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第97話

“ダダダダダダダダ…………!!”


 ルナグランデからピトゴルペスへ向かう街道を、一つの馬車が猛烈な勢いで走っていた。


「おわっ!?」「きゃっ!?」


 もう何度目になるか分からないが、馬車が道の途中の石に乗って跳ね、乗っている俊輔と京子は一瞬の浮遊感の後、尻を思いっきり椅子に打ち付けた。

 幾ら俊輔と京子がかなりの戦闘力を持っているとは言っても、流石に長時間座ったままだと疲労を感じてくる。

 更にネグロのテンションMAXによる暴走じみた走行で、尻の痛みは限界に来ていた。


「おいっ! ネグ! いい加減にしろ! 速度を落とせ!」


「ピッピーーーーー!!」


 ルナグランデから走り出したアスルの背中の上で馬車を操縦する丸烏のネグロは、「ヒャッハー」と、どこぞの世紀末に出て来そうな声を念話で上げていた。


「このっ!」


“パンッ!”


「ピッ!?」


 俊輔が幾ら言っても速度を落とさないので、ネグロの頭に威力を落とした空気弾の魔法を打ち付けた。

 その衝撃によって我に返ったのか、少しずつ速度を落としてようやく止まった。


「……まさかネグにこんな悪癖があるとは思わなかった」


「本当……」


 生まれてからこれまでいつも一緒に過ごして来たにも拘らず、見た事もない意外な一面に俊輔は思わず呟いた。

 京子も俊輔と同様、見た目のモコモコした姿から想像出来ないネグロの荒々しい性格に、若干引いていた。


「ピ~……」


 二人に引かれたネグロは、申し訳ないと言った表情で頭を下げていた。


「大丈夫か? アスル」


「フッ、フッ、フッ……」


 ネグロの指示によって全力疾走を続けていたアスルは、結構無理をしたらしく、体を上下させて息を切らしていた。

 俊輔が念話で問いかけると、アスルは「大丈夫っす!」と返して来た。

 ダチョウの魔物であるアスルを購入して、俊輔は従魔契約を行った。

 ダチョウの為、アスルは声を出さない。

 しかし、従魔契約した事で念話が出来るようになり、主人の俊輔には念話で意思を伝えて来るようになった。


『旦那! 喉渇いたっす! 水下さい!』


「……お、おう。ほれっ!」


 しかし、鳴き声を上げない反動なのか、結構おしゃべりなようで、念話ではめっちゃしゃべって来る。

 俊輔の事を旦那と呼んで、結構遠慮なく食事や飲み物を求めてくる。

 牧場で購入する前は念話での会話が出来なくて、頭を擦り付けて来るのは甘えているのかと思っていたのだが、単純に物をくれと言っていたようである。

 そんな性格のアスルにも若干引いていた。


“ごくっ! ごくっ!”


 俊輔は魔法で水を出してやり、アスルはそれを美味しそうに飲み始めた。


「んっ?」


 俊輔達が一旦休憩を取っていると、俊輔の感知術の範囲内に魔力反応が感じられた。


「ゴブリンだ」


 反応したのはゴブリンで俊輔達は慌てる事無く出て来るのを待ち受けた。


“ガサッ!”


『任せるっす!』


 草むらから現れた3体のゴブリンを見付けると、アスルはそう念話で俊輔に言い、ダチョウなのにも拘らず拳法の鶴の構えをした後向って行った。


“ボカッ! バキッ! ドカッ!”


 魔物とは言え、ただのダチョウが見事な蹴り技を繰り出し、あっという間にゴブリン達を打ちのめした。




「…………なんでやねん」


 あまりの出来事に、俊輔は思わず関西弁で突っ込んでしまった。

 まず、「ダチョウなのに鶴の構えって……」と言うのと、そもそも「何で拳法のような動きが出来るんだ?」という疑問が頭の中に広がった。

 アスルに何故拳法のような事が出来るのか聞いたところ、牧場近くの空き地で冒険者が組み手をしていたのを見て真似したのだそうだ。


「ただでさえ他と見た目が違うのに、そんなおかしな事やってるから、ぼっちになったんだろ?」


 俊輔が思ったことを告げると、アスルは雷に打たれたような驚きの表情をして、念話で「だからっすか……」と小声で呟いていた。

 アスル自身は武術の真似事が奇行だと思っていなかったらしく、何故自分がぼっちなのかの理由がようやく分かったようであった。


「まぁ、この世界の旅には戦闘が付き物だから、少しは戦える事が分かって良かったかもな」


「何かちょっと変わった子だったんだね?」


 俊輔に念話の内容を聞いた京子は、アスルの頭を撫でながら笑っていた。


「そうみたいだな」


 京子の言葉に、俊輔もつられて笑ってしまい、アスルの体を撫でてあげた。


「ん?」


 ゴブリンを倒したアスルを褒めていた俊輔達の下に、さっきの倍以上の魔力の反応があった。

 どうやら先程の3匹は先発隊だったようで、仲間が敵を討ちに来たようである。


“ババババッ!!”


 10匹程のゴブリンが勢いよく姿を現した。 


「ピピー!!」


“ドカカカ………………!!”


 今度はネグロが飛び出し、アスルにお手本だと言うように、得意の魔法ではなく短い脚を使った打撃技でゴブリンを打ちのめして行った。

 手加減を間違えたのか、数匹はネグロの蹴りによって頭が吹き飛んでいた。


「ピッピン!」


 倒したゴブリンの山に仁王立ちしたネグロは、「エッヘン!」と言ったようにドヤ顔をしていた。

 その戦闘を見ていたアスルは、「すげえっす! 兄貴!」とキラキラした目でネグロを見つめていた。

 アスルの態度に満足したネグロは、いつものように俊輔の頭の上に乗っかった。


「…………おい! ネグロ、ゴブリンの血が付いたままの脚で俺の頭に乗るなよ!」


「……ピッ!」


 俊輔に言われて、ネグロが頭の上から顔を覗き込むと、怪我をしている訳でもないのに、俊輔の顔には血が流れていた。


「ピー……」


 それを見たネグロは、俊輔の頭から降りて「ごめんなさい」と頭を下げて謝った。

 ネグロはアスルだけでなく自分も活躍した事を褒められ、撫でて貰いたくて張り切ったのだが、裏目に出てしまったのだった。


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