第94話
ルナグランデの町のグレミオのマエストロであるバネッサに捕まえた魔族の三人を渡し、俊輔達はその日は以前使っていた宿屋に泊まる事にした。
「それにしてもエクトルさんに奥さんがいたなんてね……」
「だろ? 俺も聞いた時は驚いたよ!」
宿屋の1階は食堂になっていて、そこで夕食を取る時にバネッサがエクトルの元奥さんだという事を京子に教えたら、俊輔同様驚いていた。
「でも、似たもの夫婦って感じかな?」
「確かにそうだな。俺を見た時エクトルのおっさんみたいに腕試ししたいって顔してたよ」
「え? 本当に?」
グレミオの外で魔族の3人を見張っていたのでその所を見ていなかった京子は、その様子が目に浮かんだのか楽しそうに俊輔に聞いてきた。
「だけど、エクトルの名前を出したら引き下がったけどな……」
「元って事だから、やっぱり何かあったのかもしれないわね……」
グレミオで会った時、バネッサにエクトルの名前を出したら俊輔への興味が消え、何故かそのまま魔族を引き渡す事になっただった。
「……ただ単にハゲたから別れたんじゃないの?」
「そんな事で女性は別れたいなんて思わないんじゃないのかな? 男性は年を取ったら髪の毛が薄くなるのは分かっている事だし……」
「そう言えばそうか……」
京子に言われて、俊輔もその内ハゲる可能性がある事に思い至り、自分の髪を少し摘まんで眺めたのだった。
「…………大丈夫だよ! 俊ちゃんの髪が薄くなっても私は別れたりしないよ」
その様子を見て、京子は優しく微笑んだ。
京子からしたら、小さい頃から俊輔の良い所も悪い所も分かっている。
今更少しくらい悪い所が増えたからと言って、嫌いになるような事は無いと確信している。
「…………そりゃどうも」
京子のその笑顔が眩しく見え、俊輔は若干照れながら礼を言ったのだった。
◆◆◆◆◆
「エステ様!」
「あっ? お帰り、ルシオちゃん……ってどうしたの? その手……」
俊輔のもとから這う這うの体でエステのもとへ戻ったルシオは、自分に起こった事の全てを話したもだった。
「…………ふ~ん、そんな事があったの?」
ルシオから報告を受けたエステは、相変わらず軽い感じで返事をした。
「はい、こうなってはエステ様自ら……」
「それは無理!」
ルナグランデを征服する事が魔族達の次の予定である。
それを成す為には、俊輔達が捕まえた3人の蜘蛛魔族が必要だった。
しかし、俊輔達によってそれが出来なくなってしまった。
あの3人に代わる戦力と言ったら、今エステの下には使える駒が無い。
こうなったらエステ自身が行動を起こす以外に方法は無い。
そう思って進言しようとしたのだったが、その進言途中で断られた。
「……な、何故でしょうか?」
ルシオは断る理由が分からず、訳を尋ねた。
「それがさ……、東の大迷宮を攻略した人間がいたみたいなんだよ。そのせいで予定が大幅に崩れちゃってね。そのガクンと難易度が落ちた大迷宮を元に戻す為に、強力な魔物を送り込む必要が出て来てしまったんだよ」
「確かにあの迷宮が攻略されたという噂を聞きましたが、本当だったのですか?」
エステが管轄している東の大迷宮は、海に囲まれた離れ小島の為、そこに人が行き着く事は中々存在しない。
その為迷宮を強化する為に、エステが船を無理やり送り込んでいたのだった。
迷宮内で生き物が死ぬとその亡骸を吸収し、その養分で迷宮は成長をするのである。
長い年月によって大迷宮へと成長したその迷宮を攻略できる生物がいるというのが信じられなかったので、ルシオは攻略されたというのはただの噂だと思っていた。
「本当だよ。だから僕が珍しく働いてるんだよ」
エステは困ったように呟いたのだった。
「ですが、ルナグランデはペラ・モンターナ大陸殲滅の重要な拠点になるとスル様も仰っていました。このままではルナグランデを手に入れる事が出来ないのですが……」
「スル君か……、態々君を寄こしてくれて悪いんだけど、しばらくはルナグランデ殲滅は待ってもらうしかないね……」
元々ルシオは、エステ同様魔族の幹部の1人のスルの部下である。
仕事が遅いエステを見かねて寄こした魔族であった。
エステとしても、いつも会うたび突っかかって来るオエステとは違い、いつも助力してくれるスルには好感を持っている。
「だから君もスル君の下に帰って良いよ」
「…………よろしいのですか?」
「うん。あっ! ちょっと待ってね」
迷宮の強化にしばらく専念する事になったエステは、ルシオをスルの下に返す事にした。
しかし、その前にしなければならない事があった事に気付いてルシオを呼び止めた。
「白龍!!」
「!?」
エステが足元に魔法陣を発動させると、その魔法陣から白い龍が出現した。
「グルルルル…………」
「この子の怪我を直してくれるかい?」
175cmの身長のエステと同程度の大きさの白い龍は、甘えるような鳴き声をあげてエステに頬を寄せた。
その龍の頭を撫でて、エステはルシオの怪我を治すように頼んだ。
「ガウ!」
「!?」
エステに頼まれた白い龍が一声上げると、ルシオは白い魔力に纏われて傷は塞がり、ネグロの魔法に吹き飛ばされて失った腕もゆっくりと再生して行ったのだった。
「これで完全に治ったでしょ? スル君の所に戻すにも怪我したままじゃ悪いからね」
「…………態々ありがとうございます。では、私はスル様の所に戻らせて頂きます」
「うん。じゃあまたね!」
「失礼します」
怪我を治してもらったルシオは、エステに言われた通り元々の主であるスルの下に帰っていった。
『あらゆるドラゴンを操る魔族エステ様…………蜘蛛の3人を捕まえた俊輔と言う男もとんでもなかったが、簡単に手を再生させるような龍を操るとは…………やはりあのお方はとんでもないな』
ルシオは、スルに言われていたようにエステの実力の高さに改めて恐怖しながら、スルの下に帰って行ったのだった。




