短編 トラファルガ奪還作戦 前篇
リクエストシリーズ第一弾です。
・殺戮のバルテル戦とそれに至る経緯
1本と言いつつ、経緯と戦いに分けました。後篇は少しお待ちください。
バダンテール歴1233年2月。
インサフ帝国の冒険者ダンドローが、東の天山山脈に古代人の遺跡入口を発見したと冒険者協会へ報告した。
その遺跡は、とても広かったようだ。
マルタン王国の北にある古代遺跡も小国が丸ごと入るくらいに広いのだが、天山洞窟内の遺跡は、それより遥かに広かった。
ダンドローは自分の手に余るとして冒険者協会に報告した。
冒険者協会は、その事実を確認した後の3月にダンドローに報奨金を支払い、同時に遺跡発見を冒険者へ公表した。
そもそも古代人の遺跡は、我々人類の理解を越えている。
我々の常識では、アルテナの神宝珠に守られた範囲に都市を形成する。
だが古代人は、宝珠の加護範囲に関係なく大小の都市を形成していた痕跡がある。
やはり我々の理解を越えている。
洞窟内部はかなり広く、強い瘴気に満ちている。アンデッド系のモンスターや瘴気を溜め込んだ植物系の魔物などが沢山いるだろう。
よって祝福を受けた俺たち冒険者が、この遺跡の謎を解き明かしていく事になる。
大小様々な集団が天山洞窟へと入っていった。
同年10月。
大変な発見があった。
天山洞窟内の遺跡は、いくつもの階層に分かれている事が判明した。
……最初に発見された階層だけで、インサフ帝国の端から端までを丸ごと飲み込んで余りある。信じられない事に、それが何階層もあった。
しかもこれが唯一の階段ではなく、さらに奥にも新たな階段があるかもしれない。
遺跡を最初に発見したダンドローの名を取って、最初の階層を『ダンドロー階層』と名付け、そこを仮に十階とした。
なぜ十階にしたかと言うと、ダンドロー階層から上にも下にも繋がる階段を発見したからだ。遺跡入口から遥か北東にあるその階段は、発見者の名を取って『ルンドベリ』と名付けられた。
アンデッドが強過ぎて、とても入れない階層もある。各冒険者は能力に見合った階層へと調査を開始した。
バダンテール歴1234年。
冒険者協会の遺跡発見の報告から1年が過ぎた。
古代人の住居跡がいくつも見つかった。
カンプラ、バレンシア、アランサバル、ガイネス、エクルンド、ドゥメルグ……全て発見者の名を取って名付けられた。
そこは宝の山だった。
古代人と俺たちの技術には沢山の相違点がある。加工技術などは彼らの方が遥かに高く、俺たちには再現できない。古代人の日用品のいくつかは、俺たちにとって宝だった。
周辺国中の冒険者が天山洞窟内に集い、ダーリング小国家群や、そのさらに西の冒険者まで周辺国に居る冒険者は殆どが天山洞窟に入っていった。
バダンテール歴1236年。
ああ……、ああ……、ああ……。
あいつら、あいつらっ!
馬鹿みたいに強くて、ダーリング小国家群のさらに西から来た奴らだった。
アンデッドが強過ぎて侵入が困難な第四階層に潜り、そこからさらに進んで持ち切れない程の財貨を持って戻って来て、情報を一切話さずにまた潜っていった。
おそらく、あいつらが獣人を引き込んだ。
俺たち周辺国人類は、獣人とはじめて遭遇した。
獣人の先遣隊に、俺たち冒険者は何パーティも襲われた。
あいつらは姿を消した。そして怒り狂っている獣人たちだけが残った。
天山洞窟内部を調査していた冒険者達は、すぐさま冒険者協会へ報告した。
冒険者協会は、インサフ帝国へ緊急報告した。
周辺国の冒険者が天山洞窟に集い、インサフ帝国軍と合わせて防衛の準備が整えられた。
バダンテール歴1237年。
天山洞窟内で大会戦があり、防衛に参集した人々の9割が戦死した。
ああ、全然防げない。とても持ち堪えられない。無理だ。相手が強過ぎる。
相手は個々が強い上に、モンスターと違って極めて組織的で、戦術まで用いてくる。
このままでは獣人たちが天山洞窟から溢れてくる。
無力な一般人に対して、俺たち冒険者の失敗を許してくれとはとても言えない。
天山洞窟内会戦を生き残った俺は、謝罪の言葉の代わりに責任を取る事にした。
バダンテール歴1245年。
遺跡発見から12年、あの大会戦からは8年が過ぎた。
多くの都市が獣人帝国に奪われた。それと同時に多くの民が戦いに巻き込まれて死に、あるいは獣人帝国の支配下に取り残された。
その間に俺は祝福を上げ続けた。
そして、ついに対軍団長用の特別編成パーティの一員となった。
インサフ帝国 アリオスト 大騎士団長(戦士攻撃系76)
ベイル王国 アクス 大騎士団長(戦士攻撃系69)
ハザノス王国 エンシナル 大騎士団長(戦士防御系66)
ジュデオン王国 ヴィレム 傭兵 (戦士防御系67)
ジュデオン王国 バインリヒ 傭兵 (探索者戦闘系68)
