第12話 相手の気持ち
「ねぇ、ハインツ。少し思ったのだけれど」
「何だ?」
彼女は、基本ソロで祝福を上げていた俺が一番多くパーティを組んだ相手だ。
金と銀を混ぜたような薄いブロンドの髪の毛、まるでルビーのように赤い瞳、すらっとした体型。そして俺と同じくハイジーンで、魔導師としての実力は恩人のリカラさんよりずっと上だった。
彼女は祝福を上げやすい魔導師攻撃系だったが、祝福上げは適当に手を抜いて大体俺と同じくらいのペースで上げていた。だから俺達はよくパーティを組んだ。
俺は盾役や回復、それに剥ぎ取りのスキルを活かしてサポートに回り、彼女はわりと適切に敵を削った。俺達は何度壊しても復活するゴーレム達を相手に、二人で殲滅を続けた。
俺達は二人でやるのが最も効率的だった。どこからも邪魔が入らない。ペースがまったく乱されない。一切のストレスが無い。まるで箱庭のような……
「ハインツは……」
殲滅を続けながら、気長に彼女の言葉の続きを待った。
俺は『女性の機微には疎い』という確固たる自信がある。まして彼女は、世の中を達観している節がある。大半は言葉にせず、何事も自己完結してしまうのだ。
彼女が自己完結せずに言葉を発しても、俺の回答を待たずにそのまま自己解決してしまう事も少なくない。女性はよく分からない。
彼女の言葉がさらに続けば俺は返事をするし、言葉が続かなければその話はそれで終わりだ。俺はひとまずゴーレムの殲滅を続けた。
俺は、大祝福2を越える治癒師になって欲が出た。
もっとスキルを覚えて早く役に立つ治癒師になりたい。まずは単体回復ステージ3と蘇生ステージ2。
いずれは単体回復ステージ4や、全体回復ステージ3も覚えたい。祝福がそれくらいまで上がれば、駆け出し冒険者に対する理想的なサポーターになれるだろう。
「ハインツは……」
俺はようやく振り返って彼女を見た。ゴーレムはもう倒してしまっている。
彼女の確固たる自信に裏付けされた冷静な観察眼。いや、達観。そして冷たく静かな偽りの瞳。だが俺は、結局のところ彼女に観察されている。
むろん、彼女の思考をいちいち解き明かす趣味は無い。
本人が抱える悩みの大半は、実は本人が思っている程に大きな悩みではないのだ。
一つの問題を解決するには、その問題を解決しようとするのではなく、その問題がなぜ起こるのかと言う風に視野を広げると良い。すると似たような問題は沢山あって、類似の解決方法などいくらでも転がっている。
「ハインツは、転生についてどう思う?」
「嫌だな」
「どうして?」
「転生によって新たな世界を導く事は、俺のやりたい事ではないからだ」
「神に近づけるよ?」
「近づいてどうする?」
「……新しい視点で物事を見られるようになるかも?」
「却下」
「えー、酷いな。ハインツなら分かってくれると思ったんだけど」
「やりたい事をやって生きるのが一番だ。神もそう願っているだろうさ」
「適当に代弁しないでよ」
「とは言っても、神の気持ちなんて理解できないさ」
「案外分かるんじゃないかな?相手の立場に立って考えてみて」
「無茶を言うな。むしろ神が俺の気持ちを考えろ」
彼女は、概ね変な奴だった。
だがその相手をしている俺も、概ね変な奴だった。
Ep04-12
オリビアと別れたハインツは、都市ジュデオンの北の大門から脱出した。
脱出時に馬を調達する事が出来なかったので、しばらく歩いた。
その間ハインツは、失った左手の事だけをずっと考えていた。
ハインツは、自分のやりたい事の象徴とも言うべきスキルを左手ごと全て失った。
生きる目標の喪失、生き甲斐の喪失……いや、サポートの仕方は色々ある。
一例を挙げるなら、ベイル王国では王国騎士への支給装備品が低品質であったことから支給装備品の全てが入れ替えられ、騎士の旧装備については新人冒険者たちへ無償で配られることとなった。
剣、鎧、部分鎧、盾、ブーツのような装備品や、使い勝手のあまり良くない二級品の荷袋や非常食などの多岐に渡るアイテムは、祝福を得たものの金銭的に余裕が無い新人冒険者たちにとっては数年分の回り道を一気に省く品々だ。
それらを得た新人冒険者たちは金稼ぎのアルバイトなど回り道を大幅に省くことが出来て、祝福上げの速度が飛躍的に上がる。
ハインツはアンジェリカのために様々な政策を実施しているが、それは自分のやりたい事とも整合性が取れている。
左手が無くても、やりたい事が全くやれない訳ではないのだ。
逆にハインツがやりたくない事は、獣人軍をジュデオン王国に招き入れたリーランド帝国に与する事だ。
やはり、リーランドに左手の再生を依頼する事は出来ない。
だがあくまで仮定の話であるが、ハインツが滅亡寸前の国の王で、不仲な隣国に獣人軍を押し付ける事が出来る状況であったなら……?
