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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二部 第五巻 光の錬金術師(11話+2) 地の章

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第04話 錬金術の力っ!?

 『救助には、3段階がある』と、ベイル王国宰相代理の著書『冒険者基礎知識』には書いてあった。

 3段階というのは『自助』、『共助』、『公助』で、最初に自分自身を助けて、次に周囲で助け合って、最後に国が助けるということらしい。

 つまりおっさん……もといグラート・バランドさんの馬車に俺たちが立て篭もったのは『自助』で、盗賊が引き上げた後にみんなで助け合うのは『共助』ということになる。


「レナエル、水筒を取ってくれ」

「はーい」


 グラートさんは盗賊に斬られた商人のおっさんの服を切って、娘のレナエルから受け取った水筒の水をかけて傷口を洗浄する。


「ぐうぅっ」


 商人のおっさんがうめき声を上げる。

 グラートさんはそれを無視して手早く止血し、傷を縫合し始める


「……なんで鉗子とか縫合針とか持ってるの?お医者さん?」

「違うよ。パパは錬金術師だよ」


 妹の方のリディがそう答えた。姉のレナエルはグラートさんの助手をテキパキとこなしている。


「おっさんが手術できるのはまあ置いておいて、お姉ちゃんが普通に助手してるのはなんで?」

「お姉ちゃんも錬金術師だから」

「いやいやいや」


 よし、俺の思考が停止してしまったぞ。

 というか、そもそも錬金術師ってなんぞや。

 錬金術学校と言うのは、3ヵ月後の4月から開校する国の新制度だ。

 イルクナー宰相代理が隣国のディボー王国から獲得した新技術を教える学校だ。

 俺はそこまでしか知らない。

 と言う事でリディをじーっと凝視すると、リディはフフンと勝ち気な感じになって教えてくれた。


「錬金術って言うのは、学問の一つだよ。読み書きとか算術と一緒。ううん、違うかな?読み書きと算術を混ぜたような学問。物を掛け合わせる掛学?理論と方程式があって、それを正しく用いることで物体は錬金術師の望む形に姿を変えるの」

「ぎゃああっ、難しい事を言われると頭がっ!」


 戦士に無茶言うな。

 人の脳にはそれぞれの許容量と言うものがあるっ!

 もう錬金術とかどうでも良い。錬金術師は何でもできる!以上!


「てか、リディは何歳なんだ?」

「10歳。でも4月から飛び級で中等校に入るの。お兄さんは4歳上?」

「リディも錬金術師の勉強してるんだ?」

「まだ基礎しか教えてもらっていないけどね」


 10歳で俺より頭良さそうとか……。

 ちなみに飛び級は、作られたばかりの新制度だ。

 初等校と中等校の半義務化も、学費の無償化も、教材の無償配布も、学校給食も、全部新制度。


「ちなみにレナエルさんは?」

「お姉ちゃん?お姉ちゃんは14歳。お兄さんと一緒」

「……俺と同い年か?」

「うん。でもお姉ちゃんも飛び級で4月から錬金術学校に入るの」

「飛び級の上に、入学前から錬金術を使ってるのかよ……」


 ここ1~2年で、ベイル王国は変わり過ぎた。

「昔は……」なんて言葉が14歳の俺から出てくるくらいに。

 宰相代理は、一体何を目指しているのだろう。

 まあどうでも良いけど。俺は俺!

 それに冒険者になった以上、俺はもう学校に行かなくて良いし。冒険者になった時点で成人だし。関係ないね!


 (でもまぁ、200人に1人しか得られないアルテナの祝福を得られた時点で、俺もラッキーか?)


 と、そんなような事を考えているうちに、グラートさんの止血術と縫合は終わったようだ。


「よし、こんなところだろう。レナエル、回復薬を」

「はいはーい」


 どうやらレナエルは明るい性格のようだった。

 まあ初対面が、妹を庇いながら盗賊から身を隠している光景だったからなぁ。とりあえず印象更新しておく。

 というか……。


「錬金術師すげぇ!」


 治療と言えば、本来は治癒師の専売特許だ。

 治癒師は冒険者職の一つで、スキルによって治癒を行う。

 治癒師以外がスキルと同水準の治療を再現しようとしても到底出来ない。


 ……と言うのが俺の常識だったんだけど、今俺の目の前でグラートさんが商人のおっさんに掛け合わせている内服薬と外用薬は、商人の呼吸や顔色をどんどん正常に戻していった。


