第281話
「おぉー!! 速い速い!!」
獣人大陸を出て、現在俊輔たちは海の上にいた。
目的地であるエルフ王国へと向かうためだ。
俊輔は帆に魔法の風を送り、船の速度を上げていた。
その速度によって感じる疾走感に、上機嫌の声をあげていた。
「やっぱり魔力が多いと得だな……」
船を操縦する船長が呟く。
カンタルボス王国から出港した船のため、乗っている船員はみんな獣人。
獣人で魔力が多い者は少ないため、魔法で帆に風を送って加速するという行為ができない。
そのため、俊輔のやっていることに驚きと感心をしているようだ。
「魔法をこんなことに使うなんて……」
「エルフでもないのになんて魔力量しているの……」
俊輔のやっていることに、カルメラとミレーラは感心よりも呆れているという様子だ。
カルメラは魔法を戦闘以外に使うという発想に、ミレーラは俊輔が結構長い時間魔法を使い続けているということにだ。
「これなら、あっという間にエルフ王国へ着きそうだね?」
「えぇ」
心地良い風を感じながら京子が話しかけ、ミレーラは返答する。
普通に航行するにしても、エルフ王国までは数日かかる。
しかし、俊輔の魔法によって移動速度が上がっているため、予定よりも速く着くことが予想できる。
長い船旅も覚悟していたところだが、嬉しい誤算だ。
「いくら長命だからって、何十年もの間離れていたから、楽しみでしょ?」
「そうね……」
エルフは長命で有名だ。
ドワーフの国にある危険ダンジョンの攻略に参加したミレーラは、もう長い間故郷であるエルフ王国から離れている。
運良く俊輔に遭遇するまで、彼女はある層から動けなくなってしまっていた。
帰れるどころか、いつ死を迎えるかもか分からなかった状況から帰国できるなんて考えもしなかっただろう。
そのため、ミレーラは感慨深げに返事をした。
「どんなふうに変わっているかしら?」
京子の言うように、エルフは長命の一族。
長い年月を生きるため、急激な変化を求めてはいない。
そのため、何十年も経っているとは言ってもそれほど変化している様には思えない。
それでも、何かしらの変化は起きているだろう。
エルフ王国のあるアンヘル島の変化に、期待するミレーラだった。
「ご両親は?」
「……島を出る前に死んでしまった」
「それは申し訳ない」
京子とミレーラの話を聞いていたカルメラが問いかける。
何となく聞けないためミレーラの年齢は分からないが、容姿などからまだ若い方なのではないかと思える。
そのため、まだ両親などが健在なのかと思って問いかけたのだが、亡くなっていたようだ。
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、カルメラはすぐに頭を下げた。
「もう100年近く前のことだから気にしないで」
「……年数の桁が違うわね」
「流石エルフ」
謝ったカルメラに対し、ミレーラは笑顔で返答する。
身内の死の悲しみに年数は関係ないとはいっても、さすがに人間において一生分の年数が経っていると聞くと、カルメラはなんとなく謝って損した気分になった。
その桁の違う年数に、京子はあらためてエルフとの違いを感じた気分だ。
「それにしても、カンタルボス王国でも試合をさせられるとは思わなかった」
「全くね」
エルフの話が一段落すると、京子たちはヴァーリャ王国を出発してカンタルボス王国に着いた時のことを思いだしていた。
ヴァーリャ王国を出発した俊輔たち一行は、問題なくカンタルボスへと入国することができた。
そのヴァーリャ王国の国王であるモデストから渡された書状が効いたのだろう。
カンタルボス王国の国王はダミアンと言う名で、モデスト同様筋骨隆々な偉丈夫といった感じの虎の獣人だった。
その姿を見た俊輔は、若干嫌な表情をした。
何かモデストに通じるものを感じ取っていたのかもしれない。
そのため、その後どういう展開になるか予想できた。
「家の息子と一戦願いたい」
案の定というか、試合を申し込まれてしまった。
国王の息子と言ったら王子だ。
そんなの相手にして、もし怪我をさせてしまったらどうなるのか溜まったものではないため、俊輔は丁重に断ろうとした。
「死ななければ、どんな結果になっても気にしなくていい」
父親としてそれでいいのかと問いかけたくなるが、王家の男子は厳しく育てられているらしく、それが彼らにとって普通のようだ。
試合をするように言われたダミアンの長男であるクルスも、何の文句もなく父の意見に従っていた。
勝っても負けても文句がないというのなら仕方がない。
断れる雰囲気ではなかったため、俊輔はその試合を受けざるを得なかった。
クルスとの試合の結果は、俊輔の勝利。
戦った俊輔の感想からすると、クルスの実力はヴァーリャ王国のビクトリノと同程度のものだった。
身体能力と剣術はかなりのものだったが、俊輔が対応しているとクルスもモデストと同様に魔闘術を使用してきた。
獣人の中でも特に戦闘の才能が高い場合、魔闘術を使用する者が増えているようだ。
その魔闘術にも対応した俊輔により、クルスは段々と追い詰められて試合終了といった具合になった。
大怪我をさせることなく勝てたため、俊輔としては一安心した所だったが、その分実力不足を感じたクルスは悔しそうだった。
その悔しさを少しでも晴らそうと、俊輔たちが次の日にはエルフ王国へと向かう船の出る港町へ出発する予定だというのに、少しでも訓練を付けてくれと俊輔に頼みこんで来た。
さすがに王子の頼みをむげにできなかったため、俊輔は少しだけならと稽古をつけなくてはならなくなった。
しかし、クルスは本当に才能があるらしく、魔闘術のコツを指導したらすぐに上手くなっていた。
何年かすれば、ヴァーリャ王国のビクトリノよりも上の強さを手に入れられるのではないかと思う。
「結局王様に気に入られたんだから良かったのかな?」
「そうね」
「獣人のそういったところはいいところだな」
京子の言うように、クルスに勝ったことで俊輔は王であるダミアンに気に入られた。
モデストと同じように、またカンタルボス王国へ来ることがあった場合、入国を許可する証を渡してくれた。
これで、またこの国へ来てゆっくり観光することができる。
「……そろそろ止めた方が良いんじゃないか?」
「そうだね……」
京子たちが話している間も、ずっと俊輔は魔法で風を送っていた。
さすがに心配になってきたため、カルメラが京子に止めるように言ってきた。
京子も同じように思ったため、俊輔を止めに行くことにした。




