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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一部 第四巻 テュールの片腕(12話+エピローグ) ジュデオン王国編

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第03話 目的を果たす事

エリーカさんの募集に複数のご応募を頂き、誠にありがとうございました。

5人とも本編に出て参ります。誰が選ばれるかは私も今は分かりません。

では本編開始します。

 「ハインツ君が大祝福1になった事を記念して、今月は中位竜退治をしたいと思います」

「おおっ、竜と戦うのは初めてです」

「ねぇリカラ、あんた大祝福1と2の敵を間違えてるから」


 リカラさんを思い出すと、いつも暖かい気持ちになる。

 性格は言うまでも無い。「初心者サポートをしている人は?」と問えば、このエリアならどこで聞いても最初にリカラさんの名前が挙がる。

 温和な表情。小顔で垂れ目、口角が心持ち上がって若干微笑んだような優しい感じ。

 髪は赤黒い薔薇かリンゴのような色をしていて、腰くらいまでの長さだった。瞳は薄い黄色で、肌は黄色人種より少し白いくらいだった。

 服はスーツと制服を混ぜたような独創的な服を好んで、同じ物を何着も持っていた。リカラさんの髪の色よりも少し黒に近い上下のスーツは紺色の二重襟で、白で襟にはラインの入ったシャツと茶色のネクタイ、マナが増大する空色の輝石のブローチも必ず付けていた。

 真っ直ぐな姿勢ですらっとした体型の割には隠れ巨乳。そして天然……。

 いや、リカラさんは天然だけど天才だ。間違っているはずなど無い。


「レギナさん、リカラさんは間違ってなどいません!」

「はいはい熱い熱い、お姉さん熱くて溶けちゃうわ」


 レギナさんは、リカラさんの友達の一人だ。

 祝福70代後半の戦士防御系である彼女は、錬金術の技術の結晶である超硬度の合成金属と形状復元繊維を合わせて作ったドレスやショルダーガード、肘までの同じ素材で作られた長手袋をして鉄壁の防御を誇っていた。

 武器は経験値の上がらない銃火器類以外なら何でも使うが、大型の魔物を狩るときには軽量化したツヴァイハンダーを好んで用いていた。彼女なら、中位竜を1人で倒す事も出来るだろう。


「ところでリカラさん、中位竜の生息域って近くにありましたっけ?」

「それは大丈夫。地下交通トンネルの工事中に、アースワームが一杯出て来たんだって。あれも退化した地竜の一種だから」

「ぐはっ。俺の初竜退治が、巨大地下ミミズとは……」


 リカラさんはかなりの理系気質だ。

 なにせ魔導大学に飛び級で進んで、大学院では魔導理論を研究していたくらいだ。男のロマンとかそういう所をあんまり分かってくれない。


「あーあー。坊やも大変だねぇ」

「坊やとか言わないでください。俺も大祝福1になったんですから」

「じゃあ、リカラが君に坊やって言ったらどうするんだい?」

「リカラさんが俺に坊やって……」


 そう言われて俺はリカラさんの表情を眺めた。

 すると優しく微笑んでいるリカラさんと思わず視線が合ってしまった。


「ええと、坊や?」

「はうあっ」

「あはははっ」

「ハインツ君、可愛いね」

「ぎゃああっ、俺のライフポイントがぁ」


 男性に対して可愛いねと言うのは、女性に対して強そうだねと褒めるくらい望まれない肯定だろう。

 それでも俺は、どんな形であれリカラさんに肯定される事自体が嬉しかった。だからこそレギナさんの言うとおり、確かに俺は坊やだったのだ。


 

 その後、アースワームは沢山の冒険者が徒党を組んで、ある程度の数を退治できた。

 リカラさんはこのエリアでの初心者サポート第一人者だ。格下の俺を引率する以上、本当に危ない目に合わせるはずもない。

 リカラさんからは、言葉で伝えきれない経験を沢山積ませてもらった。その後、俺はどれくらいの冒険者にそれを返す事が出来たのだろう。

 リカラさんならどうしただろう。リカラさんならどう思うだろう。最初はそれが全てだった。

 だが、『忠実すぎる弟子は、師匠を越えられない』と言われる。

 天然で無意識にやるリカラさんに対して、どんなに必死に真似ても完全に真似られる訳は無い。それを悟った俺は、リカラさんの劣化コピーから自分のやりたい事を素直にやるオリジナルの冒険者になった。