「はぁ……」
リーランド帝国の気持ちが分かってしまったハインツには、リーランド帝国の行為を憎む事が出来なかった。
リーランドは滅亡寸前どころか現時点でも周辺国中最大の力を持っているが、『滅亡寸前になってから行動するのではあまりに遅い』と考えるならば、今回はそれを見越して先手を打っただけの話である。
国家という組織の存立目的から鑑みても、それは自然な行為である。
国家を構成する自国民の生命と財産は、他国民の生命に優先されるのだ。
もちろんハインツは、この状況を政治的に利用する事に躊躇いを持っていない。
感情と外交は別である。
そんな事を考えながら歩いているうちに、ハインツは王都ジュデオンから敗走して来た軍馬に拾われ、ジュデオンから北の第二宝珠都市ルドリクスまで辿り着く事が出来た。
ルドクリスへ脱出していたリーゼとミリーの居場所はすぐに見つかった。
王都ジュデオンよりも先に襲われた南の都市ゴセックの住民が、避難と治療の為にルドクリスへと移送されていて、リーゼとミリーはそこで治癒活動を行っていた。
ハインツと出会った頃のリーゼは祝福3の治癒師で、自然治癒する程度の傷を癒すのが精一杯だった。
だがリーゼは、ハインツとジデン湖の廃墟都市で祝福を3から42まで一気に上げた。
金狼のガスパールを倒した後は、依頼を受けた傭兵団『紅塵』によってミリーと共に冒険者としての経験を積んだ。
無敗のグウィードを倒した後は、ハインツがジャポーンの医学を教えた。
今やリーゼは、治癒師として上から数えて30~40人には入る祝福数と、それよりもずっと高い技術とを持った高位の術者だった。
2年という僅かな月日の間に急成長したリーゼは、救護所で引っ張りだこだった。要するにタコのように手を四方八方に広げて、沢山の負傷者を治療していた。
「おいっ、順番を守れっ!」
治癒を求める人たちで溢れ返る救護所の入り口で、ハインツは足止めを受けてしまった。
と言うか右肩を掴まれ、後ろへと引っ張られた。
「……俺は治癒をしているあの子の夫だ」
「なんだとっ、適当な事を言うな」
「事実だ。すぐ分かる。お前は夫と妻が会うのを阻止するのか?」
「うるせぇ!」
みんな殺気立っていた。世界の過酷さと治癒師の需要とを改めて認識する。
ハインツは殴りかかって来た男の拳を横に避け、相手の腹を手加減して殴った。
声を出せずに倒れる男をそのまま捨て置いて救護所の中へと入り、後ろが騒ぐ前に素早く声を掛けた。
「リーゼ、ミリー」
「……あなた?……あ……あ……あぁあああっ!あああああぁ!!」
「…………どうしてっ、何があったの、オリビアはっ!?」
その声で振り返ったリーゼとミリーは、左手を無くしたハインツを見て悲鳴を上げて駆け寄って来た。
もう左手を諦めたハインツは、後ろの外野がそれで黙った事に安堵した。
だが、リーゼやミリーの声を聞いているうちに自分の冷めている感情を申し訳なく思い始めた。
(代償は大きかったな)
どのスキルで何が治るかをハインツは良く理解している。
リーゼでは左手を治せない。
リーゼは先程からハインツの左手の付け根を確認して解毒魔法を掛けたりはしているが、大祝福2台のハルパニアが掛けてくれた治癒魔法の上から新たな治癒魔法を施そうとはしない。
