第260話
「そんじゃ、また……」「ピー!」
「うん!」「えぇ!」
京子とミレーラを置いて、俊輔はネグロと共に転移する。
いつものように攻略を進めるため、別行動をとるからだ。
「よしっ! 行こうか?」
「ピー!」
現在俊輔は70台の階層の攻略を進めている。
昨日までの位置に戻ってきた俊輔は、頭の上のネグロに声をかけた後、攻略の足を進めることにした。
このダンジョンに入ってからは、ネグロはずっと京子のことを守ってきた。
京子のことも幼少期から知っていて好きだが、やはり主人である俊輔の方が好きだ。
その俊輔と、久しぶりに冒険できることが、ネグロとしてはとても楽しみだ。
そのため、ネグロは嬉しそうに俊輔の言葉に反応した。
「京子のやきもちのお陰で、久しぶりに2人だな?」
「ピー!」
30年もの間攻略を続けてきたミレーラ。
知り合って数日すると、京子やカルメラと仲良くなっていた。
しかし、俊輔がミレーラと共に攻略を進めることを提案した時、京子は「美人さんと2人きりなんてなんて駄目!」といったため、組み合わせを変えることになった。
それによって、久しぶりにネグロと共に行動することになり、俊輔としては懐かしく思っている。
日向近くにあるダンジョンに流された時は、ずっとネグロと共に行動していたため、その時のことが思い出される。
「別にダンジョンの攻略しかしないんだがな……」
「ピ~……」
側に女性がいるからって、俊輔は手を出すような気持ちは存在していない。
なので、別にミレーラと攻略をしても良かったのだが、京子に止められたらしょうがない。
京子のやきもちが少々過剰なのは昔からなので諦めるしかない。
やれやれというような思いで呟いた俊輔に、ネグロは労うように声をかけた。
「それじゃあ、魔物退治を始めましょう!」
「うん!」
ダンジョン内で俊輔と遭遇したエルフのミレーラ。
仲間と共にダンジョンに進入したが、予想以上に魔物が強力で仲間たちはみんな死んでしまった。
なんとか1人生き残り、何とかダンジョン攻略を目指してきたが、ここ数年60台の階層が全く攻略できずに足踏みをしている状況だった。
とてもここから先に進めるとは思わずいた所で、久しぶりに人間と遭遇することになった。
名を俊輔といい、エルフでも昔にしか使い手がいなかった転移魔法を使いこなす日向人だった。
そして、今は俊輔の妻である京子の訓練に付き合っており、ミレーラは近くの魔物との戦いに向かった。
「ハッ!」
30年以上の間ダンジョンの攻略に挑んで来たミレーラだが、攻略を目指していたのはただここから出たいという一念だったからだ。
いくら長命のエルフとは言っても、あとどれだけの年月を有するか分かったものではない。
しかし、俊輔の実力を見せてもらったら、自分よりも強いことが理解できたため、ここの攻略は俊輔に任せることにした。
かと言って、完全に人任せという訳にもいかない。
俊輔が攻略して封印された魔王へと流れる魔力を少しでも消し去るため、魔物の魔石を奪っておこうと、ミレーラは目の前に現れた虎の魔物を撃ち倒した。
「すごいね。ミレーラさん」
「ありがとう。だてに60台の階層まで行ったわけではないからね」
苦も無く魔物を倒したミレーラの腕前に、京子は褒めるように声をかける。
それに対し、ミレーラは少し照れたように返答した。
「70手前だって言ってたよね。やっぱりそこまで行くのってきつかった?」
「……えぇ、地獄のような日々だったわ」
動きを見る限り、ミレーラは自分よりも実力が上だ。
その動きを少しでも盗もうと、京子はやきもちを焼いたふりをしてペアになったのだ。
このダンジョンでたった1人、生き残り続けたと言うだけでとんでもないことだ。
どう行動するのがいいのか、その経験談に興味を持って京子は問いかけた。
その問いに、ミレーラは遠い目をして呟いた。
「毎日毎日魔物から逃げて、何とか生き延びることを続けてきた結果といったところね」
「……とんでもなくきつかったのね」
昔のことを思いだしたのか、ミレーラは何だか虚ろな目をしている。
それを見るだけで、京子はミレーラがかなりの精神的苦痛を負っていたのだと理解した。
「俊ちゃんみたいに転移ができないと攻略できないダンジョンだもんね」
東西南北にあるというこの強力なダンジョン。
京子はここと北のダンジョンの2つに参加したが、とんでもなくきついというのは嫌でも分かる。
出てくる魔物はどれも危険生物ばかりで、気を抜けばすぐにでも魔物の餌食になってしまう。
夫であるが、俊輔がよく攻略できたと感心する。
攻略のカギは転移魔法であり、転移魔法が使いこなせなければ、ミレーラのようにダンジョン内で食事や睡眠をとらなくてはならなくなる。
そうなると、食事はともかく寝れても数分と体を休める時間がない。
そう考えると、俊輔が転移魔法が使えて本当に良かったと思う。
地上にある拠点で休めるのは、こんなダンジョン内でもとても恵まれた環境で過ごしていると言っていい。
「エルフでもごく数人しか使えないというのに、俊輔というのはすごいんだな」
ミレーラが出てくる前までのエルフ王国にも、転移魔法が使える者が数人いた。
ダンジョン内がこのようなことになっているとは思わなかったため、強者ばかり集めた部隊なら攻略できると思っていた。
その見積もり甘く、仲間は次々死んでいき、残った自分は懸命に生き残ることに注視してきた。
何十年もの間ダンジョン内で生活することになり、いつ寝ている時に襲われて死ぬか分からない日々だった。
俊輔によって地上に転移し、安全な場所でゆっくり布団で眠れた時は天国にいるような気分だった。
それと同時に死の恐怖が襲ってきて、震えが止まらなかったのを思いだす。
「そうでしょ! 俊ちゃんは昔からすごいんだから!」
「フフッ! 仲が良くてうらやましいな……」
夫である俊輔を褒められて、京子は嬉しそうに胸を張る。
その様子に、ミレーラは微笑ましそうに笑みを浮かべた。
「ミレーラさんにはそういった相手はいないの?」
「いないな。言い寄ってくる奴はいたが……」
俊輔と自分の話を楽しそうに聞くミレーラ。
自分ばかり話していることに気付き、京子はミレーラのことを聞こうと問いかけた。
綺麗だし、恋人がいるのではないかと思ったのだが、そういった相手はいないらしい。
しかし、後半になると、何か嫌な人間の顔を思いだしたのか、渋い表情へと変わった。
「っ! 話はいったん中止ね!」
「うん!」
話している最中だが、探知に引っかかる反応があった。
そのためミレーラは真面目な表情で探知した方角に目を向ける。
京子もその反応に気付いており、武器を抜いて戦闘態勢に入った。
結局その時に出た魔物も、京子とミレーラは連携で難なく倒し、先へと進んで行くことになった。




