16.甘過ぎるカフェデート
ジュリアスに連れられてやって来たのは、王都にある一軒のカフェであった。
白を基調とした店内は淡い色味の花で溢れており、広々とした空間に丸テーブルが並んでいる。結構な座席数だというのに、そのほとんどが若い女性客で埋まっていた。
(前から気になってたカフェで物凄く嬉しいんだけど…気まずくないのかしら…)
チラリと目線を上げると、向かいの席に座るジュリアスがその美貌で他の客達の視線を一点に受けている。
「気に入ってもらえただろうか?」
不安そうに上目遣いで見てきたジュリアスは、その他大勢の視線を一切気にすることなく、アレナの表情だけを窺っている。僅かな機微も見逃しはしないと、彼の双眸は真剣だ。
「とても可愛らしい内装で、すごく気に入りました。素敵なお店ですわ。」
「良かった。」
アレナが素直に感想を述べると、ジュリアスは身体の緊張を解いて目を細め、まるで花が咲いたかのように顔を綻ばせた。不意打ちの表情に、アレナの胸が高鳴る。
(こんな一言でそんな顔をされたらっ……)
カッと熱くなる顔を誤魔化そうと、アレナは店内には視線を向けながら無駄に喋り出した。
「あちらの花も綺麗ですわ。」
「ああ。本当に綺麗だな。」
「インテリアにまでこだわってますのね。全てが可愛らしく、見ていて飽きませんわ。」
「本当に。可愛くて可愛くて、ずっとこの目に焼き付けていたいと思うよ。」
「・・・」
何を言ってもジュリアスの視線がアレナから逸れることはない。彼女のことを熱っぽく見つめながら、口説くように甘い言葉を返してくる。アレナも彼の意図に気付いてしまった。
(い……これは確実に私のことを言ってるわ…)
小説のヒロインなら…
『見てもいないのに、本当に綺麗だと思っていますの?』
『ん?俺にとって美しい花とは君だからな。』
『ちゃんと花を見てくださいませ!』
『ああ。一瞬たりとも目を離しはしないよ。』
『まぁ!恥ずかしいですわ!』
……いや無理よ無理!!!
視線や態度で嫌というほど分かるのに、こんなすっとぼけたこと言えないわ!ヒロインって凄まじい鈍感力の持ち主なのね…
「冷めてしまうよ?」
テーブルの上に出していたアレナの右手を、ジュリアスがぎゅっと上から握ってきた。
「ごめんなさい!」
我にかえると、既に目の前には焼き立てのパンケーキが置かれていた。バターの香りと芳醇な果物とホイップの混ざった甘い香りが漂ってくる。今すぐにでもかぶりつきたいほど魅惑的だ。
が、それは出来なかった。
それも物理的に。
「あの…その、手が…」
ぎゅっと掴まれている右手に視線を向ける。離してくれないと食べられない。しかしその前に、他の客達からの視線と悲鳴が目と耳に痛かったのだ。
「ああ、悪い。」
そう言った彼はアレナの手を掴んだまま、空いている手でなぜかフォークを掴んだ。そして器用にも片手でアレナのパンケーキを切り分け、一口サイズにしたそれをフォークで刺す。
「さぁ、お食べ。」
刺したフォークを差し出して、にっこりと微笑んだ。首を傾げるという可愛い仕草つきだ。
(って、食べられるわけないでしょう!!)
周囲の視線が痛い。期待されている雰囲気をバシバシ感じる。
「……ありがとうございます。」
仕方なく手を伸ばしてフォークを掴もうとすると、ジュリアスが手を引っ込めてしまった。
「悪い。気が利かなかった。もう少し小さく切った方が良かったよな。」
「いや、そういうことじゃなく、」
「アレナの口は小さくて可愛いからな。」
「え」
「さぁ、これでどうかな?」
「は」
今度こそとまたフォークを差し出してきたジュリアス。その瞳は純粋な光を宿して煌めいていた。
(こんなの断われるわけないじゃない!この攻め方はずるいわ!)
時間が経てば経つほど恥ずかしくなると感じたアレナは、気合いで口を開けてフォークにかぶりついた。だがなぜかその直前にジュリアスがフォークの位置を僅かにずらした。そのせいで彼女の頬にクリームが付着する。
「アレナ、クリームついてるよ。ふふふ、可愛いな。」
(嘘でしょ……この流れはまさかっ……)
うっとりとした表情を浮かべたジュリアスは、アレナの頬に手を伸ばし、親指で口元についたクリームを拭った。そのまま流れるような動作で指を口に含む。
「物凄く甘いな。」
色気のある瞳を向けると、アレナに見せつけるように指を舐め始めた。その仕草は妖艶で怪しく、他の客達が顔を赤らめながらガン見している。もちろんアレナの顔も真っ赤だ。
「もっと欲しくなる。」
「…………っ!!」
そして、縋るように手を伸ばしてアレナの髪に触れ、ふぅっと物憂げな様子でため息を吐いた。
「な、ななななななっ」
(ひゃあああああああああっ!何この尋常じゃない色気はっ!!やっぱりこんな人知らないわ!)
感情が忙し過ぎて、上手く言葉に出来なかったアレナ。そんな降参寸前の彼女に、ジュリアスは嬉々としてパンケーキを食べさせ続けたのだった。




