第80話
「……………えっ?」
帰ってきた俊輔の発言に、グレミオのマエストロであるエクトルは耳を疑った。
「……いや、バッタの群れを潰してきた」
自分の言葉に、エクトルの反応が悪かったので、俊輔は同じ事をもう一度話した。
「偵察だけで良いと言ったのだが、……まあいい、こんなに早く帰って来たと言うことは、それほど群れを成していなかったのだな?」
俊輔達に頼んだのは午前中、まだ2時間くらいしか経っていない。
幾ら俊輔がとんでもない実力の持ち主だとしても、帰ってくるのが速すぎる。
エクトルはその事から、大した数の群れにはなっていなかったのだと判断した。
「いや、5000はいた」
ちゃんと数えてはいなかったが、何となくそれぐらいいたと思った俊輔は、平然とそれを口にしたのだった。
「ごっ、5000だと………?」
それを聞いたエクトルは、平然ではいられなかった。
「1000も集まれば町全体で事に当たらねばならんというのに、たった3人で5000だと……?」
俊輔達が倒してきた赤いバッタは、数年から数十年に一度大量発生によって町に大打撃を与えてきた。
しかし、冒険者グレミオの発足によって、冒険者による早期発見、早期討伐で、ここ20年は大量発生を抑えてきた。
前回の大量発生ではかなりの打撃を受けたのだが、その時でも1500近くの数だった。
それが今回は5000、3倍以上の数の群れが集まっていた事も問題だが、2時間ちょっとでそれを退治してきた事に驚きで続きの言葉が出てこなかった。
「ああ、でも魔石ごと消すほどの魔法を使ったんでちょっと森が……」
驚きで目が点になっているエクトルに対して、俊輔達はバツの悪そうな表情に変わった。
「んっ!? 森がどうした?」
俊輔の言っている意味が分からず、エクトルは疑問の言葉を投げ掛けた。
「ちょっと一部が焼け野原に……」
「……いや、ちょっとって俊ちゃん……」
何となく後ろめたさから誤魔化そうとした俊輔に対して、京子はつっこみを入れた。
幾らなんでも数100mもの範囲を焼け野原にしておいて、ちょっとで済ますには不可能である。
どうせグレミオも確認の為に見に行くのだろうから、ここで誤魔化すのは後々よろしくない。
「かなりの規模が焼け野原になっちゃいました……」
京子につっこまれ、仕方ないかと思った俊輔は、正直に話すことにした。
「かなりの規模? どれくらいだ?」
5000ものバッタを相手にしたのだから、多少は森の破壊は仕方がないことだ。
その事から、エクトルもある程度はやむを得ないと考えていたのだが……
「半径400mくらいの周囲が焼け野原に……」
「………………えっ!?」
またしても耳を疑う発言に、エクトルは固まってしまった。
「……400m? ……どんだけ大規模な魔法を放ってんだよ……」
とんでもない数を相手にしたとは言え、規模がでかすぎる。
それほどの規模を焼き尽くす魔法なんて、ドラゴン相手でなければやりすぎである。
それほどの範囲の森が再生するのに、どれ程の時間がかかると思っているのだ。
森は魔物が住み着くので迷惑な事もあるが、木材は建築や家具、冬には暖房の為の燃料に使えるなど、人にとっては重要な物である。
それだけの森の木が無くなっては、樹木の値段が上がって町の経済に支障が出るかもしれない。
「……まあ、5000のバッタが攻めて来ていたら町が滅びていたかもしれないんだし、よしとするか……」
エクトルの言う通り、経済の事を考えられるのも魔物が全滅したからだ。
5000の魔物がいなくなったのだから、今回は仕方ないと思うことにしたのだった。
「それにしても5000もの魔物が集まるなど、恐ろしいのと同時におかしいと感じるな……」
バッタは大量発生することがあるとは言え、5000もの数はこの町の歴史では聞いたことがない。
何かしらの原因があったのではないかと、考えるようになっていた。
その事に気付いたエクトルは、原因が思い付かず首を傾げるしかなかった。
「あぁ、それなら……」
「!!?」
俊輔は、魔法の袋からある物体を取り出して、エクトルの部屋のテーブルの上に置いた。
その物体を見て、エクトルは戸惑った。
「何なんだ? この魔獣は?」
俊輔が取り出した物体は、エクトルが聞いてきたように魔獣のような姿をした死体だった。
「この2足歩行の感じと放っていた魔力から、恐らく魔族だな……」
その姿は、昔地元の官林村を滅ぼしに来たホセが魔獣に変形した姿に似ていた。
バッタを倒し終える頃に、いつの間にか現れていたので、こいつが元凶だろうと考えた俊輔が、バッタのついでにあっさりと心臓を貫いて殺害したのであった。
「……これが魔族? 最近ちょくちょくと噂が流れてきているな……」
魔獣の死体を興味深く眺めつつ、エクトルが一言呟いた。
「噂?」
エクトルの呟きに、俊輔は気になり問いかけた。
「あぁ、これまで平和だった町に、突如魔物の大群が押し寄せてきて町が滅んだ。それを魔族が魔物を操って行ったって噂が流れている。本当かどうかは分かってはいないのだが……」
「ふ~ん……」
エクトルの説明に、俊輔は少し考え込んだ。
「この魔獣の死体はどうするんだ? 良かったら買い取るが?」
魔獣の死体には、角や爪などの強固そうな素材が見受けられる。
武器や防具に使えば中々良いものか作れそうなので、エクトルは買い取りの提案をしてきた。
「素材が使えるなら森の木を燃やしたお詫びにタダで譲るよ。バッタの魔石が大量に手に入ったし、金にはまだ困っていないし……」
日向から出るとき、この5年で魔物を倒して手に入れた魔石を幾つか売ったので、俊輔達の懐はそれほど寂しくない。
魔獣の死体の事などハッキリ言って興味がない。
素材が使えるなら、これを詫びにしてしまおうとエクトルに渡すことにした。
「おぉ、そうか? 結構良さげな素材だ。遠慮なく頂かせて貰うよ」
タダで手に入った思わぬ素材に、エクトルは嬉しそうに話していた。
「じゃあ、俺達はこれで……」
「おう! また困った時は頼むな?」
「気が向いたらな……」
報告もし終わったし、エクトルは魔獣の素材で何を作るか楽しそうに考え始めていた。
もう用がないので、エクトルとのやり取りをして、俊輔達はグレミオから出ていったのだった。
「お昼だし、どこか食べに行こうか?」
いつもの3人(2人と1羽)になり、とりあえず一仕事した事でテンションが上がっていたのか、京子は俊輔の腕に抱きつき、ランチに誘ってきた。
「いいね!」
「ピー!」
体を動かしたお陰でお腹が空いていた俊輔とネグロは、京子の誘いに乗って当初の予定だったレストラン巡りの店に向かって歩いていったのだった。




