第10話 賢者の手★
完全に偶然の産物だが、無敗のグウィードの眼前で魔族によるディボー軍攻撃が行われたことにより、獣人軍は油断をした。
積極的な捕虜獲得による情報収集で『傭兵離脱』『魔族製造』『ベイル王国の国境封鎖』『革命』が次々と判明し、それらは全て事実であったため、今が好機と見て王都ディボラスを完全に孤立させようと南北の獣人軍が連携して動き出したのだ。
だがこれまでのグウィードの行動パターンから、そのように動くであろうことはディボー王国のオルランド宰相には分かり切っていた。
そして、どう対処すれば効果的であるかも。
★地図
6月20日
獣人北軍は、王都北の都市アイボスカから、王都北西の都市ザサームへと進軍した。
獣人南軍は、王都南の都市アルトアガから、王都ディボラスへとけん制に進軍した。
ベイル王国軍は、6月22日に監視隊から都市フォルシウスへ大型伝令鳥にて情報を伝えられ、都市ライエアへと単騎駆けにて出撃した。
ディボー王国軍支援隊は、6月22日に同じく都市アイボスカへ向けて進軍した。
6月23日
獣人北軍は、都市ザサームで破壊の限りを尽くした。(6月25日に帰路に着いた)
獣人南軍は、王都ディボラス近郊で進路を変え、都市セズライへと向かった。
ベイル軍は、都市ライエアに向かっている。(6月24日に到着した)
ディボー支援隊は、都市アイボスカに向かっている。(6月25日に到着した)
6月26日
獣人北軍は、都市アイボスカへ向かっている。(6月28日に到着予定)
獣人南軍は、都市セズライに到着して暴れ始めた。
ベイル軍は、都市アイボスカに到着して補給を受けた。
ディボー支援隊は、都市アイボスカにてベイル王国軍に補給を行った。
6月27日
獣人南軍の到着した都市セズライは、ほぼ壊滅した。
都市ザサーム・都市アイボスカ間の大街道にて、獣人北軍とベイル軍が接敵した。
獣人北軍に退路は無い。
大街道の東側にはベイル王国軍が立ち塞がっており、これを突破しなければ帰る道が無い。だが、獣人北軍は都市ザサームで戦闘しており、部隊は疲弊し損耗している。
獣人軍にはまったく余裕が無かった。
人類側は戦力が2倍もあって、しかもワイバーン陣形である。
ワイバーン陣形は、中央軍である正面に長く伸ばした顔と牙、両翼には鋭い鉤爪があって、3方向から獲物に襲いかかる。胴体は敵に体当たりし、左右の翼は広げて敵を包み込む事が出来る。
初手で、首から伸びたするどい牙が大隊長2人に襲いかかり、2個大隊に左右の鉤爪が食い込んで翼がぶつかって来た。2個大隊は頭を押さえつけられ、身じろぎして必死に抵抗している。
「青色信号弾撃て!全軍、最大戦速で突入!」
「ワイバーン陣形の両翼を大きく広げろ。敵を完全に包囲せよ」
オルランド宰相の構想による、複数の都市を贄にした必勝の戦いが始まった。
Ep03-10
人は、200人に1人がアルテナの祝福を得られる。
ベイル王国の人口345万人なら、約1万7250人が冒険者の資質を持ち、単純計算で1725人の大祝福1がいるはずだ。ちなみに、大祝福1以上の冒険者の半数が各国の騎士団に属している。
戦争が23年目に突入し、ベイル王国は首都決戦まで行って死者を続出させ、冒険者全体の7割が騎士団のように死んでいたとしても、残り500人はどこかにいるはずだ。
500人のうち、騎士団に属さない250人は一体どこへ行ったのか?
負傷や年齢で引退したのか、あるいは戦争で命を落としたくないと戦いを避けているのか、冒険者稼業が好きなのか。
確かに獣人帝国軍とは戦いたくないだろう。
大祝福2の大隊長に出会えば、まとめてなぎ倒される。
大祝福3の軍団長に出会えば、250人程度の大祝福1は数時間で全て躯にされてしまいかねない。
だが、勝てそうな状況で大金を積まれたらどうだろう?