リーゼ自身にもこれ以上の治癒はできないと分かっているのだ。
「オリビアは無事だ。すまないが余裕が無い。二人とも、これから俺と一緒に帰る。良いな?」
「……はい」
「うん」
ハインツは有無を言わせずに二人を連れだすと、ジュデオン側に集結している獣人軍の横を抜けるように素早く西のルドシエへ抜け、ベイルへの帰路についた。
(これは確かに不安になるな)
ハインツは、自分の行動に対する後悔は無かった。
ただリーゼとミリーを見ていると、強力なスキルでどこか安全圏に居た自分にも被害者の気持ちがようやく分かってきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お帰りなさいませ、旦那様」
ベイル王国の王都ベレオンに帰ると、オリビアから事前に説明を受けていたアンジェリカが迎えてくれた。
「ああ、ただいま……心配を掛けたな」
「はい、とても心配しました。旦那様に何かあると、ベイル王家の血はわたくしで途絶えるんですよ。自覚を持って下さいませ」
「ああ、もう子供が出来るまで前線には立たないよ」
「子供が出来てからもです」
「子供が出来てからも無謀な事はしないよ」
アンジェリカのお叱りを受けたハインツは、オリビアを加えた三人で執務室に移動し、いくつかの問題を処理し始めた。
「紅闇のラビを俺が倒した件、どこまで知られている?」
「私が伝えたのは、アンジェリカ姫だけですよ」
「わたくしはフォスターだけです。国外でしたので、外交問題を考えました」
アンジェリカの有能さを再認識しつつ、ハインツは今回の問題を無かった事にしようと図った。
「よし、俺は公式にはジュデオンに行っていない事にする。行っていないとすら説明する必要はない。左手も失っていない事にする。皮膚病か何かにかかったと言う事にでもして義手の上に包帯を撒いて隠しておこう」
「どうしてです?」
「どうしてでしょうか?」
「殺戮のバルテルをインサフ帝国が倒し、金狼のガスパールをベイル王国が倒し、無敗のグウィードをディボー王国が倒した。ここまでは良い」
「……?」
「……はい」
「だが、ハインツ・イルクナーが金狼と無敗と紅闇を倒したとなると、ベイル王国が獣人帝国に注目され過ぎる。オリビアが神速のアロイージオを倒した事もすぐにバレる」
「私は獣人に見られていますよ」
「わたくしも隠し通せるとは思えませんけれど」
「『怪しい』と『確定』との間には大きな差がある。オリビアも大祝福3のスキルを使わないようにしてくれ。グウィード戦でオリビアは大祝福2台だと人獣双方から見られているから、そのままそれを貫き通す」
「トランスファレンスも駄目ですか?」
「人の居ない廃墟都市リエイツと、二重に鍵を掛けて立ち入りを禁じている自宅の部屋の中の往復なら大丈夫だ。雇っている者たちには隠し通路があると適当な言い訳をしているが、転移などという非常識なスキルよりは信憑性があるだろう。だが他は控えてくれ」
「別にいいですよ」
ハインツはその後もいくつかの後始末を続けた。
だがハインツが王城で様々な後始末をしている間に、リーゼとミリーの二人がいずこかへと姿を消してしまった。


























