第178話
「……んっ!?」
何かの爆発によって、弾け飛んだ壁から侵入した俊輔は、生存者がいないか探っていた。
すると、多くのベンガンサの連中が死体となって転がる中、見知った顔を見つけた。
「おいっ!! シモン!!」
「……クッ!? ……お、お前は…………!?」
横たわっていたのは、組織のトップであるシモンだった。
俊輔がシモンに駆け寄り上半身を起こすと、シモンは苦しそうに目を開いた。
そして、俊輔の顔を見ると、途切れながら言葉を発してきた。
「京子はどこだ!? 何が起きた!?」
弱っているため、シモンに警戒する必要はない。
彼等がこうなった理由も気になるが、俊輔としたら一番重要なのは京子の情報だ。
「……俺たちは…………奴に騙された」
「奴!? 誰のことだ!?」
はっきり言って、京子の情報の方を吐けよと内心思いながら、俊輔はシモンの言葉に反応した。
人間を相手するうえではかなり本気を出した俊輔を相手にしても、数撃もったシモンをこんな風にした者がいるとしたら気にならない訳がない。
敵であるシモンたちがどうなろうと構わないが、シモンをこんな風にした奴が京子にまで手を出したらと考えると、それを先に排除した方が良いかもしれない。
そう思って俊輔がシモンに問いかけると……
「迎えご苦労様……」
シモンとは違う声が聞こえた。
その声がした方向に俊輔が顔を向けると、爆発によって巻き上がった煙の中から、1人の人間が俊輔の方に向かってゆっくり歩いてきた。
「俊輔殿……」
「この状況は何が起きたのですか?」
その人間の姿を見て、俊輔は相手が相手なだけに言葉遣いに注意しながら、シモンに聞いたのと同じことを尋ねた。
だが、その人物はこの状況下で全くの無傷。
そうなると、明らかにこの男が先程の爆発を起こした人物だろう。
その証拠に全身に纏う魔力は、魔族とも違う禍々しい雰囲気をしているからだ。
「イバン様……」
その人間はイバンだった。
一振りの剣を片手に立っている様は、瞳孔が開いて完全にイッちゃってる。
これまで大人しく、時に無邪気な表情をしていたイバンとは、似ても似つかない雰囲気を醸し出している。
言いたくないが、姿を見るまでイバンも人質にされていたということが頭になかった。
「……お、俺たちは、そ、そいつに指示されて……」
何かしらの攻撃を受けたのか、深いダメージが抜けていないシモンは、俊輔に肩を借りてようやく立ち上がった。
左手の状態を見るに、恐らくは折れているようだ。
「こ、国王の暗殺を謀ったんだ……」
「……何?」
エルスール国王の暗殺。
確かに長とか呼ばれていた連中は、国王の暗殺を謀った。
あの時は、暗殺者特有の足運びや、纏う雰囲気に直感が働き、俊輔が阻止することに成功したが、バジャルデが指示していたと思った。
だが、バジャルデが国王を暗殺した所で何のメリットがあるのか分からない。
それはイバンにも言えることなので、俊輔はシモンの言葉を聞いても理由が分からなかった。
「俊輔殿は知らないでしょうが、私の母は王族の血を引いてましてね……」
「なるほど…………継承権か?」
イバンの言葉を聞いて、俊輔はイバンの護衛隊長であるフリオに聞いていたことを思いだした。
この国は女王が国の象徴としてなったこともあるため、女性であっても国王に付かせることはできる。
しかし、男の子供がいた場合、そちらに継がせるのが習わしになっている。
現国王はイバンの母の弟。
つまり、イバンにとって国王は叔父にあたることになる。
イバンの祖父にあたる前国王には、イバンの母になる王女のアデリナしかいなかった。
そのため、アデリナは小さい頃から女王となるべく教育を施されてきた。
それが、14歳になる頃に変化が起きた。
両親の間に子を授かったのだ。
生まれてみたら、なんと男の子。
これによって、アデリアは女王の座に就くことはできなくなり、公爵家に嫁ぐことになったのだそうだ。
「本来ならば女王の子となり、次の王位に就くはずだったのが、公爵家すら継げない状況だった」
バジャルデは妾子、イバンは正妻であるアデリアの子。
たしか、現当主はそういったことは差別せず、長男のバジャルデに継がせるつもりだったと、俊輔は聞いていた。
それを聞いて、イバンは内心腸が煮えくり返る思いだった。
現国王さえ生まれなければ、王位を継ぐ者だった自分が、馬鹿な妾子の兄に公爵家当主の地位までなくすなんて納得できなかった。
ならば、兄をどうにか消すしかない。
それに、国王である叔父はまだ若く子供もいない。
継承順位的に、自分がかなり上の方にいるうちに消せば、国王も夢ではない。
裏社会に手をまわし、国王暗殺をしてくれそうな組織を見つけたら、丁度いいのがいた。
魔人族大陸に近いこの国には、魔人の血を引く人間が多くいる。
そういった者に、この国は何の権利も与えなかった。
それによって迫害を受けた者たちが、国に復讐の怒りをぶつけるためにできた組織、ベンガンサだ。
「国王に近付くためにも、まずは公爵家だ」
「ベンガンサが動いて、バジャルドを操ったのか?」
国王暗殺も成したいが、接近するだけでもかなり難しい。
なので、場合によっては公爵家の地位から接近を試みるというのもありだ。
ベンガンサに動いてもらい、バジャルドとその周辺を崩していった。
そして、バジャルドが父から勘当されるように仕向けた。
「馬鹿はいいように動いてくれたよ……」
確かにバジャルドには良くない噂があった。
だが、公爵家の力を使えばもみ消せる程度だ。
それでは困るのはイバンだ。
ベンガンサの組織に、バジャルドの周囲の情報を操作し、選民思想が強くなるように持って行った。
そうして、父にも庇いきれなくなり、勘当状態にできた。
「報酬は魔人の子孫でもちゃんとした権利を与えるとかそんな所か?」
「あぁ……」
シモンたちからしたら、自分たちにも普通に生きる権利を求めただけだった。
それを約束してくれたイバンを頼みの綱として付き従ってきた。
しかし、それが全部覆された。
俊輔の問いかけに、シモンはただ頷くことしか出来なかった。
「まぁ、それはいいや。京子はどこだ?」
シモンがだまされようがどうでも良い。
イバンが国王になろうともどうでも良い。
俊輔は関心がない。
それより今は京子の安否が知りたい。
そのため、俊輔は再度シモンに京子のことを尋ねたのだった。