味方 ベイル王国軍3個騎士団&傭兵
騎士279名 傭兵113名 計392名
大祝福2 ハインツ・イルクナー(探索者60) メルネス・アクス(戦士祝福70)
クラウス・バスラー(戦士63) オリビア・リシエ(魔導師60)
フランセスク・エイヴァン(戦士61) ロランド・ハクンディ(探索者61)
敵軍 獣人第二軍団2個大隊(メディレス大隊・バッカス大隊)
祝福者242名以下 一般兵1360名以下
大祝福2 メディレス大隊長(戦士推定77~78) バッカス大隊長(戦士推定63~64)
報酬=大祝福1以上=祝福数×2万G、祝福20以上=祝福数×1万G
大祝福2を越えた3人は、廃墟都市リエイツの現地調査証人だ。
告発の証人となった彼らは、ディボー王国が罪を認めた事で元々高かった名声を不動のものとしたが、それで良しとした訳では無かった。
正当性は彼らにあるが、ディボー王国に革命があった以上、今後どのような立ち位置で振る舞うか見定める必要があった。
そして、改心したディボー王国に手を差し伸べるという形を採る事で、彼らを非難できる者はディボー王国にすら存在しなくなるという結論に至った。
そして、この非常識な報酬で追加募集すればどれだけの冒険者が戦いに参加するのか?
答えは『大祝福1=+121人、祝福20以上=+234人』だった。
予想した潜在戦力の半分が出て来た計算になるが、いくらなんでも多すぎる。どうやら民間は7割も被害を受けていなかったようだ。
これで祝福を受けた戦力も『ベイル747 対 獣人363(242×祝福差1.5倍)』で2倍となった。
雇用費は追加で1億5000万Gほどかかるが、2個大隊の撃破にかかる必要経費はディボー王国から6億Gを約束されている。
元々雇っている傭兵にも5000万Gを渡し、騎士団にも1億Gの特別手当を出して、それでも半分の3憶Gは余る。さらに武具・兵器・馬車・兵糧等は別途請求できる。
あとは、失敗しなければ良い。
バッカス大隊長には、紅塵のバスラー、戦士フランセスク、探索者ロランドが相対した。同じ祝福60台の冒険者数が3人で圧勝だろう。獣人補正である視力は、近接戦闘においてはさほど怖く無い。
メディレス大隊長へは、ハインツとメルネスが相対した。オリビアは護衛付きで、メディレス大隊長の部下である祝福50台の隊長格などに状態異常魔法を掛けて足止めを図っている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハインツは身体を撓らせ、右手に握りしめたフォルシオンを斜め様に振り下ろす。フォルシオンは空気を裂き、刀身の白刃を光らせながらメディレス大隊長に迫った。
その白刃の輝きを、メディレスが左手に持つクファンジャルの短い刀身が容易く受け、真下へと流す。
角度が大きく変わったフォルシオンは、ハインツの力で再び引き戻されて加速し、メディレスの身体へと迫る。メディレスは身体を半歩引いて斬撃を避けながら、再び左手のクファンジャルでフォルシオンの剣先を叩き変えた。
そのメディレス大隊長に、ハインツの反対側からメルネスのスキルを用いたロングソードの二連撃が迫る。
本来の連撃は刀身を一旦引いてもう一度加速させなければならないが、スキルを用いれば1度のチャージで勢いが消えぬままに同威力の2回攻撃が発生する。
その重い連撃を、メディレス大隊長は右手のクファンジャルに同じスキルを発動させて弾き返した。
メディレス大隊長は、両手に持った2本のクファンジャルで迫りくる全ての攻撃の大きさや角度を認識し、最適な位置で受け流す。
立ち位置を素早く変え、視覚だけではなく聴覚で敵の足音や剣の風を切る音まで察知し、一瞬の瞬きの間に次の手を打つ。
メディレスの全ての動作は流れるように自然で、表情には苦悶の色が全く浮かばない。淡々と当たり前の作業をこなすようにハインツとメルネスの攻撃を流し続ける。