 俺は時間を掛けて憧れを自分の形に昇華できた。

 リカラさんの転生から暫くして、ようやく坊やを卒業した。


 


 


 Ep04-03


 


 


 ジュデオン王国の王都が『冒険者の都』と言われるようになったのには、2つの大きな理由がある。

 1つ目は『完璧な自然環境』で、2つ目は『冒険者優遇政策』だ。


 1つ目の『完璧な自然環境』とは、王都ジュデオンと周囲の都市に囲まれた瘴気溜まりの自然が、冒険者の祝福上げに最適な環境を作り出している事に由来する。


 北部の広い草原地帯には、低級の魔物が多数生息している。

 足場と見晴らしも良く、ここで死ぬ者は殆ど居ない。日帰り若しくは1泊2日で実戦経験を積み、戦い方をゆっくり身に付ける事が出来る。

 王国が推奨している祝福数は1~8だ。


 西南の森には、草原よりも強いモンスターが多種多様に生息している。

 生い茂る草木が視界と足場を悪くして、さらなる実戦経験を積めるだろう。

 いくつかの薬草や木の実は、自然でしか採れない薬の原材料になる。集中力や観察眼を養い、おまけに収入まで得る事が出来る。森で迷っても、いずれかの方角に真っ直ぐ進めば、餓死する前に都市か大街道か山に辿り着ける。

 王国が推奨している祝福数は7~16だ。


 北西の山には、過酷な環境に適応した強いモンスターが生息している。

 登山道が整備されており、そこから元気な冒険者が登って来るので撤退は楽だ。いざとなれば助けを求めることもできる。

 王国が推奨している祝福数は14~20だ。


 北東の廃墟都市では、瘴気の濃いアンデッド系モンスターが襲いかかってくる。

 金目のものはどこにも残っていないが、人型を相手に貴重な市街戦も経験できる。

 王国が推奨している祝福数は20~29だ。


 東の湖を船で渡れば、転生竜とモンスターの巣窟である大山脈が広がっている。

 世界の力を蓄えると言う転生竜の巣穴では、力や守り、あるいは速度や魔力強化などの様々な輝石が時折ではあるが拾える。

 秘める力が起きいのはもちろん世界の力を大きく蓄えている強い竜の巣、そして強い竜に近い場所だ。

 もし見つける事が出来れば必ず拾うべきだ。もし良い原石ならば、一生遊んで暮らせるかもしれない。

 王国が推奨している祝福数は30以上だ。


 

 2つ目は『冒険者優遇政策』について。

 大祝福を越えた冒険者は、都市ジュデオンで申請すれば王国民であろうとなかろうと都市ジュデオンの市民権がもらえる。

 都市ジュデオンは王都で、加護で言うなら第六宝珠都市だ。

 その莫大な加護は、殆どのモンスターの侵入を許さない。加えて多様な作物や果物を実らせ、大きな湖からは沢山の魚が得られる。きっと豊かで楽しい余生を送れるだろう。


 実は、この制度には裏がある。

 大祝福を受けた冒険者の子孫は、なぜか冒険者になり易い。

 例えば大祝福2を得た冒険者の子供なら、2人に1人はアルテナの祝福を得られる。

 大祝福1ならそこまで高くは無いが、冒険者を1ヵ所に集めて子孫の祝福を得られる確率を底上げしていけば、都市ジュデオンに冒険者が誕生する確率がどんどん高まって行く。

 実は、王都ジュデオンでの冒険者発生率は他に比べて明らかに高い。

 優遇政策が冒険者偏在の隠れ蓑になっているが、ジュデオン王国の潜在力にはリーランド帝国ですら脅威を持っている。

 これら2つの理由を以って、都市ジュデオンは『冒険者の都』と言われている。


 




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 そんな都市ジュデオンに、4頭立ての綺麗な箱馬車が到着した。

 馬を操っていたハインツは、入都の際に応対した兵士や通りすがりの人達に何度も宿の情報を尋ね、馬車ごと泊まれる中で最上の宿に馬首を向けた。

 馬車は動かせる大事な資産だ。都市出入り口にある安価な馬車厩舎に置くのはもっての外で、せめて石造りで鍵のかかる馬車厩舎か、可能なら見張り番付きの馬車厩舎に停めておきたい。