「あれは回復薬ステージ1だよ」

「へっ、あれで最弱なの?滅茶苦茶効いてるじゃん」

「ステージ2もあるけど、強過ぎる薬は副作用も大きいから。まだ調整が必要なんだ。今はまだ外科的な処置と併用して薬は軽くした方が良いってパパが言ってたよ」

「ああ、だんだん分からなくなってきたぞ」


 リディの話に、俺の脳がエスケープしつつあった。

 この10歳児め!頼むから平均的な14歳が理解できる水準で話してくれ。


「お兄ちゃん、がんばって」

「ぐぬぬ……はっ!?」

「ふぇっ?」


 リディになんとなく慰められてしまった俺は、唐突に反撃を閃いた。

 そう、これぞまさしく神の天啓と言うやつである。そんな俺の唐突な変化に、リディが驚きの声を上げた。だがもう遅い!


「錬金術師の見習いリディ、俺はリディが知らない錬金術の極意を知っているぞ!」

「えっ、えっ??」

「錬金術は、物の掛け算によって術師の望む形に姿を変えると言ったな?」

「言ったけど……」

「それなら、生命を創り出す事は出来るか?」

「それってゴーレムとか?」

「……えっ、出来るの?」

「ううん、無理。少なくともパパだと」

「俺は、そのやり方を知っているぞ!」

「うそでしょ?命令をどう理解させるか。ゴーレムを用いて周辺全ての都市を結ぶ大街道お造り下さった偉大なるバダンテール様は、治癒師付与系の大祝福3で得られるスキルでマナに刻んでゴーレムに付与したのだという説があるけど、そのスキルを錬金術で再現できな……」

「いや、もっと単純だね」

「どうするのっ?」


 よし、食いついて来た!


「それじゃあコッソリと教えてやろう。ちょっと耳をこっちに」

「うん」

「それはだな…………ごにょごにょ」

「………………□▽☆Σ○!!」

「そしてごにょごにょするだろ?そしたら、ごにょごにょ」

「×※★><;」

「いつでも教えてやるぞ。あ、パパとお姉ちゃんには内緒だからな?」


 赤面して俯いたリディに対し、圧倒的な優越感を得た俺である。

 勝った。

 頭が良くても所詮は10歳である。圧倒的な年上である14歳の敵では無かった。

 ふっ……戦いの後はいつも虚しい。


「何が内緒なの?」

「あ、お姉ちゃん」


 おっと、姉のレナエルが帰って来たようだ。

 と言う事は、治療は終わったのかな?


「エグバードさん、何を話していたの?」

「ん、ロランでいいぞ。同い年らしいし」

「じゃあロランさん」

「うん、それで良い。でも内緒。男には沢山の秘密があるのだ」

「どこの受け売りですか?私にもそのうち教えて下さいね?」


 俺はブロンドに青い瞳のレナエルと、紫の髪に赤い瞳のリディを見比べた。


 (……おっさんに殺されるな)


 俺が命の恩人だとはいえ「娘さんを2人とも俺にください!」とは言えない。

 いや、だがちょっと待って欲しい。

 男は4人とまで結婚出来る。

 よし、俺は平時の努力をしないが、思い付きの努力は惜しまない男だぜ!


「いずれ機会が有れば教える。錬金術の秘術についてな」

「えっ?ロランさん、錬金術を知っているんですか?」

「一つだけな。でもレナエルは知らないと思うぞ」

「それは凄く気になりますね。良いですよ、教えてくれるまで待っていますね」

 (良し!言質を取った!いぇあっ!)


 中二の妄想力を舐めないでもらいたい。

 俺が極めて健全な妄想に思考を委ねようとした刹那、レナエルが本題に入った。


「それよりお待たせしました。ハーヴェ商会の馬車隊も都市アクスへ向かうそうです。私たちも勝手に付いて行く事にしました」

「えっ、撤収するんだ?」


 と言うのも、まだ戦闘が終わって1時間も経っていないからだ。

 負傷者の応急処置が大まかに終わったと言った所で、絶対安静の人間が何人も居る。


「血の臭いが広がりました。魔物が寄ってくるので、動かせそうな馬車に冒険者と負傷者を乗せて、それと捕まえた盗賊も何人か縛って乗せて、ササッと都市アクスに逃げ込んじゃいます」