リーランド帝国 ブランケンハイム 大治癒師 (治癒師祈祷系77)
俺は1人だけ探索者だが、インサフ帝国は俺の決死の覚悟を認めてくれた。
Ep04-31
バダンテール歴1245年。
インサフ王国南部方面を預かるディオン第三皇子の呼び掛けに応じ、各国の軍が続々と集結していた。
目的は、獣人帝国軍に奪われた第四宝珠都市トラファルガの奪還である。
西のベイル王国も、皇太子フェルナン・ベイルが新たに1個騎士連隊を率いて第二宝珠都市イズラスフへと親征を行ってきた。
これまでに同国からインサフ帝国へと派兵された数は、失った数も合わせて12個騎士団にも及ぶ事になる。
フェルナンは、2年前に送り込んでいたベイル王国軍最高司令官メルネス・アクス伯爵と久しぶりに再会した。
「久しぶりだな、アクス伯爵」
「これはこれは、フェルナン皇太子殿下。殿下もご壮健そうで」
メルネス・アクスは30歳。
ベイル王国で最も誉れ高い名門アクス伯爵家の当主にして祝福69の天才剣士だ。
アクス伯爵家は武門の家である。
ここ330年ほどの間にアクス家がベイル王国へ送り込んだ騎士団長の数は、爵位貴族家で最多となる10名である。
その中には大騎士団長が3名もおり、また騎士団に所属しなかった代わりに宝珠都市を形成した者もいた。
歴代の多大な実績、それに見合う地位と名誉、冒険者や領主として堅実に積み重ねた財、王家からの厚い信頼、民衆の支持、長い年月の間に繋げた他の貴族との血縁関係。
アクス伯爵家は、名門貴族として必要な全てを持っている。
アクス家の当主には、最も祝福の高い者が就任する。
これは子孫に祝福を与えるで、それによって子供に冒険者が誕生する頻度が高くなり、冒険者となればアクス家の大きな支援を受けて騎士団長クラスまで上がる。
騎士団長には、兄弟が同世代に何人も就任する場合もある。
アクス家の先代当主もベイル王国の騎士団長であった。
部隊を率いてインサフ帝国へ増援に向かい、そこで戦死した。
メルネスは急きょ呼び戻され、伯爵家当主への就任と軍への仕官とを一族によって命じられた。
それが3年前、メルネスが27歳にして祝福69だった頃である。
信じられない速度での祝福上げだった。彼は14歳からわずか13年間で、祝福を1から69にまで上げた。
もしメルネスに充分な時間があれば、1年に1ずつ祝福を上げても38歳で祝福80台に届いただろう。彼にはそれ以上の勢いがあった。
そして転姿停滞の指輪を装備すれば、祖先にして伝説の英雄であるクリスト・アクスに並んだかもしれない。
彼には悪い事をした。と、フェルナン皇太子は少し気に病んでいる。
メルネスを呼び戻せないかとアクス一族に打診をしたのはベイル国王エドアルド、すなわちフェルナンの父である。
だがアクス家ほど信頼できる者もいない。
アクス伯爵家は地位と名誉と武力とを存分に用いて、何代にも渡って王家をしっかりと支えてくれる。
民がアクス家を強く支持し、アクス家はそんな国と民とを愛しているのだ。そんなアクス家に、ベイル王家も充分に報いる。
メルネスは仕官から1年で最高司令官となり、王命によって1個騎士連隊を率いてインサフ帝国へと向かった。
「卿の奥方と娘は無事息災だ。だが、園遊会には出ないな。他の貴族から噂話を耳にするくらいだ」
「我が伯爵家は、初代クリスト・アクスが平民の娘と結婚したので結婚相手には制約が無いのですよ。妻は冒険者ギルドの窓口で働いていました。園遊会などと言えば、真っ先に逃げ出すでしょうね」
「冒険者の血統を残す為には、大祝福1以上の者と結婚するのが早いだろうに。そこは自由なのだな」
「くっくっ……。僕のささやかな抵抗ですよ。当主になってしまえば一族も何も言えませんしね」
「そうか」
「それよりアンジェリカ王孫女殿下はお元気ですか?今のところ、唯一の後継者でしょう」
「ああ。だが二人目の妃の娘だからな。オルコット侯爵が自分の娘もと期待している。厄介なことだ」
「それはそれは。オルコット侯爵家は王妃を二度も出して王家に血を混ぜたでしょうに。アンジェリカ王孫女が娘で良かったですな。お察しいたします」
「ああ。アンジェリカはいずれ見所のある貴族の子息に降嫁するだろう。オルコット侯爵家も名誉の得方をアクス伯爵家に倣えば良いものを」
皇太子と伯爵のささやかな雑談はしばらく続き、二人はようやく本題へと入った。
「それで、どうなのだ。トラファルガ奪還は可能か?」
「実は殿下、作戦目的のトラファルガ奪還は嘘なのですよ」
「……それは一体どういうことだ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「呼び掛けに応じて下さり感謝いたします。インサフ帝国の南を預かるディオン・インサフです」
