第310話
「様子見はもうやめだ。全力で行かせてもらう!」
「それはこっちの台詞だ!」
お互い笑みを浮かべながら言葉を交わすと、両者共魔力を高めた。
「シッ!!」
「っ!!」
先に動いたのはエステ。
様子見だった先程よりも速い速度で、俊輔との距離を詰める、
そのまま一直線に突っ込んでくると思っていると、少し手前で方向転換する。
「ハッ!!」
「っっっ!!」
方向転換したエステが、足に魔力を集める。
そして、その魔力を使って、足の裏からから火炎を放ち急加速する。
それにより、俊輔との距離を詰めたエステは、速度を利用した突きを放ってきた。
「ぐっ!!」
エステの放ってきた高速の突きを、俊輔は2本の木刀をクロスして受け止める。
しかし、その威力によって、俊輔は後方へ吹き飛ばされた。
「チッ!! ジェット噴射かよ……」
エステが使ったその原理をすぐに理解し、体勢を立て直して着地した俊輔は、思わず愚痴をこぼした。
ただでさえかなりの速度をしているというのに、更に加速されては、一瞬も気を許せないということだ。
火魔法を使用してジェット噴射のように加速移動する方法。
思い付きはするが、かなりの魔力コントロールを求められる。
失敗すれば、自身の脚に大怪我をする事は必至だ。
魔力量に胡坐をかいている傾向の強い魔族が、こんな細かい魔力コントロールができるなんて思いもしなかった。
元々容易に倒せる相手ではないと分かっていたが、俊輔は脅威の度合いをもう一段階上げた。
「ハッ!!」
体勢を立て直した俊輔に対し、エステはまたも接近しながら、死角へ死角へと周囲を動き回った。
そして、いつの間にか握っていた砂を俊輔に浴びせ、瞬きをするのに合わせて、またも火魔法による急接近をおこなった。
「くっ!!」
急加速による突き。
先程と同じように防いでは、また飛ばされてしまうだけ。
そう考えた俊輔は、少し斜に構え、エステの攻撃を受け流すように対応した。
「良い反応だ!」
「うるせえよ!」
受け流されたエステは、またも俊輔の周りを移動し始める。
そして、移動しながら上手いこと自分の攻撃を防いだ俊輔を褒めた。
敵であるエステに褒められても嬉しくない俊輔は、イラ立ちつつ返答した。
「ハッ!!」
「っ!?」
左足で地を蹴り、エステはまたも火魔法による加速をおこなう。
しかし、これまでと違い、俊輔とは違う方向に移動した。
その意図が分からず、俊輔は怪訝そうな表情になる。
「ハッ!!」
「なっ!!」
別方向へ向かったと思ったら、エステは右足で地を蹴り、俊輔へ向けて加速する。
細かいコントロールを必要とする急加速を、両足で使いこなせるようだ。
そのことに驚いた俊輔は、僅かに反応が遅れる。
「がっ!!」
なんとか木刀による防御は間に合ったが、体制が崩れていた状態で受けために吹き飛ばされ、俊輔は何度か地面を弾んでから起き上がった。
「ここが砂地で良かったね?」
「…………くそっ!!」
俊輔を砂まみれにしたエステは、してやったり顔で話しかける。
それに対し、俊輔は言い返せなかった。
エステの言うように、先程の攻撃をこのような足場の柔らかいところ以外で受けていたら、地面に打ち付けた部分にダメージを負っていたからだ。
「その速度アップを、まさか両足で使いこなしているなんてな。今まで見てきた魔族の中でも桁違いの魔力コントロールだ」
「お褒めにあずかり光栄だね」
顏についた砂を洗いながら、俊輔はエステの魔力ントロールが高いことを再確認する。
その言葉に、エステjは笑みを浮かべながら礼を言ってきた。
「別に褒めてねえよ」
「あっそ。じゃあ、続けよう!」
褒めたわけでもないのに礼を言われてもイラつくだけ。
そのため俊輔は、すぐにその礼を斬り捨てる。
冷たい対応をする俊輔に対し、エステは気にする事はなく、すぐにまた俊輔への攻撃を開始した。
「ハッ!!」
『いくら速くても、そんな直線的な攻撃がいつまでも通用するわけねえだろ!?』
高速移動による攻撃。
たしかに速いが、ギリギリ反応できないほどではない。
しかも、その速さは、使用しているエステにも影響している。
というのも、あまりの速さに、剣を振るようなことができず、攻撃が突き一辺倒になっているのだ。
それならば、対応できなくはない。
俊輔は、突き進んでくるエステに対し、反撃のタイミングを計る。
「フッ!」
「なっ!?」
エステの直線的な攻撃を防いでからの反撃。
それを狙っていた俊輔の少し前で、エステは急遽進路を変更する。
地を蹴り、上空へ跳び上がったのだ。
「ハッ!!」
「ぐっ!!」
跳び上がったエステは、上空でまたも火魔法による加速をおこなう。
これまでとはリズムを変えたトリッキーな攻撃に、俊輔は防御の反応が遅れる。
木刀による防御が間に合わず、エステの剣が肩を掠めた。
「くそっ! 空中でも使えるって事か……」
「その通り」
あれだけの魔力コントロールがあるとすれば、空中に魔力の足場を作ることなんて難しくない。
その足場を利用すれば、上空からでも加速攻撃ができるのも納得できる。
そのことに気付くのに遅れ、小さいとはいえ傷を負ってしまった。
先程の攻撃に、俊輔はいっぱい喰わされた思いになった。
「嘘……、俊ちゃんが押されている?」
あれだけ危険な魔物が蔓延るダンジョンを攻略してきた俊輔が、魔族とは言え1対1の対決で負けるという考えが頭になかった。
そのため、俊輔とエステの戦いを見ていた京子は、信じられないというような表情で呟いた。
「あれは我々とはレベルが違い過ぎる。巻き添えにならないように離れよう」
俊輔とエステの戦闘。
カルメラも見ていたが、はっきり言って2人の動きが目で追えていない。
援護しようと思っていたが、とても2人の戦いに入ることができそうにない。
余計なことをすれば、俊輔の邪魔になってしまう。
せめて彼が安心して戦えるように、カルメラはこの場から離れることを提案した。
「……そうね」
たしかにこの場にいても、自分たちは何も出来そうにない。
戦いを見守るにしても、距離を取った方が良い。
そのため、京子はカルメラの提案に頷いた。
「あっ! さっきのように回復されては迷惑だ。竜の死体は回収して行くわよ」
「あぁ、そうだな」
距離を取るのはいいが、先程のエステの回復を見ると、倒した竜の死体をそのままにしておくわけにはいかない。
そのことに気付いた京子は、カルメラと共に竜たちの死体を回収し、エルフの王子のフェルナンドも連れてその場から離れていった。




