第294話
「あれがエルフの国か……」
1体のワイバーンがエルフ王国上空を進む。
その背に乗った者が、ようやく見えてきたエルフ王国に笑みを浮かべる。
「それじゃあ、始めるか……」
エルフ王国が存在するアンヘル島。
その近くに存在する島へ向け、ワイバーンは速度を上げた。
「っ!! 兵を呼べ!! 緊急事態発生だ!!」
「か、畏まりました!!」
上空から迫り来る異様な魔力に、王都内の調査をおこなっていたラファエルが気付く。
この国において最大の魔力量の持ち主であることから、探知の範囲を広げていたのが功を奏したのかもしれない。
誰よりも早く反応し、部下に対して命令を下した。
王太子であるフェルナンドの命令に、部下の男はすぐさま兵の召集に動き出した。
「俺は先に行く!」
「殿下!? お、お待ちください!」
異様な魔力を持つ者は、かなりの速度で魔王封印の地に向かっている。
このまま兵が来るまで何もせずに待っていては、封印の地に手出しをされてしまう。
それを阻止するために、フェルナンドはすぐに行動に出た。
戦闘ができる場所へ向かい、上空にいるワイバーンを打ち落とすことにした。
走り出したフェルナンドに、護衛で付いている部下が慌てた。
王太子であるフェルナンドを護るのが自分の役割だ。
そのフェルナンドが危険の最前線に向かうなんて、当然止めなくてはならない。
しかし、止めることもできないほどに、フェルナンドは高速で移動をしてしまうため、護衛の男は離されないように必死に追いかけることしかできなかった。
「思ったより壊れていないわね……」
エルフ王国に来て2週間ほど経つ。
その間俊輔たちは色々とエルフ王国内を観光しており、今日は王城の北西にあるミレーラの実家に来ていた。
王城から離れた地にある実家に戻ったミレーラは、玄関を開けて懐かしそうに呟いた。
何十年もの間、ドワーフ王国にあるダンジョンから出られないでいたミレーラ。
帰ることができないと思っていた実家は、誰も住んでいない状態だったにもかかわらず、たいして壊れていない。
「ありがとうねビビアナ」
「どういたしまして……」
ミレーラがお礼を言うと、ビビアナと呼ばれた女性が返事をするが、その目は赤い。
死んでいる可能性の高かった幼馴染が生きて戻ってきた嬉しさで、顔を合わせた途端泣き出してしまったのだ。
幼馴染と言っても、見た目は大分違う。
ミレーラは見た目エルフそのものといった見た目をしているが、ビビアナは耳が少し長いだけの普通の人族に近い特徴をしている。
エルフの血の濃さが関係しているのかもしれないが、特徴だけでなく老化速度も少々違うようだ。
幼馴染といっても、20代の見た目をしたミレーラと違い、ビビアナは30代といった感じに見える。
ミレーラを知る者でも、さすがに数十年も戻らないでいたため、生存の可能性はないと思っていたが、1番仲の良かったビビアナは諦めきれず、戻ってきた時のためにミレーラの実家を掃除していてくれたそうだ。
そのお陰で、壊れず残っていたのだから、ミレーラはとても嬉しそうだ。
「ありがとう俊輔。ミレーラを連れて帰ってくれて」
「いや、もう何度も頭を下げないでくれ」
ミレーラが家の中を懐かしそうに見回り始めた所で、ビビアナは俊輔に感謝の言葉と共に頭を下げようとするが、俊輔はそれを手で制止する。
というのも、ミレーラが戻ってきたのを知った周囲に住む者たちが、代わる代わる俊輔に感謝の言葉をかけてきた。
ビビアナもそうなのだが、彼女の場合何度も何度もしてくるので、いい加減困ってきた。
なので、俊輔は謝罪はもういらないとばかりに、近くにあった椅子に腰かけた。
しかし、
「っ!!」
「……どうしたの? 俊ちゃん」
座ったばかりの椅子から立ち上がる。
俊輔も上空の存在に気が付いたのだ。
その反応に、京子が不思議そうに問いかける。
「……来た」
「えっ?」
上空の魔力に、俊輔はとうとう来たのだと理解する。
俊輔やフェルナンドが特殊なだけで、上空まで探知を広げていない京子は気付いていないらしい。
「来た!!」
「えっ!?」
気付いた俊輔はすぐにミレーラの家から飛び出す。
その慌てた反応に、京子も戸惑いつつ付いて行く。
「アスル!! 飛ばせ!!」
「……!! 【了解っす!!】」
家の外で待っていたアスルの背に乗ると、方角を指差して指示を出す。
突然のことながら、指示を受けたアスルは念話で返事をし、すぐさまその方角へ向けて走り出した。
「ちょっ、俊ちゃん!!」「俊輔!?」
一緒に来ていた京子やカルメラが置いてけぼりをくらって驚きの声を上げるのを無視し、頭にネグロを乗せた俊輔は、高速で南東へ向けて移動をした。
「んっ? っ!!」
俊輔が高速で移動する中、上空にいたワイバーンはもう少しで封印のダンジョンと言う所まで迫っていた。
封印のダンジョンへの進入を試みるためにワイバーンはが下降を始めた所で、ワイバーンの背に乗っていた者はあることに気付く。
地上から強烈な風魔法が放たれ、飛行を阻害されたワイバーンが急降下せざるを得なくなったのだ。
このままでは危険だと判断した背に乗る者は、ワイバーンの背から飛び降り、海岸の砂地へと着地をした。
「……さっきの攻撃はお前か?」
「その通りだ」
着地した者は、海岸には1人の男が立っていることに気付き、問いかける。
その問いに対し、海岸にいた男は頷いた。
風魔法で海岸へと落としたのはフェルナンドだ。
魔王封印の地に進入されることを阻止できたことに、フェルナンドは内心密かに安心した。
「貴様が魔族のエステか? 魔王復活のためにここを狙っているという話を聞いている。エルフ王国王子として、当然ながら阻止させてもらう!」
エステという魔族が、エルフの国の側に封印されている魔王の復活を企んでいると、現国王の父から聞いている。
その情報が、京子を諦めなければならない状況を作り出した俊輔だということが気に入らないが、だからと言って放置できる話ではない。
明らかに人間の者とは思えない魔力を有する目の前の男に対し、フェルナンドは腰に付けたホルスターから抜いた銃の銃口を向けて話しかけた。
「……フッ! 何だここをバレていたのか?」
俊輔からの説明を受けていた通りの特徴を持つ、目の前のエステと思わしき男。
魔王復活のためにここを狙う事は予想できていた。
そのことを告げると、目の前の魔族はため息を吐いて呟く。
その言葉は、どことなく他人事のようにも聞こえる。
「全く、詰めが甘いな……エステの奴め」
「……? お前がエステではないのか?」
聞いていた特徴的と照らし合わせて、目の前の男はエステだと思っていた。
しかし、話を聞いていると何だか違うように思える。
それを確認するように、フェルナンドは確認の問いを投げかけた。
「私はセントロ。魔王復活のために魔族を組織する長だ」
こうフェルナンドの問いに返答し、セントロを名乗る者は全身に魔力を纏った。




