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よつ葉 ハードボイルド

作者: 鷹樹烏介
掲載日:2018/01/01

ハードボイルド風に仕上げてみました。

目先が変わっていいかと思って。

殴ったり撃ったり蹴ったりするシーンはありません。

 夜、木枯らしが吹いていていた。

 小さな下宿部屋の窓を、ガタガタと鳴らす。

 窓は結露し、すりガラスのようになっていた。

 炬燵に入って、ニットのショールを肩に。

 天板の上には、食べかけの蜜柑。そして、看護師国家試験過去問題集。

 冷たくなった指を擦り合わせ、

「寒……」

 と、呟いて炬燵の中に手を入れる。

 温みに血管が膨張しジンジンと指先が痺れる。

 トロっと眠気が襲ってきた。

 つけっぱなしのTVは、聞こえるか聞こえないか程度にボリュームを絞っている。

 年末特番は、やかましいだけのくだらない芸人が騒ぐだけ。

 国民的長寿番組の歌合戦は、上っ面を流れるばかりで、心に響かない。

 だから、無言のパントマイムで十分だ。

 たった一人、問題集を睨みながら過ごす年の瀬を、賑やかすだけなのだから。

 うつらうつらしながら、脳は今年一年の記憶を掘り返している。

 その画像が脳裏に浮かんでは消える。


 ――応用臨地実習は怖かった。


 時には、逃げ出したいほど。

 胃はキリキリと痛んだ。

 先輩方は、どうやってその恐怖と向き合っているのだろうと思う。

 座学は、一生懸命にやった。その結果は出している。

 シミュレーションも重ねた。実戦で使えるレベルまで、技術を練り上げた自信がある。

 だけど、実際の現場は違った。

 怖かった。

 怖くてたまらなかった。

 でも……意外だったのは、自分の負けん気だ。

 泣き虫。そう思われていた自分が、半べそになりながらも、逃げなかった。

 まるで、私を試すように、わざと厳しい条件を突きつけてきた指導看護師の課題に、真正面から挑んだ。

 まだ、学生なのだ。逃げたっていい。甘えてもいい。実際、逃げてしまった仲間もいたのだ。

 私は逃げなかった。歯を食いしばって、踏みとどまった。逃げ癖など、つけてたまるか。

 その結果、下された成績はS。

 今でも、やはり現場は怖い。

 怖いけど、その性質が変わったような気がする。


 ――実習を始める前の自分は、何が怖かったのか?


 そのことを考える。

 気が付いたのは、未知こそが恐怖の根源であるということ。

 知らないから、怖い。

 手探りだから、怖い。

 実戦を潜った今は、自分の手に患者さんの命が握られていて、それを救うための『ベストを尽くせない事が怖い』に変わっている。

 だから、座学は無駄じゃない。

 経験とは、真っ白な紙に、自分の航路を描く行為。

 そのための道標が座学。実際にペンを走らせる行為が実戦。

 両輪なのだ。どちらが欠けても、ふらついてしまう。

 未経験の私は、片輪だったから『怖かった』。それが、実感できた。

 看護の責任。それが、どすんと肚に落ちてきている。

 『命と向き合う覚悟』と、言い換えてもいいのかも知れない。


「担当患者、代わってよ」


 そんな事を、言われたのを思い出す。

 私が怖かった実戦の場で、全く物怖じしない人からの言葉。

 怖がっていないのは、その人に勇気があったわけではない。

 決定的に想像力が欠けているだけなのだ。

 小さなカマキリが、人間に向って鎌を振り上げているようなもの。

 そんなものは、勇気でも、覚悟でもない。

 単なる刺激と反応だ。


 窓を開けて、夜気を浴びる。

 眠気は、ビリっと冷たい空気にはじけ飛んだ。

 何の想像力も、危機に対するイマジネーションも無く、患者を代われと言ってきた人。

 同じ看護師を目指す同志のはずなのに、私の担当患者が急変するという陰口を叩いた他校の学生。

 患者さんや、そのご家族から吐かれた暴言。

 そんな事が、ぐるぐると頭をよぎる。

 それでも、なお、看護師という憧れは色褪せない。

 私は、同じ方向に進む同志の誰より、高く、遠く、飛べる。

 運などではない。

 積み重ねてきた、経験によるものだ。努力によるものだ。

 それを、誇っていい。自信に変えていい。

 拳を夜空に突き出す。

「孤立と孤高は違う! オールSをなめるなよ!」

 これは、私の凱歌だ。

 人生を切り拓く戦の鬨の声だ。

 今、この瞬間だって、明日への標となり、糧となる。

 眠気は飛んだ。

 心に湧いた澱みは消えた。

 怯懦は去っていった。

 いつでも私の胸にくすぶっている、看護師への憧れに、改めて炎が灯る。

「立ち塞がる奴は、誰だろうと、全部ぶっ倒す!」

 宣言して、大きく深呼吸をした。

 キリッと冷えた空気が肺に取り込まれ、頭がすっきりとする。

 看護師国家試験過去問題集の今日のノルマはあと数ページ。

 それに取り組もう。

 どこか遠くで、殷々と除夜の鐘が鳴る。

 新しい私が、再起動した。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 「 経験とは、真っ白な紙に、自分の航路を描く行為。」 すごく良い言葉ですね! イメージが浮かび、とても明瞭にその意味が伝わってきました。 人が何かを学ぶということはきっと、こういう感覚なん…
[一言] 学生時代を思い出しました。と、言いましても自分は落ちこぼれでしたけどね。そして指導者として学生に関わってきた時期もありまして、考えさせられました。 色々書いては消すを繰り返しております。おそ…
[良い点] 思いやり優しさが文字から溢れているところが素敵です。 [一言] 今まで頑張って来たことが全てこの作品につまっていました。 素敵な言葉で綴られていて、思っていたことそのままで、烏介パパが…
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