15.いざ最終作戦へ
やって来た最後の作戦の当日、アレナは朝から不安そうに時計を気にしていた。
そして部屋に戻って来たレネに、今日何度目かとなる質問をした。
「お兄様は?」
「やはりまだ戻っていないようでして…ダンヒュール様の従者よりお手紙を預かって参りました。」
アレナは恐る恐る手紙を開いた。
そこには、「緊急の仕事で明日夜まで帰れそうにない。この埋め合わせは必ず。」といった趣旨のことが書かれていた。
「はぁ…でもお仕事なら仕方ないわね…」
本業の方でトラブルがあったという話を耳にして覚悟していたものの、緊張の糸がぷつりと切れてしまい、ソファーに体を横たえてしまった。
「それしまっておいてくれる?」
アレナが顎で示したのは、今日着ていこうと思っていたレースがあしらわれた薄ピンク色の可愛らしいドレスだ。
「お嬢様、せっかくだからこれを着てお出かけしませんか?気晴らしに、次にお出かけする時のドレスでも見に行きましょう。自由に出来るのは今だけですから。」
「結婚したら自由に出歩けなくなるものね…うん、行くわ。」
「では、思い切りおめかししましょう。」
計画が延期になってしまったことにへこむアレナを気遣い、レネはいつも以上に丁寧にヘアメイクを仕上げた。
そして、さりげなく耳元に金で縁取られたダイヤモンドのピアスを付ける。それに合わせたネックレスも付けた。
「とても素敵ですよ。」
「ふふふ。ありがとう、レネ。」
今日はふわふわにした髪を高い位置でまとめており、いつもより大人っぽい雰囲気となっている。
普段と違う装いに、アレナも満足そうに微笑んでいた。
その後、馬車に乗るためレネの手を借りて邸の外に出たアレナだったが、待ち構えるように立っていた人の姿に両目を見開く。
「奇遇だな、アレナ嬢。」
「ど…どうしてジュリアス様がここに!!?」
互いに、もう何度目かとなる台詞を口にした。ジュリアスは不敵な笑みを浮かべているのに対して、アレナは驚愕の表情で状況を理解できずにいる。
「良かったら一緒に来てくれないか?連れて行きたい場所があるんだ。」
突然の誘いにアレナは戸惑い、後ろに控えるレネに救いを求めるように目を向けた。
「お嬢様、せっかくお洒落をしたのですからお言葉に甘えては?」
にこにこと後押ししてくれたレネに、アレナは頷いて返した。
「ありがとうございます。私で良ければぜひ。」
これまで誘うばかりだったアレナには誘われてことが少し気恥ずかしく、照れた顔で微笑んだ。
レネに見送られ、ジュリアスのエスコートで馬車まで向かう二人。ドキドキして緊張しているアレナの耳に、頭の上で大きく息を吐く音が届いた。
(え…もしかしてため息をつかれているの??)
グキキ…と音が聞こえてきそうな動作でアレナが斜め上を見上げると、自分のことを艶っぽく見つめるアイスブルーの瞳と目が合った。
「アレナの手が可愛い。こんなにも小さくて愛らしい手を俺は知らない。はぁ…幸せ過ぎてどうにかなりそうだ。」
「な、ななな、何を仰ってるの!??」
社交辞令にしては恥ずかしい台詞過ぎて、アレナの声が上擦る。
「ふふふ。動揺している顔も可愛いな。もっと見せて?」
甘い雰囲気を纏ったジュリアスがアレナの顔を覗き込んでくる。
「みっ…見ないでくださいませっ!!」
「ああ悪い。アレナの反応が可愛くてつい。」
そう言いながら悪びれる様子は全くなく、アレナのこめかみにキスをしてきた。
「ひいっ」
(この人は一体誰ですか…!!!)
あまりのキャラ変についていけない。アレナの中では、彼がこれまでのジュリアスと同一人物かどうかも怪しくなってきた。
気が遠くなりそうになりながらも、なんとか気合いで歩き続け、ようやく馬車の中まで辿り着いた。
(………一回落ち着いて考えよう。)
だが、彼女が席に座った後、そのすぐ隣にジュリアスが座って来た。
「え」
思わず声が出た。
「一応気を遣って距離を空けたんだが…やはり膝の上の方が良かっただろうか?」
ジュリアスが物凄く本気な顔で尋ねて来た。
(その逆よ!近すぎるんですって!!!)
「こ、これで十分ですわ。」
「ああ。だが遠慮はしないでほしい。」
(貴方が遠慮してください!)
本気のトーンで気遣ってくるジュリアスに、さすがのアレナも声に出すことは出来なかった。
(本当にどうしちゃったのかしら…)
チラリと盗み見たジュリアスの横顔はあまりに近く、長い睫毛にシミひとつない美しい頬、色気の漂う首筋に思わず頬が赤くなる。
その見目麗しい彼がゆっくりとアレナの方を向いて、顔を傾けた。
「ひゃ」
(………っ。緊張で変な声がが出たわ!恥ずかしいいいいっ!!)
喉の奥から変な声が出たが、ジュリアスの笑みは崩れない。
「今日は、アレナが行きたいと思っていた場所に行こう。」
その顔はあまりに甘く優しく、アレナの記憶の中にある彼の姿とはかけ離れていた。