「なるほど。そう言えば周りも撤収準備しているな。よし、じゃあ俺たちも行きますか」


 と言う訳で、俺とグラートさんは商人風のおっちゃんを馬車に乗せて、ハーヴェ商会の馬車隊が移動するのに合わせて移動を開始した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 ガラガラガラ……と、馬車が馬に牽かれて大街道を進んでいく。

 俺はハーヴェ商会の普通定期便を降りて、グラート・バランドさんの馬車に乗り換えた。

 グラートさんは救命報酬と護衛報酬をダブルでくれると言っているので、とりあえず御者台のおっさんの隣に座って都市アクスまで護衛の振りである。

 元々の護衛は盗賊に殺されたらしい。

 馬車に乗り込まれた時点でお察しだったけどね。


 (護衛報酬はともかく、救命報酬は期待して良いんだよなぁ?)


 ちなみに他の馬車なんだけど、そもそもグラートのおっさん達は13台の馬車隊で移動していて、そのうち3台は盗賊に真っ先に気付いて逃げ切ったとか。


「てか、グラートさんたちは囮にされたんじゃね?」

「いや、他の都市に移動したい者達が、それぞれ護衛を雇って集っていただけだからね。お互いに対等な立場だから、相手を守る義務なんてないんだよ」

「へぇ。ハーヴェ商会の馬車に乗らなかったのはなんで?」

「ハーヴェ商会は他の馬車とは隊を組まないんだ。私たちは馬車ごと移動しないといけなかったからね」


 確かにこの馬車にはすごい荷物が積まれていて、これを商会の馬車で運んでもらうと大変なことになりそうだった。

 それに馬車も2頭立ての箱馬車で、風とかが入らない立派なやつだ。


「なるほどねぇ」

「それに、都市間移動の割合は個人や小さな所が半数を占めている。そもそもハーヴェ商会は全体のシェアの2~3割と言ったところだよ。最大大手ではあるが、独占では無い。加えて最近は、王国がハーヴェ商会に対抗できる組織を各都市に作ろうと積極的に支援している」

「ん、なんで?」


 ハーヴェ商会の会長は、イルクナー宰相代理とお友達だ。

 仲の良いお友達とかそういうレベルじゃなくて、ハーヴェ会長はイルクナー宰相代理に命を救われたと公言して政策に全面協力していたはずだ。

 そしてイルクナー宰相代理も、獣人帝国の軍団が王国に不意打ちで侵攻して来た時に、その撃滅に協力したと言って、ハーヴェ会長を新侯爵に登用している。

 友達と言うより同盟関係?

 たしか凄い同盟関係のはずだ。



 俺たちの住んでいるベイル王国は、3人の人物によって大きな変化を起こしている真っ只中だ。


 1人目は政治のトップである、ハインツ・イルクナー宰相代理。

 実質的に王国の全ての政治を動かしている。

 何せ救国の英雄で、アンジェリカ次期女王にして王権代理の夫で、おまけに政治の天才だ。

 まず一昨年、獣人軍団が攻め込んで来た時に軍団長を打ち倒して獣人軍団も壊滅させた。去年は南のディボー王国を攻めていた別の獣人軍団長とその軍団も倒した。

 そしてアンジェリカ次期女王の夫となり、政治制度改革、財政健全化、外交体制見直し、公務員制度改革、教育制度改革、生産体制革命、共通規格制度、冒険者支援制度……そんな聞いていて頭の痛くなるような改革を、次々と行っている。



 2人目は財界のトップである、アドルフォ・ハーヴェ侯爵。

 元々は一都市の一商人だった。

 彼が若くして都市の商工会会頭になった頃、獣人帝国と人類との戦争が始まった。

 彼の属していた都市は流通の中継地となる位置にあり、加えて周囲に良馬の産地を抱え、さらには最初の物資輸送で東の超大国であるインサフ帝国の皇太子兼宰相に気に入られた。

 彼が交戦中のインサフ帝国と後方の国々を輸送隊で往復するたびに商会の馬車数が増え、荷が増え、人が増え、馬車隊自体も20隊、30隊、40隊……と膨れ上がって行った。

 やがて信を得て、仲の悪い大国間の仲介貿易を行うようになる。また、不足する装備を生産させる為に、帝国の莫大な支援を受けて商会は各国の鉱山の採掘権や鍛冶場を次々と買って行った。

