校長は静まり返る200人の生徒を見下ろしながら言葉を続ける。
『錬金術とは万物を創り出す術である。錬金術において、この世に存在する物で創り出せない物は無い。なぜならば、そこに在る時点で創る術が世界には在るからだ。だが錬金術の神髄は、この世に無い新たなる物を創り出す事にこそある』
ベルガー校長は口角を上げ、わずかに微笑んだ。
そして右手を天に掲げると、その手から突如として閃光が迸った。
『諸君らは何を学びに来たのか。属性鉱石からの製錬ならば、属性を持った金属を創り出せる。輝石の精錬ならば、輝石本来の力を引き出せる。特殊繊維の精練ならば、素材強化や付与を施せる。マナ抽出ならば、万薬の調合を行える。それらの効力は、用いる素材と術者の腕次第だ』
演説する学校長ベルガーは来賓のアクス侯爵よりも若く見える。
白い肌が線の細さを強調するが、狐のように鋭い目つきがギラギラと精気に満ちていて弱そうな印象は全く無い。艶々とした黒髪は長く伸ばして、緑色の紐で後ろに一つで束ねている。
服装は礼服の他に、首にチョーカーの様な物を付けており、ペンダントも下げている。全て普通の品では無い。製錬、精錬、精練。学校長ベルガーは、その身に錬金術の粋を纏っていた。
『但し、諸君らが平等に学べるのは初級の錬金術までだ。その先へ至りたければ、4人の錬金術師たちの内いずれかの研究室に属さなければならない』
最初に圧倒された生徒たちは、ベルガー校長の言葉のままに頷くしか無かった。
続いて錬金術師4人が紹介された。
錬金術師ヨーゼフ・ギレス
研究分野は属性鉱石の製錬・加工
錬金術師アルマン・ブルーンス
研究分野は輝石の精錬・変質
錬金術師アイーダ・カリーニ
研究分野は特殊繊維の精練・付与
錬金術師グラート・バランド
研究分野は植物からのマナ抽出・調合
彼らは他の教師とは別格で、午前にだけ必要な講義を行い、午後はひたすら研究を行う。
続いて一般教師のうち、クラスを受け持つ5人が紹介された。
教師コリン・アンカーソン
担当科目は地学
教師アラン・ボーモント
担当科目は鉱物学
教師カルロ・ダリアン
担当科目は水質学
教師セシール・アマーティ
担当科目は植物学
教師クリストフ・カディオ
担当科目は生物学
錬金術師4人は研究室を持ち、教師5人は生徒たちのクラスを受け持つ。その他に、生徒は自由選択の講義も受ける事が出来る。
生徒200人は教師5人のクラスのいずれかに属して必修教科を学びながら、半年後の前期試験の成績と希望を元に4人の錬金術師の研究室への所属を希望する事になる。
学校長ベルガーは、研究室所属希望者のうち以下の者だけを認めると告げた。
①その研究室への所属第一希望者のうち、9教科の総合成績が上から5名。
②その研究室への所属第一希望者のうち、その分野の試験成績が上から5名。
③それ以外で、各錬金術師が選んだ5名。
選別順は①>②>③となる。②は、①で選ばれた者以外で上から5名と言う事だ。
200名の生徒のうち研究室に所属できるのは1室15名の計60名で全体の3割で、高度な研究を行う研究室に所属したければ成績を上げろと事前通告して来た訳だ。とても分かり易い指導方針だった。


