 ハインツが向かったのは、ジュデオン湖を一望できる高級な宿だった。

 宿のランクが高ければ変な客も少ない。無敗のグウィードを倒した時に2000万Gずつを自身とリーゼ、オリビアの3人が受け取ったので金には余裕があった。もちろん嫁の稼いだ金は嫁の金で、使い方に口を出す気は無い。自分が得た分だけで支払いには充分だった。

 と言う事で冒険者カードを提示して一番良い部屋をと頼んだら、食事と馬車の管理費込みで1人1泊2500Gの部屋に通された。ジャポーン円に換算すると1人1泊25万円。要するに4人で1泊100万円。

 ちなみに、宿泊日数×1週間は馬車を有料で預かってくれるそうだ。そこだけはきちんと交渉した。


「宿代高くね?……まあ良いか」

「良くない、高いっ!」

「むむっ!?」


 ハインツのO型的思考に対して、ミリーが即座に突っ込みを入れた。

 オリビアは無言で視線だけハインツに向け、リーゼは穏やかに微笑んで言外に良いですよと伝えている。

 重婚すると、性格の不一致によるトラブルの可能性が数倍に膨れ上がる。数倍とはもちろん妻の数だ。

 普通の重婚なら妻同士の登録都市がそれぞれ違うので、その場で妻に合わせておけば良い。だが同時に居れば複数同時に納得させなければならない。なぜなら、女は女同士で連帯する生き物なのだ。

 ちなみに不文律を破ったり、不平等な対応をしてもいけない。するなら全員一律のルール変更をすべきで、あるいはあえて妻同士の力関係を考えた不平等対応をすべきだ。

 そこまで考えて、ハインツは段々面倒になって来た。


「夫からの生活費として、ディボー王国からの帰国後にそれぞれ300万Gずつ渡しただろう?それに俺は借金もしていないし、第一宿代は俺のポケットマネーだ」

「ううっ」


 ディボー王国で大隊長と直接戦った2個パーティには、『一律150万G』の報酬が支払われた。ここにいるハインツ、リーゼ、ミリー、オリビアの4人は全員150万Gずつ受け取っている。

 そしてグウィードと戦った2個パーティは、『一律300万G+追加2000万G』の報酬が支払われている。こちらはミリーを除いた3人に支払われていて、ミリーは大祝福1以上の一般報酬『祝福数×2万G』を受け取っている。

 要するにディボー王国への援軍の際に、ハインツ達3人は2450万Gずつを受け取って、ミリーは220万Gを受け取った。

 そしてハインツは自分の稼ぎから300万Gずつを、アンジェリカを含む4人の妻たちに生活費として渡した。

 300万Gはジャポーン通貨でおよそ3億円。サラリーメーンの生涯収入くらいはある。

 生活費をきちんと渡さないと禿げるという恐ろしい制約から逃れるため、面倒だからノルマ分をまとめて渡してしまったのだ。もしかするとハインツは、O型の極みに達しているのかもしれない。ちなみに、今後渡さないと言う意味では無い。


「そうだけどっ、4人で1泊1万Gなんて凄く無駄じゃない。その1/10でも良い宿は沢山あるでしょ?」

「むぅ。ミリー、オリビア、冒険者にとって一番大切な事は何だと思う?」

「むむっ!」

「大切な事ですか?」

「そうだ。何だと思う?」


 人は一呼吸置く事でかなり落ち着く。数歩ほど歩かせればなお良い。別室でお話をお聞きしますと言うのは割と有効だ。

 ハインツは部屋に入って荷物をベッドの傍に置くと、窓やバルコニーに繋がる扉を空けて新鮮な空気を広い部屋に入れた。

 湖からの涼しい風が薄いカーテンを僅かに揺らし、ハインツ自身も心地よい風に身を晒して目を閉じる。


「祝福の高さ?」

「情報ですか?」

「いや、冒険者にとって一番大切なのは『目的を果たす事』だ。単純な護衛や配達の依頼、あるいは国の命運を掛けた旅でも、伝説の宝を求め、非道な竜を倒す旅でも構わない。それらは全てが、目的を果たせたか否かで締め括られる」


