第77話
ペラ・モンターナ大陸の東、グルーポ・デントロの国、アリバカンポという町に現在いる俊輔と京子は、観光で闘牛を見ることにした。
日本人からしたら、スペイン文化として有名な闘牛だが、現在は動物愛護などの観点から最近は閉鎖されたりしているらしい。
日本人は闘牛と言ったら闘牛士が、赤いマント(ムレータ)を操って牛を軽やかに躱し、剣を刺すというイメージが強いと思う。
しかし、実際それはクライマックスに行われる行為であって一部に過ぎない。
実際はピカドールと呼ばれる馬に乗った槍士が槍を刺し、闘牛士の助手のバンデリジェーロが数人で短剣を刺し、最後にマタドールがマントで操り、剣で止めを刺すというのが大体の流れであるらしい。
少しずつ牛を弱らせていく様子が、愛護団体に批判されているところだろう。
因みに闘牛士と言ったら赤いマントと思われるが、別に牛は赤い色に反応しているのではない。
牛は色の識別が出来ないので色は関係ない。
牛は揺れる布に反応しているのである。
ある話だと、牛ではなく闘牛を見ている観客を興奮させるために赤いのではないかという話である。
『愛護団体の言いたいことも分かるけれど、歴史のある文化の1つなんだから無くしてしまうのはどうなんだろう……』
俊輔は転生する前ニュースなどでこの事を知った時、このように思ったのであった。
転生した今、前世のスペインと似た文化のペラモンターナにも闘牛があり、闘牛士と呼ばれる職業が存在している。
しかしスペインの闘牛とは些か違う形の闘牛になっている。
闘牛士がムレータと剣で戦うのは同じだが、ピカドールやバンデリジェーロなどはなく、日本人がよくイメージする闘牛と闘牛士の1対1の闘いになっている。
「……牛は牛でも牛鬼かよ」
出てきた牛を見て、俊輔は思わず呟いた。
その通り、この世界の闘牛は魔物の牛鬼であった。
それもそのはず、この世界でただの牛を倒しても盛り上がらない。
しかし、人間にとって害をなす存在の魔物を華麗に倒すからこそ、この世界の闘牛は盛り上がるのである。
「あの人結構身軽だね?」
隣で観戦している京子が、俊輔に向かって話しかけてきた。
「まあな……」
鬼の顔に牛の体をしている牛鬼は、確かにパワーがあって一般の人間では危険だが、知能が低く、動きも一辺倒なので訓練次第では結構簡単に倒せる魔物だ。
闘技場で牛鬼と闘う闘牛士は、京子が言ったように身軽で、ムレータを使って華麗に躱し、剣で牛鬼に傷をつけて弱らせていっていた。
「ハッ!!」
「ギャーーー!!!」
闘牛士に体中を傷つけられ、とうとう牛鬼は力尽きて横たえた。
「ハーーーッ!!!」
僅かに動く牛鬼に向かって、闘牛士が止めを刺した。
「「「「「ワー!!」」」」」
華麗な戦闘を見せた闘牛士に向かって、観客は大きな歓声と共に拍手を送った。
拍手の大きさから、どうやら人気がある闘牛士だったらしい。
俊輔と京子も十分楽しみ、闘技場を後にした。
◆◆◆◆◆
「あっ!?」
「ん? どうしたの?」
レストランで昼食を食べ終えて店を出たところで、俊輔はあることを思い出した。
「冒険者登録するの忘れてた!」
日向からの乗船費用に入国費が加算されていたので、1週間の入国滞在許可が下りている。
しかし、その期間を過ぎた場合、身分証を持っていないと不法滞在で逮捕される可能性がある。
これからこの大陸を旅する為にも、身分証が必要になってくる。
冒険者グレミオ(ギルド)に登録すれば、身分証を発行して貰える。
観光をすることに気持ちが向いていたので、登録するのを忘れていた。
「じゃあ、登録しに行こうか?」
「そうだな!」
観光をする時間は沢山あるので、さっさと登録しておくことにした。
「あっ! あった」
京子と共に通りを歩き回り、ようやく冒険者グレミオの建物にたどり着いた。
「俊ちゃん……」
「ん? ……分かった。行っといで……」
中に入ると京子は少し顔を赤くして、俊輔に耳打ちをしてトイレに向かっていった。
「先に済ませておくか……」
トイレに行った京子を待つ間、登録を済ませてしまおうと俊輔は受付に向かって行った。
因みに、頭の上にはいつものように従魔の丸烏のネグロが乗っている。
「すいません! 登録したいんですけど……」
「はい! ようこそ冒険者グレミオへ!」
受付のカウンターに向かうと、女性の職員が笑顔で対応してきた。
「あ~!? おい! そこのガキンチョ! お子ちゃまには冒険者なんて無理だ! 帰ってママのオッパイでもすすってな!」
受付に冒険者の説明を受けていると、お約束のちょっかいをかけてくる男が現れた。
「……なんて、ベタな……」
俊輔は、あまりにも分かり易く喧嘩を売ってくる男に、思わず呟きながら振り向いた。
「あっ……」
俊輔が振り向くと、そこにいたのは昨日京子にボコボコにされた男だった。
まだ完全に治っていないのか、顔にバンソウコウが数ヶ所張られていた。
「何だ!? テメエ俺の事を知ってるのか? それもそうだろう。俺様はAランク冒険者のガビノ様だからな!」
俊輔がガビノの顔を眺めていると、ガビノは勘違いしたのか、高らかに声をあげた。
「やめて下さいよ! ガビノさん!」
初心者の俊輔にちょっかいをかけるガビノに、職員の女性が注意をした。
「うるせえ! 黙ってやがれ!」
職員の為にも、そろそろ俊輔がガビノの事を排除しようとしたところ……
「……どうしたの? 俊ちゃん!」
京子が俊輔の所に寄ってきた。
「!!!?」
京子の顔を見たガビノは、驚きと恐怖で固まってしまった。
「……いや、この人が何か用があるらしくて……」
俊輔は人の悪い顔をして、ガビノを指差しながら京子に話した。
「……あんた、昨日の……」
京子は俊輔が指差した男を見て、不快な表情になった。
「いいえ!! 何でもありません!! 私はこれにて失礼します!!」
その京子の表情に顔を真っ青にしたガビノは、綺麗なお辞儀をして一目散にこの建物から去っていった。
「……何だったの?」
「……さあ?」
ガビノが去った後、俊輔と京子は呆気にとられた感じになった。
「……まっ、あんなの放っといて登録しようぜ!」
「そうね!」
しかしその事もすぐに忘れて、登録をすることにしたのだった。




