第92話
「ハッハッハー! これだけ張り巡らせれば飛び回れないだろ?」
蜘蛛の3人組の一人オダリスと、ネグロは対峙していた。
街道の側から林の中にネグロを誘い込んだオダリスは、姿を隠してつつ木々に糸を張り巡らせ、ネグロが飛び回る事が出来ないように追い込んでいった。
「………………」
自分の周囲を糸を張り巡らせられて、どんどん行動範囲が狭まる中、ネグロは特に何をするわけでもなく黙って見つめていた。
「ハッハッハー! このままグルグル巻きにしてやる!」
木々に隠れ、姿を現さないまま糸を飛ばし、ネグロを追い詰めて行っている状況から、オダリスは高笑いをしつつ追い詰めていく。
そして、とうとうネグロはその場から動けなくなる程、周囲を糸で囲まれてしまった。
「フッ……、強力な魔法を使う特殊な丸烏だと思ったが、大した事なかったみたいだな……」
ネグロを囲んだ糸をジワジワと圧縮していき、オダリスは勝ちを確信した。
しかし、次の瞬間……
“スパパパパッ!”
「なっ!?」
ネグロを囲んでいた糸が切り刻まれ、ネグロは何事もなかったように姿を現した。
何をしてネグロが糸から脱出したのか分からないオダリスは、驚きで思わず声が出てしまった。
「何をしたのか分からないが、もう一度とっ捕まえてやる!」
脱出はされたが、一度は捕まえる事に成功した。
今度は脱出する間もなく絞め殺してしまえばいい。
そう考えて、オダリスはまたネグロの周囲に糸を張り巡らせるように糸を飛ばし出した。
「ピッ!」
“スパッ!”
ネグロが飛んで来た糸に目線を向けると、風の刃が飛んで糸を切り飛ばした。
「チッ! まさか風の魔法まで使えるのか?」
先ほど包囲された状態から脱出した方法を理解したオダリスは、思わず舌打ちを打った。
「ピー!」
ネグロは、オダリスの相手をすることに飽きたかのように、沢山の魔法を発動させた。
「はぁっ!?」
10個ほどの高濃度の水の球がネグロの周囲に浮かび、その事を見た瞬間オダリスは理解できずに変な声を上げた。
そして次の瞬間、最初から隠れている場所は分かっていたかのように、オダリスに向かって水の球が殺到した。
「ピッ!」
殺到した8個の水の球によって全部の脚を吹き飛ばされ、止めと言わんばかりに残りの2発の球を食らい気を失った。
その様子を見たネグロは、つまんないのと言った感じで俊輔の下に戻って行った。
◆◆◆◆◆
「ピピー!」
「おぉ、終わったか? ネグ」
京子の方に向かって行っていた途中で、俊輔の下にネグロが飛んで来た。
「ピピッ!」
「ん? すぐそこに寝てる?」
ネグロに言われた通り付いて行くと、人の姿に戻ったオダリスが気を失って横になっていた。
「えらいな。殺さずに仕留めたのか?」
「ピ~……」
気を失ったオダリスを、俊輔はエドゥアルド同様魔力の紐で縛り付けて、一か所にまとめて置いた。
オダリスを殺さずに仕留めたネグロを褒め、頭をワシャワシャと撫でながら俊輔は京子の下に向って行った。
◆◆◆◆◆
「ハア、ハア……」
俊輔とネグロが到着すると、京子は疲労困憊だった。
「……思ったより苦戦してるな」
SSSランクの金藤と戦っていい勝負をしたのを聞いていたので、京子ならこいつ程度任せて大丈夫だと思っていたのだが、結構苦戦しているようだ。
「なっ!? 貴様ら他の二人はどうした?」
俊輔達の登場に、ヘラルドは慌てて他の二人の事を問いかけた。
「よそ見してていいのか?」
「!?」
俊輔が自分の方を見ていたヘラルドに対して注意すると、ヘラルドの脚目掛けて斬撃が飛んで来た。
「ぐっ!?」
張り巡らした糸を利用して、ヘラルドは高速でその斬撃を躱そうとした。
しかし躱しきれず、一本の脚が切り飛ばされた。
「フゥー……、いつまでも調子に乗ってるんじゃないわよ!」
斬撃を飛ばした張本人の京子は、少し開いた隙に息を整えていた。
しかし、攻撃を避ける為動き回ったので、汗まみれは変わらない。
「京子! 手伝おうか?」
あまり心配はしていないが、結構苦戦しているようなので、俊輔は一応声をかけてみた。
「大丈夫! こいつの速度にはもう慣れた」
「あっ、そう?」
京子の顔には焦りのようなものが感じられないので、強がりではないと分かった俊輔は、そのまま様子を見る事にした。
「ぐっ!? このくそアマ! 脚一本切ったからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
切られた脚から血のようなものを流しつつ、ヘラルドは怒りの言葉を吐き出した。
「何が慣れただ! 逃げてばかりの癖しやがって!」
俊輔が来るまでと同じように、糸の弾力を利用して跳ねまわり、移動速度をグングン上げて行った。
「おぉ、器用だな。もしかしたら京子より早いかもな……」
器用に飛び回り高速で動くヘラルドを見て、俊輔は感心したような声を上げた。
そうしている内に、ヘラルドは京子の背後から攻撃を仕掛けた。
「死ねー!!」
今まで以上の速度で動いた為、京子が反応出来ないと判断したヘラルドは、声を上げて鎌のような脚で京子に切りかかった。
「うっさい、馬鹿!」
ヘラルドを引き付けてから振り返った京子は、ヘラルドの攻撃をしゃがんで躱し、そのまま木刀を上に振り上げヘラルドの胴体を打ち上げた。
「うぐっ!?」
打ちあがったヘラルドは、痛みから呻き声を上げた。
「どんなに速くても直線的な攻撃なんて慣れるわよ!」
「!?」
空中に上がったヘラルドを追いかけて飛び上がった京子は、ヘラルドの敗因を呟き、
「はぁー!!」
“ドゴッ!!”
木刀を上段から振り下ろし、上へと浮き上がるヘラルドを今度は下へ撃ち落とした。
“ドーーーン!!”
猛烈な勢いで落下したヘラルドは、気を失っているらしく、地面にめり込むようにして倒れていた。
「フゥー……、疲れた」
実際は結構速度に慣れるまでひやひやしていた京子は、額に流れた汗を拭きながら呟いたのだった。




