第91話
「冗談じゃない! あんな化け物相手になどしてられるか!」
蜘蛛の魔族の3人を救出した鳥型魔族のルシオは、3人が俊輔達を引き付けている間に全速力でその場から逃げ出していた。
俊輔に腹を殴られ気を失い、ルシオが目が覚めると蜘蛛の3人が尋問を受けていた。
どうやら俊輔達は蜘蛛達の話を聞いていて、ルシオが目を覚ました事に気が付かないでいた。
『くっ! 蜘蛛共め! 人間の女ごときに聞かれて何をペラペラと話しているのだ!』
気を失った振りをしつつ様子を窺っていると、蜘蛛達が京子にルシオの事を素直に話していた。
その事に、ルシオは内心怒りが込み上げていた。
『チッ! このままルナグランデに連れて行かれたら、従属魔法を使われ我々魔族の計画の事まで強制的に言わされる可能性がある。どうにかして逃げないと……』
逃げるにしても、捕まった時の事を思い出すと速度自慢の自分以上の行動速度で動く俊輔を相手に、まともに逃げてもまた捕まるだけだ。
「じゃあ、こいつも連れてルナグランデに戻るか?」
蜘蛛達との会話が終わった俊輔が、紐で縛った蜘蛛達を連れてルシオの側に近付いた。
『チャンス!』
予想外の好機にルシオは動いた。
蜘蛛達を犠牲にして逃げるという作戦を咄嗟に思い付いたルシオは、寝たふりを止め蜘蛛達の紐を懐から取り出した小刀で切り裂いた。
「お前ら!! 魔族化しろ!!」
ルシオの言葉に反応した蜘蛛達は、すぐに魔族化を開始した。
その蜘蛛達に反応した俊輔達が武器を手に持った瞬間、
『邪魔はさせん!』
蜘蛛達が変化し終わる前に退治されては、もう逃げる機会は訪れない。
そう思ったルシオは、召喚の魔法陣を発動させ高速鳥を呼び出し、俊輔達の行動を妨害した。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
「ピッ!?」
上手く俊輔達の邪魔に成功したルシオは、魔族化が成功した蜘蛛達が、俊輔達に攻撃を始めたところでその場から逃走を図った。
自身も魔族化し、服を破って背中から飛び出た羽を使い、全速力で逃げ出した。
「助かった。馬鹿な蜘蛛達もたまには役に立つものだな……。それにしても何なんだあの男……、蜘蛛達は馬鹿だから気付いていないだろうが、とても奴らが勝てる相手ではないぞ! この事を早くエステ様に知らせないと……」
高速で飛びながら、ルシオは上司のエステの下へ向かって行った。
◆◆◆◆◆
「あれっ? さっきの鳥使いは?」
魔族化した蜘蛛のエドゥアルドを相手にしながら、俊輔はルシオがいつの間にかいない事に気付いた。
「貴様! よそ見をするとは余裕だな?」
攻撃の手を止めず、エドゥアルドは8本の脚を利用してギリギリでよけ続ける俊輔を攻撃し続けていた。
その攻撃は、皮一枚といった感じで俊輔に当たらないでいるが、ジワジワと速度を上げていっているエドゥアルドは、俊輔を捉えるのは時間の問題だと思っている。
「ハッハッハッ……、やっぱり貴様などは俺達が本気を出せば敵ではないわー!!」
エドゥアルドの攻撃をジャンプして躱し、空中にいる俊輔をとうとう捉えたと思ったエドゥアルドは、笑い声と共に思いっきり右前脚を横に薙いだ。
“フッ!”
「なっ!?」
空中の為躱せないと思った俊輔が、一瞬にしてそこから消え失せた。
その事に、エドゥアルドは信じられないと言ったような声を上げた。
「空中なら躱せないと思ってたのか?」
消えたと思った俊輔は、いつの間にかエドゥアルドの背後に立っていた。
実際の所は、俊輔は空中に魔力の足場を作りそれを蹴って更に上空へ飛び上がっただけである。
「くっ!? この野郎!」
エドゥアルドはすぐさま振り返り、その振り返る勢いそのままに、左前脚で俊輔に攻撃を放った。
「もういいや……」
“スパッ!!”
エドゥアルドのその脚を、俊輔は木刀で飽きたような言葉と共に木刀で切り飛ばした。
「ぐわっ!?」
脚を切り飛ばされたことによる痛みで、切られた切断面から液体をまき散らしながら、エドゥアルドは苦しみの声を上げた。
「おのれ!」
脚を切られた怒りをそのままに、エドゥアルドは右前脚で攻撃を放ってきた。
「……無駄」
“スパッ!”
俊輔は左脚同様右脚も難なく切り飛ばした。
「ぎゃっ!?」
「お前程度の魔物なんて腐る程倒して来たんだ。そんな攻撃で俺に触れる事なんて出来るわけないだろ?」
無人島ダンジョンで、10層毎に戦ったボス達には何度も死ぬ思いをしてきた。
そのボス達と比べると、今の俊輔からしたらエドゥアルドは大した相手にはならない雑魚キャラだ。
「ぐうぅ……!! 貴様さっきまで俺の攻撃を避ける事に必死だったじゃないか!?」
「んっ? 必死? そんなわけないだろ? ただ最小限の動作で躱していただけだけど?」
「なっ!?」
俊輔は最初のエドゥアルドの攻撃を見て、魔族化してもこの程度かと思っていた。
何か特別な事をしてくるのかと思って一応警戒していたのだが、こんな事ならさっさと倒して鳥使いを追うべきだった。
内心そんな事を考えていながら攻撃を躱していた俊輔は、これ以上エドゥアルドに付き合う事をやめる事にした。
「さて……、どうする? このまま続けて全部の脚切り落とされるか? 大人しくまた人型に戻って連行されるか?」
「………………ふ、ふざけるな!!」
怒りの声と共に、エドゥアルドは俊輔に全身でぶつかっていった。
「それが答えか?」
“スパパパ……!!”
“ズズンッ!!”
向かって来るエドゥアルドに一言呟くと、俊輔は予告道理全ての脚を切り飛ばした。
支える脚が無くなった為、エドゥアルドは地面に巨体を落下させた。
「ぐうぅ……」
エドゥアルドは痛みで呻き声を上げるが、立ち上がる脚が無くなり身動きが取れないでいた。
そして気を失ったのか、次第に動かなくなっていった。
“すうぅ……”
「ん?」
気を失ったせいか、エドゥアルドは人間の姿に戻り横たわっていた。
「何だ? 気を失わせれば元に戻るのか? 良い事知ったな」
魔族化したら殺すしかないと思っていたが、どうやら気を失わせればいいという事が知れただけ良かったのかもしれない。
生かしておけば従属魔法で情報を得られたりなど、利用できる事が沢山ある。
「鳥使いの方が重要な情報を知っていそうだが、取り敢えずこいつだけでも居れば良いか……」
そう言って俊輔は、魔力の糸を前より強度を増して作り出し、エドゥアルドを全身グルグル巻きにして縛って置いた。
「さてと、京子達はどうしたかな?」
手の空いた俊輔は京子達の戦っている方を眺めたのだった。