「こいつ、紅眼のダグラスより面倒だね」
「オリビア、敵の横やりは任せるぞ」
もし1対1であれば、1本のクファンジャルが相手の攻撃を受け流す一方、もう一本のクファンジャルが相手の身体を抉っただろう。メディレス大隊長は猛禽類のような化け物だった。
これに敵の隊長格が複数加われば、メディレスの敗北はおそらくあり得ない。だが祝福89のオリビアの魔法が敵の隊長を次々と呪う。
オリビアは魔導師特殊系だった。6種類の状態異常魔法が獣人たちを次々と戦闘不能に陥れる。
『全体石化、全体幻覚、全体麻痺、全体睡眠、全体鈍化、全体毒化……』
「くっ、馬鹿な!人間がその様に強力な魔法を使うなど」
驚くのも無理は無い。オリビアの発動させたスキルの一部は、魔導師特殊系が祝福70代半ばで覚えるものだ。使える冒険者が現在の人類にいるかすらも怪しい。だが、発動させた以上は次の冒険者カード更新で祝福を修正しないわけにはいかない。
オリビアの護衛の騎士隊が石化した敵の頭を叩き割り、幻覚を見て混乱する敵の喉を斬り、麻痺化して動けなくなった敵の首筋を裂き、鈍化した敵の四肢を刎ね、毒化した敵を蹴り飛ばし、眠らされた敵の武器を奪って敵の身体に突き刺した。
そして新たに魔法を発動させる。
『アストラルウォール』
霊属性を纏った高密度の青白い光の壁が、視界を白く染めてメディレス大隊後方の小隊に襲いかかった。
距離はさほど遠くなく、発動域もそこまで広くない。だがその光を浴びた獣人達は雷撃でも浴びたかのように痙攣して動かなくなった。
こちらは祝福80で覚える全体攻撃スキルだ。治癒師と違って特殊な扱いは受けないから隠す意味はそこまで無いとは言え、ささやかな配慮は全くの無駄になった。
「オリビア、マナの使い過ぎだ。それは大隊長を倒してからにしろ!」
「倒されるのは貴様だっ!」
ハインツとメルネスを同時に捌いていたメディレスが、メルネスのロングソードを叩き返すと同時にハインツに駆け出した。
両手に掴んだ2本のクファンジャルが、その剣先を両方ともハインツに向けて迫ってくる。
迎え撃つハインツは1本のフォルシオンを構える。手数は足りない。
「ハインツ!」「閣下!」
『物理無効化ステージ1』
ハインツが組む6人パーティには、ハインツ、メルネス、オリビアの他に祝福40以上で『物理無効化ステージ1』が使える治癒師祈祷系が2人も付いている。
複数による時間差の防御魔法と回復魔法。
これをなぜ獣人軍や人類が使わないのかハインツには疑問だった。獣人軍団長に治癒師を5人付けて回復させれば、絶対に負けないだろうに。
だが、治癒師の割合を聞いて納得した。
人類の側の治癒師は冒険者10人に1人。しかも祈祷系は治癒師の半数で5%しかいない。
人口4000人に対して1人しか治癒師祈祷系がおらず、大祝福1を越えるとなれば4万人に1人。これは、転姿停滞の指輪を渡して大祝福1以上の治癒師の寿命を長引かせての割合である。僧侶系は祝福が上がり難いのだ。
ちなみに、アルテナの神宝珠に祈れるのは大祝福1を越えた治癒師祈祷系だけである。
大祝福1以上の治癒師で祈らなくて良いのは、第二宝珠都市以上の都市の二番手以下の治癒師だけだろう。戦場に出して死なせでもしたら大損失では済まない。
獣人側はさらに厳しく、冒険者100人のうち2人しか治癒師が誕生しない。祈祷系はその半数である。
いかに総人口の50人に1人が祝福を得られると言っても、治癒師祈祷系は5000人に1人となる。獣人の総人口160万人で言うならば、320人しか治癒師が居ない。大祝福1以上の治癒師祈祷系は1/3以下。
これでは惜しくて軍団長に同行させられる訳も無い。
だがハインツは4人も従軍させた。
ハインツ達には4人のうち2人が加わっている。そのうち1人は、妻のリーゼロット・ルーベンス・イルクナー治癒師。
