第195話
「夜中だと何にも見えねえな……」
現在、俊輔たちは夜中の海を航行中だ。
何故か仲間に入ったカルメラのお陰で、筋肉ムキムキのスキンヘッドのおっさんが船長をしている船が、魔人族が住む魔人大陸へと渡らせてくれることになった。
本来、魔人大陸への渡航は許されていないのだが、バレなければいいだろうと、ほとんど密航状態で出発した。
バレないためには夜中出発しかないと、辺り一面真っ暗な、漁港からかなり離れた場所から乗船になった。
出発して少し経つが、バレないためにも明かりを点ける訳にはいかないので、周りは真っ暗で何も見えない。
景色を眺めながらの船旅という訳にはいかず、俊輔はちょっとテンションが上がらないでいた。
「しょうがないだろ。明るいうちに出向して、見つかりでもしたら面倒だろ?」
「確かにな……」
たしかにカルメラが言うように、魔人大陸に行こうとしているのがバレたら、俊輔たちは良くても船長のおっさんがどうなるか分からない。
こんなことを請け負うのだから、真っ当な道を歩いている人間ではないかもしれないが、関係ないのに捕まったりしたら、俊輔たちとしてもちょっと心が痛む。
真っ暗でも、俊輔なら周辺に魔力を張っていればある程度の様子は分かるので、それで我慢するしかないだろう。
「それに、魔人大陸には最短距離で1日半はかかる。昼間の景色はその時見ればいい」
「そうだな」
大陸間の最短距離を通ると言っても、1日半はかかる。
つまり、1日は景色を眺める時間はある。
カルメラは、俊輔にその時にでも眺めることを勧めた。
「あそこが上陸地点です!」
魔道具付きの船で1日半。
船長の筋肉おっさんが、僅かに上陸できそうな場所を指差して叫ぶ。
「ここで大丈夫だ。ありがとよおっさん!」「ピー!」
船からは少し離れてはいるが、空を飛べるネグロはもちろんのこと、俊輔や京子も跳び渡れる距離だ。
ここまで船で送ってくれた船長のおっさんに対して礼を言うと、俊輔は船から跳んで魔人大陸へと足を踏み入れたのだった。
ネグロも俊輔と一緒に飛んで行く。
「ありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね!」「…………!」
京子も船長のおっさんにお礼を言い、跳び立つ。
ダチョウのアスルもそれに続いて跳び上がる。
「姐さん! 本気で行くんすか?」
「あぁ、ここまで連れて来てくれてありがとな」
俊輔たちがあっという間に居なくなり、船にいるのはあとはカルメラだけになる。
その時、船長のおっさんはカルメラを止めにかかる。
俊輔たちとはたいした会話はしなかったが、多少は仲が良くはなった。
しかし、所詮彼らは表の世界を生きている者。
裏の世界を知らない彼らとは、深い関係にはなることはない。
だが、カルメラは違う。
裏の世界では、ベンガンサという組織とカルメラの名前は多少は知られた存在だ。
この船長の男も、仕事で世話になった事がある。
そのため、危険な魔物がいる魔人大陸へ置いてくるなんて、心配でしょうがない。
そのことに気付いているが、カルメラは俊輔たちに付いて行くことを決めていた。
「とんでもないっす! 無事の帰還を祈ってます!」
「じゃあな!」
心配そうな表情をしている船長に一言だけ告げ、カルメラも俊輔たちの後を追いかけたのだった。
「……揃ったな。じゃあ、人が居そうなところへ行こうか?」
カルメラが来るのを待っていた俊輔たちは、いつもと変わりない様子で移動を開始し始めた。
「……お前たちは何が目的なんだ?」
「何がって……何が?」
移動を始めて早々、カルメラは俊輔たちに問いかけてきた。
しかし、何が目的かと言われても、俊輔は特に思いつかない。
「魔人大陸に行く何か意図があったのではないのか?」
「そんなのないよ」
質問に答えない俊輔に、何か言いたくない理由でもあるのかと思ったカルメラは、京子の方に問いかけ直す。
そして、京子から帰ってきた答えは、カルメラには信じられないものだった。
「……何だと!?」
海を渡るだけでもリスクを伴うことなのに何の目的もないなんて、ふざけているとしか思えない。
カルメラはその答えに驚き、思わず足が止まる。
「そうだな……、強いて言うなら……」
さっきの問いの答えを改めて考えていた俊輔は、ようやく答えが浮かんだ。
そして、足の止まったカルメラへ顔を向けて、
「観光だ!」
簡潔に答えを返したのだった。
「…………そんなことのためだけに行くのか?」
「えぇ!」「ピー!」「…………(コクッ)!」
観光なんて言うが、所詮は好奇心を満たすために来たに過ぎないということだろう。
それを真面目に言うなんて、正気の沙汰とは思えない。
俊輔だけがそう思っているのかと、京子たちにも目を向けるが、彼女たちも頷きで返してきた。
「おかしなやつらだ」
冗談ぽいが、全員本気で言っているようなので、もうカルメラは呆れて何も言うことができなくなってしまった。
「それにしても……、上陸できたのはいいが、こんな森の近くなんて……」
“ガサッ”
何だか変にここに来た理由を聞いて、カルメラが疲れたような表情に変わったが、改めて移動を開始し始めた。
すると、少しして近くの茂みが音を立てて揺れた。
「おっ?」
「グルルル……!!」
その茂みから俊輔たちの前に姿を現したのは、赤毛の巨大な熊していることが特徴のレッドグリズリーと呼ばれる魔物だった。
魔物の辞典などでは、トップクラスに危険な部類に分類される魔物だ。
まともな人間なら、見た瞬間に死を覚悟するのが普通だ。
「いきなりだな……」
魔人大陸について早々こんな強力な魔物に遭遇し、俊輔は呑気そうに呟く。
「何をのんびりと……」
そんな俊輔に、カルメラは慌てて短刀を構える。
どう考えても、そんな呑気に相手にする魔物ではない。
これは自分がどうにかしないとと思い、レッドグリズリーへ斬りかかろうとした。
“ドサッ!!”
「っ!?」
気が付いたら、カルメラが斬りかかるよりも早く、俊輔が動いていた。
俊輔が腰の木刀に手をかけたと思ったら、一瞬にしてグリズリーの首を斬り裂いていた。
首から上がなくなったグリズリーは、血を噴き出しながら地面へ倒れていった。
「さてと、町でも移動する前に熊肉でも食べようか?」
「うん!」「ピー!」「…………(コクッ)!」
強力な魔物を前にしても呑気にしていたのは、余裕の表れだった。
恐らくこの魔物レベルがゴロゴロいるのかもしれない。
なのに、俊輔は倒したグリズリーを解体し始めた。
「…………自信満々なわけだ」
先程の剣を見せられたら、カルメラはツッコむのも馬鹿らしくなった。
魔剣に操られた兄のシモンと戦っているのを見てはいたが、改めて俊輔の実力の高さに驚くと共に背中に冷たい汗が流れていた。
俊輔だけでなく、京子たちも態度が変わっていない。
さっきのグリズリーも、俊輔じゃなくても倒せたということなのだろうか。
それを考えると、自分一人が完全に実力不足に感じてきた。
「精進しないとな……」
熊肉を頬張るみんなを見ながら、カルメラは小さく独り言を呟いたのだった。




