22.理由は
「で、仲直り出来たのかよ?」
場所をサロンに移し、中央に座るミケルが円卓に向かい合って座るジュリアスとアレナの二人に視線を向ける。
あの状態では話がままならなかったため、ミケルは物理的に二人の間に距離を置いて話を聞くことにしたのだ。
「なんでアレナと二人きりじゃないんだ。」
「……お前が暴走したせいだろ。」
テーブルに頬杖をつき不服そうなジュリアスに、ミケルが呆れ果てた顔で答える。
その後も言い合いを続ける二人だったが、アレナの耳には届いていなかった。
(薬の影響がないのは安心したけれど、じゃあ結局要因はなんなの?)
冷静になった今、心に抱いていた疑念が再熱したのだ。
(…………もしかして、あの初対面の彼の振る舞いが演技だった?)
「アレナ?」
(いえ、そんなことないわ。あれは噂通りの彼の姿だったもの。だとしたら考えられることは…)
「ジュリアス様はきっと、物凄く女性慣れしてるのだわ。」
「は?」「ぶはっ!」
ジュリアスは怪訝そうな顔で聞き返し、ミケルは取り繕うことなく思い切り吹き出した。間違いなく馬鹿にした笑いだ。
「ア レ ナ ?」
「………………っ!!!」
物凄く整った良い笑顔で名を呼ばれ、アレナは自分のしでかした事の重大性を理解した。
(心の声が声に出てしまってたわー!!)
真っ黒いオーラを出してくるジュリアスと青ざめているアレナを見比べて、ミケルが手を叩いて大爆笑している。
「ま、…まぁあれだ、はははははっ…とりあえず話を聞いてやれって…ふはははははっ…なぁ?」
「笑うか話すかどちらかにしろ。」
ジュリアスが鋭い視線を向けるが、ミケルはお構いなしに笑い続けていた。
この空気をどうにかしなければと、アレナが意を決して口を開く。
「ごめんなさい!その…ジュリアス様は女性慣れしているから、私にも当たり前のように優しく接してくれるって思いましたの。そうでないと、私に優しくしてくれる理由なんてありませんから…」
自分で言っていて悲しくなり、最後は俯いて小声になってしまった。
「理由はある。」
それは泣きたくなるほど優しい声音だった。驚いてアレナが顔をあげると、目を晒したくなるほど真摯な眼差しが自分に向いていた。
「それはアレナの気持ちを知ったからだ。」
「え?」
「このノートを目にした瞬間、愛しさが溢れて止まらなくなったんだ。こんなにも俺に愛を求めてくれる相手に、恋に落ちないわけがないだろう?」
「えええええええええええーーーー!!」
見覚えしかないタイトルの書かれたノートに、アレナが目を見開く。
(きゃああああああああっ!!ど、どうしてアレがジュリアス様のところに!!!?)
「これで安心したか?」
これまでとは違った羞恥心で頬を染めるアレナに、ジュリアスがニヤッと口の両端を上げて笑いかけた。
「そ、、そそ、それは即刻燃やして下さいませ!記憶からの抹消もお願いしますわ!」
「さて、そろそろ帰る時間かな?送っていこう。」
涙目で懇願するアレナをさらりと無視してジュリアスが席を立つ。
(はは…私の恥晒し…もうお嫁に行けないわ…)
彼は口から魂が出かかって呆然としているアレナの手を取り、優しく椅子から立ち上がらせた。そのまま部屋の外に出ようとしたが、何かを思い出したかのようにふと足を止め、アレナの方を振り返る。
「寝たフリをしなくても喜んで肩を貸すよ。睡眠薬なんて使わなくていい。君は俺の愛する婚約者なのだから。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
(…むしろ今こそ睡眠薬を使って意識を手放したいわ…ははは)
甘ったるい微笑みで囁かれたことに対する恥ずかしさと、過去の謀りがバレていた恥ずかしさでアレナの精神が限界突破した。その結果、表情を無くしたアレナから乾いた笑いが漏れ出るだけだった。
「ああ可愛い。」
そんな彼女の様子ですらジュリアスの心を奪って離さないらしく、彼は極上の笑みを浮かべたまま、軽い足取りで部屋を後にしたのだった。
ーー バタン
扉が閉まり、部屋の中が一気に静かになった。甘ったるい空気も消え去り、呼吸が楽になったような気さえする。
そんな所にひとり残されたミケル。
「…………俺のことは無視かよ。」
その声に応える者は誰もいない。
「あーあ。また俺一人で仕事かよ。勘弁してくれ。………あぁ俺も彼女欲しい。」
誰もいないのを良いことに、ミケルは侘しい本音をぶちまけていたのだった。