 宿泊する空間は寝室の他にリビングやダイニングもあって、真っ白なテーブルクロスのかかったテーブルには、水差しとグラスが置かれていた。食事はそこに持ってきてもらえる。バルコニーがあって、降りれば専用の庭もある。


「今回の俺達の目的は、都市ジュデオンで竜退治を満喫して、遅くなり過ぎないようにベイル王国に帰る事だ。その為には、唯一の高速移動手段である自前の馬車を失うリスクは極力回避すべきだ。そして、ここなら安心だ」

「そうなの?」

「そうなのですか?」

「そうだ。今までは馬車を預けた宿に一泊だけしていたので、宿のランクが落ちても大丈夫だった。だがジュデオンでは、馬車を預けて湖を渡って何日か過ごす。ここは宿自体の資産価値が高く、店ぐるみで客の資産を盗むリスクが低い。加えて冒険者カードを提示した。不当な行為に対してはジュデオン王や冒険者協会に訴えるという予防線を張った。料金が高いのは、リスクに対する保険料なんだ」

「むうっ」

「……」


 ミリーとオリビアは、ハインツの建前をアッサリと信じた。

 実は宿のランクだけなら、同じ宿で1人1泊3万円くらいの部屋に泊まっても良い。冒険者カードを提示する事の保険効果は、最上の部屋に泊まらなくても同様に発揮される。

 ミリーもオリビアも、経験が少なくてそういう事が分からないのだ。

 ジャポーン人は奥ゆかしく、本音を全て語ったりはしない。

 一番良い所に泊まって妻の長旅の疲れを癒してやりたいとか、高級宿がどういうものかを体験させておくべきだとか、そう言うささやかな本音はあえて説明しない事を美徳とするのだ。

 ようするに単なるアイデンティティーの問題である。


 (適当に誤魔化せるのはいつまでだろう)

「宿から湖が眺められるのは良いなぁ」

「はい、湖の風も気持ち良いですね」


 思考の枷に囚われた二人の代わりにリーゼが答えた。


 

 ハインツは冒険者だ。

 冒険者は一般人と違い、いつ死ぬか分からない。

 だからこそ冒険者は、刹那的な生き方をする。

 別に享楽に更けるわけではなく、後先を考えずに行動するわけでもない。今この瞬間に死んでも自分に後悔の無い生き方をするのだ。

 ハインツはミリーを嫁にした選択肢を後悔していない。アンジェを嫁にした選択肢を後悔していない。オリビアを嫁にした選択肢を後悔していない。過去に戻れたとしても、同じ選択をするだろう。あの瞬間、ハインツという人間にはあの選択肢しかあり得なかった。

 だが、過去の選択を将来の間違いにしない努力を怠るつもりも無かった。


「ミリー、ちょっとおいで」

「なに?」


 ハインツはミリーを手招きして呼びよせると、すかさず背後に回って抱きしめた。


「わわっ、何!?」


 ハインツは自分の両手で、ミリーの身体を両手ごと抱きかかえた。そして湖の景色を眺めながら、子供をあやす様に左右にゆっくり揺れてみる。


「ちょっとあなたっ」

「ミリーと結婚して、1年半くらいか。一緒にいる時間が少なくて悪かったな」

「別に、やっている事が大変なのは知ってるし、だいたい2回も命の恩人だし……」


 ハインツの腕の中で、ミリーの抵抗が次第に弱くなっていく。

 ミリーは頭の回転が速くて活発な性格だが、性根は素直だ。そして性格も勝ち気だったのが、かなり柔軟になっている。

 影響を与えたのは護衛の普通定期便で一緒に乗り合わせたロベルトという傭兵、そして給金以上に働いてくれた傭兵団・紅塵たちだろうとハインツは考えた。ミリーにとっての彼らは、ハインツにとってのリカラのような存在だ。

 もちろんこの後はハインツの役割だ。ちゃんと愛情を注げば、ミリーは真っ直ぐ伸びて行くだろう。


 ハインツは今にしてようやく思う。恩人のリカラが自分をどれだけ見てくれていて、どれだけフォローしてくれていたのかを。おそらく心中の全てが筒抜けだったに違いない。

 苦笑いが零れる。

 おそらく再会する事は無いだろうが、万が一というものがあるとすれば完全に頭が上がらないに違いない。

 頭が上がらないとはこういう事かと、ハインツは今にしてようやく実感した。

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