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溺愛されるよう仕向けるはずが、早々に陥落させてたなんて聞いてない!  作者: いか人参


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12.差し入れイベントの準備


家紋入りのシルクの手袋を身につけ、特注品の極薄ガラス板をテーブルの上に用意する。そして、先の細いピンセットを使ってその上に花弁を一枚ずつ並べる。


張り詰めた空気の中、花弁が一枚また一枚と並んでいき、ガラスの上に元の美しい花の姿を取り戻していく。



「ふ…」


額に汗を馴染ませ、まるで大仕事を終えたかのようにひと息ついたジュリアス。


深呼吸して精神を整えると、ガラス板に木製の枠を当て嵌めた。ズレや歪みがないかあらゆる角度から確認した後、至極満足そうに頷いた。



「俺は一体どこからツッコんだらいいんだ…」


仕事場でジュリアスの奇行を目にしたミケルが頭を抱えて呻くように言った。



「言いたいことは山ほどあるが…とりあえず、王族謁見用の手袋をこんなところで使うなよ。不敬罪で捕まるぞ。」


「は?愛しい人が初めて俺にくれた贈り物だ。相応の格好で扱うべきだろ。アレナに失礼だ。」


執務室に似つかわしくない正装姿のジュリアスが、文字通りジャケットの襟を正した。



「・・・・・・・」


返す言葉が見当たらなかった。


色んな感情が込み上げてもう何も言えなくなったミケルは、大人しく仕事をした方が数百倍マシだと考えを改めたらしい。視線を逸らして徐に書類に手を伸ばす。


ミケルにドン引きされながら、ジュリアスが全身全霊を込めて作っていたのは、押し花だ。


先日アレナに貰った花束が死ぬほど嬉しかったらしく、周囲が引くほど浮かれまくった彼はすぐに押し花にする材料を手配していた。

そして、仕事そっちのけで押し花制作に励んでいたのだった。


無論、その花が自分の家の庭に自生していたものだったなど知る由もない。



「ミケル、俺は来週から1週間ほど騎士団で朝の鍛錬に励む。だから執務開始時間が少し遅くなる。その分終了時刻を後ろにするから全体への影響はない。」


しばらくの間ガラス板をニマニマと眺めていたジュリアスは、それを鍵付きの引き出しにしまうと仕事モードに切り替えた。



「は?」


急に話しかけられたミケルの頭に、はてなマークが浮かぶ。それも物凄い勢いで大量に。


(朝の鍛錬?朝が苦手なコイツが?常に護衛と影を置いて隙のないコイツが?)



「……………あ、もしかして、この前のダンヒュール殿の言葉を真に受けたのか?」


「………………………………………いや?」


(あー…この反応…アレナちゃん絡みか。だからこんなに壊れてんのか。)


不自然に目を晒したジュリアスに、確信したミケルは追求を諦めた。


(面白いけどめんどくせぇ…あとでディックにでも詳細聞いておくか)


アレナのこととなると途端にポンコツになる主に、適応力の高い側近は早々にアプローチ方法を改めたのだった。



***



「ねぇねぇ、騎士団への差し入れって何が良いかしら?数が必要だから、あまり嵩張らないものが良いわよね。」


「お嬢様、ジュリアス様だけでなく他の皆様にもお持ちになるのですか?」


嬉しそうな顔で差し入れの相談をしてくるアレナに、レネは微笑ましいなと思いながらも驚いて聞き返した。



「そりゃそうよ。だって、今回は嫉妬させることが目的だもの。他の人にも良い顔をしないと意味ないじゃない。」


「それは中々危険な気が…」


これまでのジュリアスの言動を省みると、プロファイリングするまでもなく、執着心と独占欲の強い危険因子であることが予想される。


そのため、あまり煽り過ぎるのもいかがなものかと不安になったのだ。


(まぁでも、ダンヒュール様がいれば大丈夫ですね。)


レネは主人の安全を、空気を読まないシスコン兄に掛けることにしたのだった。



その後、アレナは様々考えた末に無難にクッキーを差し入れることに決めた。

騎士団の訓練所に行く前日、邸の料理人に手伝ってもらいクッキーを大量生産し、一つずつ丁寧にラッピングしてリボンを掛けた。


準備が整ったアレナは、嫉妬に燃えるアイスブルーの瞳を想像してニヤけながら眠りについたのだった。



***



同刻、公爵家の執務室にて、ジュリアスは明日から始まる朝の鍛錬のため、新調した隊服の最終調整を行っていた。

本来ならば私室でやるべきことであったが、仕事が立て込んでおり、この場でやる他無かったのだ。


ジュリアスやミケルのように高位貴族の仕事を担う子息達は、成人前に騎士団に仮入団して基礎レベルの剣術及び体術を身につけるのが一般的だ。中には成人後もそのまま継続する者もいる。


仮とは言え、ジュリアス達は数年単位の入団経験があるため、ダンヒュールからの提案もそれほど突飛なものだとは思えなかったのだ。


その騎士団経験者であるミケルには今、目の前にいるジュリアスが突飛なことをしているようにしか見えなかった。つい、急ぎの仕事の手を止めて凝視してしまう。



「おい、その隊服…襟に差し色入ったり、袖口の刺繍の色変わったりしてねぇか?」


「手直ししていたが、なんとか間に合ったようでほっとしてる。」


ふっと軽く息を吐くジュリアスは満足げな表情をしている。



「まさかそれ………………」


「あぁ彼女の色だ。婚約者の色を入れるのは愛の証明であり紳士のマナーだからな。」


「お前の阿呆さの底が見えねぇよ。」


規定違反を堂々と犯してまで装いに婚約者の色を取り込みたかったジュリアス。それは常軌を逸していた。

急に寒気がしてきたミケルは、至急熱々の紅茶を用意するよう使用人に指示したのだった。



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