会談の場には、呼び掛けたインサフ帝国、そして応じたハザノス王国、ラクマイア王国、ベイル王国、ディボー王国と合わせて5国の王族が名を連ねている。
本来ならば呼び掛けたインサフ帝国の皇帝もしくは皇太子が顔を出すべきであろう。
だがインサフ皇帝は2年前のバダンテール1243年に、帝都陥落と同時に命を落としている。
その皇帝はアルテナに対し『獣人帝国との戦いにおいて、最も功を上げた者を次の皇帝とする』などと、愚か極まりない宣言を行った。
戦時中に、協力すべき皇族たちを争わせてどうするのか。
宰相兼皇太子までその争いに参加させて、誰がどの段階で結果を判断するのか。
皇帝は宣言をしたその年に死んだため、その期間に継承権者の誰の功が高かったかは客観的に見ても判断できず、結果としてインサフ帝国に現在皇帝はいない。
第一皇子にして宰相でもあったレアンドル皇太子が無能者であったのならば、その宣言にはまだ救いがある。
だが彼は有能だった。そして、批判を避けるために皇位継承権者にはなるべく公平に武勲を上げる機会を与えている。
年齢の順にレアンドル第一皇子、バルトス第二皇子、リディアーヌ第三皇女、ディオン第三皇子、ランベール第四皇子、クロヴィス第五皇子、ヴァレリア第四皇女、オルネラ第五皇女、リシュアン第六皇子。
第一皇女と第二皇女は既に降嫁しており、継承権は失っている。
まともなのはリディアーヌ第三皇女とディオン第三皇子で、皇女は一歩引いて支援を集めている。一方ディオン第三皇子は、まだ18歳にもかかわらず、祝福30台の冒険者として軍をまとめて堅実に撤退戦を行っている。
だがバルトス第二皇子は権利を主張する。
そのためレアンドル第一皇子は、バルトス第二皇子を自らの手元に置き、自らが戦略を練って、戦術はバルトスを上手く扱える指揮官を付けた上で任せる形を採っている。
ランベール第四皇子自身と、クロヴィス第五皇子の取り巻きも皇位を狙っている。彼らには金と騎士団を与え、大河を挟んだ都市で獣人帝国と睨み合いをさせている。
ヴァレリア第四皇女は5歳だ。オルネラ第五皇女は4歳。リシュアン第六皇子は3歳。彼女らは流石に退避させている。
このように、愚帝の後始末をレアンドルやディオンたちが行っており、結果として各国の王族にはディオン第三皇子が挨拶する事となった。
その事情は各国にも広く知られており、ディボー王ガストーネやベイル王国のフェルナン皇太子らも特に不平を鳴らさずに応じた。
「それよりもの、ディオン皇子。我が国の大騎士団長から聞いたのじゃが、今回の作戦はトラファルガ奪還が目的ではないらしいの?」
「その通りです、ディボー王陛下。これまで我らは、大きな間違いをしておりました」
「ふむ。その間違いとは?」
「『戦術の基本は、戦力の集中である』という常識の解釈部分を間違えていたのです。すなわち数千の軍勢を以って敵に相対しても、各騎士団が一列に並んでは、騎士団長を1人ずつ順番に軍団長によって潰されてしまうだけです」
「ふむ。確かにまともに相対すれば潰されるであろうの」
「ですので『戦力の集中』とは『集めた戦力を、局地的に敵対戦力を上回るように集中させる』事が正しいと言う結論に至りました。すなわち、対軍団長用の特別パーティを編成し、局地的な戦力差で軍団長を上回って倒す事で、敵に容易には回復が不能な損害を与えると言う結論に至りました」
「オルランド、ディオン皇子の考え方をどう思うか?」
「運用次第ではうまく行くでしょう」
「良いじゃろう。ディボー王国としては基本的には賛成しようかの。尤も余は王である故、指揮は大騎士団長に任せて後方に居させてもらうがの」
「ご賛同頂き感謝します。ベイル王国は如何でしょうか?フェルナン皇太子殿下」
「アクス大騎士団長からも意図は聞いている。特別パーティが軍団長を襲う間、大隊長は軍が受け持って軍団長を孤立させると。彼の代わりに私がベイル王国の2個騎士連隊を率いよう」
「では左翼をお願いします。ディボー王国は右翼を。ハザノス王国、ラクマイア王国は如何でしょうか?」
「否応無い。これ以上侵攻させないためにはやるしかない」
「ラクマイアも同じです。もっとも我が国は小さいが故、各国程にはお力添えが出来ませんが」
「ではそのような方針で参りましょう。ハザノス王国はベイル王国と共に左翼を、ラクマイア王国はディボー王国と共に右翼をお願いします。私はインサフ帝国軍を率いて中央を指揮します」
公式には『トラファルガ奪還作戦』と銘打たれたその軍事作戦は、ディオン第三皇子から派遣軍司令官を通して各国王族へ根回ししていた事もあって、すんなりと真の作戦が了承された。
人類連合軍は第二宝珠都市イズラスフで暫く準備を整え、やがて第四宝珠都市トラファルガへと東進して行った。


