 獣人帝国の侵攻が各国に及ぶと、商会の商品が各国の溜め込んだ財と交換されていき、今や各国のあらゆる都市に商会の支店があり、彼の財産は1国を凌ぐと言われている。

 そんな伝説の大商人であるハーヴェ侯爵は、イルクナー宰相代理に全面協力している。



 3人目は貴族界のトップである、メルネス・アクス侯爵。

 今から行くアクス侯爵領の当主。

 300年以上前に勃発した人妖戦争で活躍したクリスト・アクスという大英雄の子孫。300年以上も武門の名家として国家に貢献を続け、都市まで創り、貴族界でも大いに名を馳せて多くの縁を結んだ。

 そんな輝けるアクス家の中にあってもメルネス侯爵に至っては、インサフ帝国で人類が最初に獣人軍団長を倒した際に軍団長を直接打ち倒した大英雄として、初代クリスト・アクスに並ぶ武勇を誇っている。

 祝福70以上。つまり大祝福2祝福10で、剣の腕も人類最高峰と言われる天才剣士。

 王命によってベイル王国最高司令官にも任じられており、王国軍はいつ如何なる時もことごとく彼の命に従う。

 そしてアクス侯爵も、イルクナー宰相代理に全面協力している。



 政治・金・権力・軍の全てがまとまった雲の上の同盟が、ベイル王国を飛躍させている……と、思っていたんだけどなぁ。

 するとグラートさんは、俺の疑問に答えてくれた。


「だとしても、会長の子孫まで今のように協力し続けるかどうかは分からないだろう?独占状態になるとやりたい放題だ。値段を上げても、それしかないのならば買うしかない。どんなに質が低くても、それを選ぶしかない」

「ふむふむ」

「だからハーヴェ商会がそうならないように、対抗できる組織を作っておくのだろう。だが対抗組織の方が巨大になる事も無いように、複数の代替可能な商会を各地に作って、それらを協力させる仕組みにするそうだ」

「……イメージが湧かない」

「まあそうだろうね。冒険者風に言えば、『大祝福1の強い冒険者が相手側に居るから、その冒険者が暴れた時に抑えられるくらいの祝福20の冒険者を複数雇っておく』かな」

「なるほど」

「祝福20くらいの冒険者を何人も手元に置いておけば、いつでも育ててすぐに強くできるとか、そのくらいは考えているのだろうね。宰相代理閣下はハーヴェ侯に対してすら、知的に対等な友人付き合いが出来る水準と言う事だ。だが何よりも、錬金術に目を付けたのが大きい!」

「んえ?」


 グラートさんがいきなり大声を出したので、思わず変な声が出てしまった。


「ふふふ、錬金術はいいぞぉ」

「グラートさんって、錬金術の学校の先生だっけ?」

「2ヵ月後の4月からだがね。学校の建設、備品や資器材の調達、教員や事務員の確保、生徒の確保、全てが急ピッチで進められている。そして私は、元々錬金術を趣味で研究していたので誘われて教員に登用された訳だ」

「へ、趣味なの!?」

「ああ。これまでこの国には、錬金術師という職業は無かったからね。それぞれの分野で独自にやっていた個人が、国に誘われたんだ」

「それぞれの分野って?」

「錬金術は幅広い。都市アクスでは薬の作成、特殊繊維の精練、植物からのマナ抽出などの研究・開発を行うそうだ。材料を採取するための自然環境が整っているからね。ちなみにこれは、回復剤やマナ回復剤、その他の薬品なんかに化けるよ」

「ふーん。ちなみに他は?」

「王都ベレオンは属性鉱石の製錬、輝石の精錬を研究・開発する。これまで身に付けていたマジックアイテムが強化されたり、装備が強くなる」

「……ふむふむ」

「あとは、都市ブレッヒだな。これは私も良く知らないのだが、技術発展に直結する研究・開発を行うそうだ」

「……他は?」

「いや、この3都市だけだ。国内最大の3都市にして、王家の直轄領、ハーヴェ侯爵領、アクス侯爵領だから融通も効くのだろう。なにより教員が足りないしね」

「……武器やアイテム、それに薬まで強くなるのかよ。それはすげぇわ」

「そうだね。それも国の全面支援だから、数十年、いや数百年も技術が飛躍するかもしれないよ」


 夢のある話だ。

 でも、もし凄い装備とかが作れるようになったら、ぜひ俺にも回してほしい。

 装備の差で命を落とす事なんていくらでもあるんだから。

 そんな風に雑談をしているうちに、やがて都市アクスが見えて来た。


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