13.差し入れイベント
(なんとも近寄りがたい見た目ね…)
レネと共に騎士団本部の入り口までやって来たアレナは、馬車の中から威圧感のある巨大な門を眺めていた。
ここ騎士団本部は王宮に隣接しており、王族関係者や高位貴族が訪れるとことも多く、警備が厳重だ。
そのため、いくら高位貴族の婚約者とはいえ勝手に入ることは許されず、許可をもらうため門番のある詰所に顔を出す必要があるのだ。
アレナは、レネが許可を取りに行ってくるのを馬車の中で待っていた。
ー コンコンッ
(戻ってきたわ。)
合図を受けたアレナが馬車から降りようと外から開けられたドアをくぐると、エスコートのための手が差し伸べられていた。
(え……………??)
見慣れない袖口に不審に思いつつ、警戒しながら視線を上げてその人物の顔を見る。目が合った瞬間、その唇は綺麗な弧を描いた。
「アレナ嬢、奇遇だな。」
「……………なっ…ジュリアス様!!?」
驚きのあまり絶叫しそうになったが、気合いで飲み込んだ。
「!!」
ジュリアスは固まっているアレナの手を掴むと、もう片方の手を腰に添え、強引さを感じさせない動作で彼女のことを地上に降り立たせた。
(なんで私は今、ジュリアス様のエスコートを受けてるの?つい手を取ってしまったけれど、一体どんな状況よ???)
チラリとすぐ横にいるジュリアスのことを見上げると、温かな光を宿したアイスブルーの瞳もアレナのことを見ていた。
(なんだかいつもと雰囲気が違うわ…)
だがそれを認識できたのはほんの一瞬で、すぐに目を逸らされてしまった。
「アレナ嬢はどうしてここへ?」
未だエスコートの手を繋いだままのジュリアスが、すっとぼけた顔で尋ねてきた。
この場合、馬車の前で待ち伏せしていた相手の方が100%怪しくて確実に裏があるというのに、それを悟られる前に先手を打ってきたのだ。
先に聞かれてしまっては、アレナは答える他ない。
「ええと…ジュリアス様が訓練所にいらっしゃるってお兄様にお聞きして…その、差し入れを…ゴニョゴニョ…」
末尾は言語になっていなかった。途中で恥ずかしさが圧倒的勝利を収めてしまったらしい。
(わわわわわ!!真正面から好意を伝えてるようで恥ずかしいわ!ヒロインって純真無垢なフリして、こんなことよくやるわね!)
一気に込み上げた羞恥心で思い切り視線を逸らしたが、上から見られている気配が一層強くなる。
「差し入れを…俺に……?」
「ええ…良ければ皆様でと思いまして…」
「俺に?」
「……え、ええ。」
謎の圧を掛けられて肯定したところ、ジュリアスの纏う雰囲気が柔らかくなったため、ほっと胸を撫で下ろした。
(良かったわ…とりあえず怒ってはいないみたい。)
すると、そこへ所定の手続きを終えたレネが戻ってきた。
遠目からジュリアスの姿を視認した途端、ピキッとこめかみに筋が浮き出て、手にしていたバスケットの取っ手がミシッと音を立てて変形した。
『何やってくれてるのですか…』
アレナに気付かれないよう、ジュリアスにだけ見えるように口の動きで伝えると、ぷいっと不自然に視線を逸らされてしまった。
(これはこれは…丁寧にこちらの意図をご説明差し上げる必要がありそうですね。)
鋭い視線をジュリアスに固定したまま、淀みのない流れるような動きで腰に隠した暗器に手を伸ばす。
「レネ、戻って来たのね。」
「…お待たせしました。」
気配に気付いたアレナが振り返ったため、レネは舌打ちを堪えて素早く手を引っ込めた。
「差し入れというのはそれか?」
「ええ、そうです。クッキーを焼いてきましたの。もちろん、うちの料理人に手伝ってもらいながらですが。」
「クッキー…」
無表情にじいっとバスケットを見てくるジュリアス。あまりに強烈な視線だったため、アレナはそれを彼に渡すようレネに目線で促した。
両手でバスケットを受け取ったジュリアスが中身を見て、見つめて、見続けた。
(なんて美しい…。あの細い指で一つずつ丁寧にかたどって、割れないように繊細な手つきで一つずつ袋に詰めてリボンを掛けたのか。そんなにも丁重に扱われたクッキーが死ぬほど羨ましい。…はぁ…)
「……妬けるな。」
「焼ける?」「は」
バスケットの中を覗き込んだまま呟いたジュリアスの一言に、アレナとレネの困惑の声が重なった。
「お前、こんな所で何やってんだよ!」
その時、気まずい空気を叩き切る救世主が現れた。アレナのこととなると途端にポンコツになるジュリアスを心配して、ミケルがわざわざ様子を見に来ていたのだ。
彼が訓練所にいなかっため、もしやと思い門の外まで来たら予想通りの展開になっており、血相を変えて走ってきたというわけだ。
「たまたまアレナ嬢と、ここで会ったんだ。」
「嘘が下手かよ!」
ミケルはツッコミとともにグーパンチを繰り出したが、ジュリアスに片手で止められてしまった。
「おい、とにかく訓練に戻れ!早く行かないとあの人が…」
「いやまだアレナ嬢が…」
わちゃわちゃやり出した二人を目の前に、事情を知らないアレナが置いてけぼりをくらっていると、よく知った声の怒号が飛んできた。
「訓練抜け出して何やってんだっ!!」
「…っ!!」「お兄様!」
怖い顔でキレながらこちらになって来たのは、騎士服姿のダンヒュールであった。
ジュリアスはバツが悪そうに顔を背け、ミケルは「ほら言わんこっちゃない」と額に手を当てている。
「俺の可愛いアレナ!わざわざ差し入れを持って来てくれたんだって?ああこれか!」
「「あ」」
アレナを見た途端破顔したダンヒュールが腕力でバスケット奪い取ってしまい、二人の絶望の声が重なった。
「俺の妹は可愛いだけじゃなく慈愛に満ちて女神のようだな。女神の作ったクッキーなら疲れも吹っ飛ぶだろうよ。こんなに沢山…ありがとな。」
「お兄様!それは皆さんの分だからね。独り占めはだめよ?」
「そんなことするわけないだろ?お前の狭量な婚約者と一緒にするな。」
「ジュリアス様に失礼よ。彼がそんなことするんけないじゃない。」
「………………ひとつ、頂く。」
本心を言い当てられたジュリアスが、気まずそうにバスケットの中からひとつだけクッキーを取り出した。よく見ると手が震えている。
「アレナ嬢、ありがとう。このお礼はまた今度させてもらおう。おいミケル、お前も訓練行くぞ。」
「いやなんでだよ。俺に八つ当たりすんな!俺は頭脳労働派なんだよ。朝から動いたら一日使い物にならねぇ。」
「うるさい。」
ぎゃあぎゃあ騒ぐミケルの腕をひっつかみ、ジュリアスは強引にその場を後にした。ダンヒュールもその後に続いて戻って行った。
「あれ、私はここへ何しに来たのかしら…………」
ダンヒュール達を見送ったアレナが呆然と呟いた。




