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溺愛されるよう仕向けるはずが、早々に陥落させてたなんて聞いてない!  作者: いか人参


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17.甘過ぎる劇場デート



「疲れてないか?」


次の目的地に向かうため馬車に戻ってきた二人。ジュリアスが、心なしかぐったりしているアレナに心配の目を向ける。


(はい、貴方様の甘々攻撃に疲れてしまいました…なんて言えるわけないわ。)



「移動に少し時間がかかる。それまでゆっくりすると良い。なんなら、俺のひーー」

「大丈夫です!この通りとても元気ですわ!」


みなまで言う前に、アレナが大きな声を出してジュリアスの言葉をぶった斬った。


(これは絶対膝枕をされる流れでしょう!そんなの無理だわ!無理無理!……え?今舌打ちした?いやいや、気のせいよね?ね?)


なんとなく、車内の空気が冷え込んだ気がした。



「それなら良かった。でもアレナは頑張り屋さんだから、少し目を閉じてるといいよ。無理しないで。」

「えっ」


ジュリアスは強引にアレナを抱き寄せ、自分の肩に彼女の頭をもたれかけさせた。


(人前で目を閉じるって怖すぎるんですけどー!)


ジュリアスの甘やかしは、また違った意味でアレナの試練となっていた。

この状態で到底寝ることなど出来ず、彼女は薄目を開けたまま彼の髪を撫でる心地よい感触に耐えていたのだった。




次にやって来たのは劇場であった。王都にある劇場の中でも最も歴史が古く、王族も利用する場所だ。


金を基調とした豪華な内装に目を奪われつつ、ジュリアスに手を引かれたアレナは、二階にある自分達の席へと向かう。そこは全て個室になっており、中に入ると、舞台に向かってソファー席のカップルシートが置かれている。大きなガラス窓から舞台の様子がよく見える。


二人並んで座ると給仕が飲み物を運んできた。アレナには飾りのオレンジがついた可愛らしいノンアルコールドリンクが渡された。



「この演目は最近女性の間で流行ってると聞いた。アレナに楽しんでもらえると良いのだが。」


「ありがとうございます。お恥ずかしながら、実はこれまで劇場に足を運んだことがなくて…でもすごく行ってみたかったのでとても嬉しいです。」


アレナは本心で言って笑った。


社交場を避ける彼女の家には劇を見る文化がなく、かと言ってこういった華やかな場に侍女といくわけにもいかず、友人のいないアレナは行きたくても行けなかった。

だから恋愛小説によく出てくる劇場デートに密かに憧れていたのだ。



「アレナの初めて…そうかこれが…初めて…ふふふふ」

「ジュリアス様?」


反対側を向いてぶつぶつ言いながら肩を震わせている彼だったが、アレナが声を掛けるとぴたりと止んでいつもの雰囲気に戻った。


その時、ブザー音がなり幕が上がった。


演目は恋愛もので、恵まれない環境にいた女性が一人の青年と恋に落ち、その相手が実は王子で、身分差に悩みながらも二人で乗り越えて幸せになるというストーリーだ。昔流行ったよくある話だったが、最近は一周回ってまた人気を集め出したのだ。


演劇初体験のアレナには、全てが新鮮で演者の表情や声、歌に心を掴まれながら真剣な表情で見入った。

すぐ隣に誰がいるかも忘れてのめり込む。…はずだったが、人一倍視線に敏感なアレナには無理な話だった。


(ジュリアス様、穴が開きそうなほどこっちを見てるんですけど!!首痛めないのかしら?……無視しようかと思ったけれど、さすがにこれじゃ集中出来ないわね。)



「その…劇を見てくださいね?」


台詞が途絶えたタイミングで、アレナが控えめに声をかけた。



「大丈夫。この日のためにこれはもう5回観ているし、台詞も全て暗記している。だからちゃんと感想を語り合えるよ。」


ジュリアスが安心させるように、自信に満ちた顔で微笑みかけてきた。


(え?5回も観たってどういうこと??劇って台詞を暗記して臨むものなの?それが普通なの?)


「5回とも全て一人で行ったから安心してくれ。今日は君に集中したくて、先に予習を済ませておいたんだ。」


(いや意味が分からないわ…………….…………)


とうとうジュリアスは身体ごとアレナの方を向いてしまった。その上、横から両腕を回してこれでもかというほど密着してくる。



「初めてなんだろう?俺に身を任せて、君は劇に集中して。」

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


耳元で良い声で囁かれ、全身に震えが走る。誤解を招く絶妙な言い回しにアレナの妄想が捗ってしまい、みるみる内に顔が赤くなる。こうなるともう制御不能だ。


(ひいいいいいいっ!!良い声で紛らわしいこと言わないでーー!!)


このまま爆発してしまうんじゃないかと思うくらい心臓の音が煩い。


クライマックスの感動シーンだというのに、アレナの耳には心揺さぶる歌も台詞も、何一つ入って来なかったのだった。




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