リーゼの祝福は現在44。転生竜さえ倒せば、どこかの都市のアルテナ神殿長が務められるだろう。なにせ、加護の大きい治癒師の方がアルテナの神宝珠の輝きを回復出来る。
そのリーゼの魔法が、ハインツを守ってくれた。
「はあああっ!」
ハインツはメディレス大隊長の突進に合わせ、自らもフォルシオンを構えて突進した。距離は近く、すぐに交差する。
『暗殺』
『2連撃』
ハインツのフォルシオンは、メディレスが構えた左手のクファンジャルの刀身を滑らせながら、そのままメディレスの喉をかっ切った。
一方メディレスの右手のクファンジャルはスキルを得て、リーゼの物理防御魔法を打ち消し、もう一撃でハインツの差し出した左前腕を見事に貫いた。
「メルネェスッ!」
「わ・かっ・て・るっ!」
メディレス大隊長の負傷具合は分からないが、戦場で油断するとろくな事にならない。
メルネスは、ロングソードをメディレス大隊長の背中に突き立て、そのまま体当たりしてさらに押し込んだ。ロングソードの剣先がメディレスの脇腹から突き出て、ロングソードを赤く染め上げる。
さらにクファンジャルを力尽くで奪い、容赦なく首に何度も突き立てた。
ハインツはそこまで見届け、安心して情けない悲鳴を上げた。
「ぎゃあうぅ、リーゼ、回復魔法っ。ミリー、腕を縛って止血してくれ。あああ、開放骨折してるし、解毒魔法で消毒も頼む」
「はい」
「もうっ、リーゼが2人!?ってくらい無茶しすぎよっ!」
腕に剣が突き立てられた事は必ず見られているので、この場で回復魔法ステージ3以上は使えない。それは治癒師の祝福70以上が使える奇跡だ。
あとで誰も見ていない所で、『製造法の伝わっていない貴重な回復薬を使った』と言う事にするにしても、今はとにかく使えない。
左腕に突き刺さったままのクファンジャルをアドレナリン分泌量多めの時点で引き抜こうとして、クファンジャルのS字に湾曲した刀身がさらに肉と皮を削って血がドバドバと出た。
『単体治癒ステージ2』
「あああ……もう駄目だ」
「いいからっ、腕を心臓より上に上げてよっ!リーゼ、怪我の具合は大丈夫なの?……って、回復魔法使ってるし、話せないよね」
「……ミリー、愛してるぞ」
「っ!馬鹿!死んだらどうするのっ!」
「いや、焦り過ぎだから少し空気を和ませようと……」
「じゃあ愛していないって言うの?」
「いや、愛してるぞ」
「ハインツ、僕がいる事をまた忘れていないかな?あと、君が連れて来たリシエ秘書官が、無言で君に杖を向けているんだけど……?」
その後、メルネスはバッカス大隊長の打倒隊に合流を測るも、そちらも既に決着が付いていた。
6月28日、昼過ぎから夕方まで続いた戦闘と掃討戦で、獣人2個大隊は壊滅した。
ベイル王国騎士団 279名→195名 (戦闘不能35名、死亡49名)
傭兵冒険者 113名→ 80名 (戦闘不能18名、死亡15名)
追加傭兵(30以上) 121名→ 81名 (戦闘不能22名、死亡18名)
追加傭兵(20以上) 234名→152名 (戦闘不能40名、死亡42名)
獣人軍メディレス大隊 121名→ 10名以下 (大隊長戦死)
獣人軍バッカス大隊 121名→ 10名以下 (大隊長戦死)
獣人軍一般兵 1360名→100名以下
アイボスカ方面には追撃の騎兵部隊が展開しており、獣人軍の逃げ場は大街道から完全に外れた森の中しか存在しなかった。森にはモンスターが居て、彼らの数をさらに削ってくれるだろう。
なによりも、追加傭兵が200人以上も無事に残った事が大きかった。
彼らの契約はここまでだが、ディボー宰相オルランドの計画では彼らにはまだ役割がある。
負傷者の搬送と報酬の支払いの為、ベイル王国軍は翌日にはアイボスカに撤退し、その翌日には王都ディボラスに向けて移動を開始した。


























