第168話
「参ったわね……」
京子が木刀を向けた先にいる女は、バスタードソード片手に首を左右に振った。
「……お前がここまでの実力があるとは思わなかった」
京子の目を見つめながら女は話し始めた。
「てっきりあの男のおまけだと思っていた」
「……あながち間違いじゃないから腹立つわね」
魔の領域で訓練を重ねた京子の実力も、今ならSSSランク相当に達している。
とは言っても、一緒にいる俊輔はもはや人間で相手になる者がいるか怪しい存在になっている。
それに比べれば、自分がおまけになっているという考えも遠くないだろう。
京子自身も分かっていることなので、改めて言われイラっと来た。
「だが、我々もこれ以上の失敗は許されない。邪魔をする者は排除させてもらう」
そういうと、女は魔闘術を発動させて剣を京子に向けて構えをとった。
身長や肉付きは京子とほぼ同等。
髪はボブ(アゴから肩の間の長さ)程で、戦闘時に目に髪が入らないようになのか、前髪は眉にかかるくらいで切りそろえられている。
やや丸い顔立ちから幼く見えるが、年齢的には京子と同じくらいに感じられる。
「………………」「………………」
女と同じく、魔闘術を発動して木刀を構えた京子。
構えをとった2人は、お互い無言でにらみ合った。
『…………この娘、只者じゃない……』
敵の女が纏う魔力は淀みがない。
その構えだけで、京子は先程まで戦っていた者たちより上なのは理解できた。
““バッ!!””
少しの間無言でにらみ合っていた2人だったが、何の合図も無く同時に地を蹴った。
“ガキンッ!!”
「ぐっ!?」「くっ!?」
お互い振り下ろした武器がぶつかり合うと、まるで空気が震えたかのような音が響いた。
そのまま鍔迫り合いのような形になった2人は、お互い相手を押すように力を加える。
押される力を利用するように、2人とも後方へ飛び距離を取った。
「……力比べは互角のようね?」
「……そのようだな」
距離をとって武器を構えた2人は、またもにらみ合うような状態になった。
すると、京子は先程のぶつかりを冷静に分析していた。
敵も同じ考えだったのか、同意の答えを返した。
「……なら、次は……」
「……?」
話をしていた女は、突如構えを解いて京子に向かって歩き出した。
あまりの無防備に京子は手を出すのを躊躇した。
「速度勝負だ!?」
先程のゆったりした口調から、急に強い口調で言葉を発すると同時に京子との間の距離を一瞬にして詰めてきた。
「っ!?『速いっ!?』」
女の予想外の移動速度に京子は面食らい、内心では焦りの言葉が浮かんでいた。
懐に入った女は、京子の心臓目掛けて片手突きを放ってきた。
「あぶっ……!!」
「危ない」の言葉が口から出しきる間もない程の反射によって、京子はその攻撃を木刀で弾くことに成功した。
「シッ!!」
「くっ!?」
突きを弾かれた女はすぐさま剣を両手で持ち、袈裟斬り、左薙ぎ(逆胴斬り)の順に放ってきた。
それを、京子はなんとか木刀で防いだ。
しかし、体に当たるのは防いだが、胴の部分の服を僅かに斬られた。
剣に纏った魔力を刃物のように尖らせているのだろう。
それが自然と出来ているということは、相当な鍛練を積んでいるという証でもある。
攻撃を防がれた女は、またも後方へ飛んで距離を取った。
「あなたも速度重視……のようね?」
「……そうだ」
京子が斬られた部分を見たあと言ったもの部分を読み取ったのか、女は自分の攻撃が無傷で防がれたことに納得した。
これまでの交錯で、力だけでなく速度にも大きな差がないようだ。
そうなると、後は戦闘時の引き出しの数の勝負になって来る。
「ハッ!!」「ダッ!!」
その事が分かっているのか、お互い距離を詰めてのぶつかり合いが始まった。
女が唐竹斬りを放てば、京子が木刀で防ぎ、そのまま得意の足技で腹に蹴りを放つ。
その攻撃を自ら後方に飛ぶことで威力を激減させる。
蹴った時の感触から相手に痛手を負わせていないと判断した京子は、下がった相手を追って左斬り上げを放つ。
女はそれを両手で持った剣を振り下ろして止める。
またも鍔迫り合いの形になったが、上から潰す形の女の方が体勢的に有利。
僅かに京子の方が押し込まれる。
「…………フッ……」
「っ!?」
女が薄っすら笑みを浮かべたと思ったら、剣から左手を放して京子の顔面に掌を向けた。
何をするのかと思った京子は、その手を見て慌てて右に飛んだ。
そのすぐあと、先程まで京子がいた場所には魔力の球が通り抜けた。
“ボンッ!!”
京子に躱されそのまま廊下を飛んで行った魔力球は、奥の壁にぶつかったのか、振動と共に瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。
その振動から、相当な威力をしていたのが分かる。
「っ!?」
慌てて躱したことで体勢が崩れた京子に、女は魔力球を躱されたことを全く気にする素振りなく突きを放ってきた。
それを京子は横に転がることで回避する。
「つっ!?」
直撃は躱したが、剣が微かに掠り京子の肩が僅かに切れる。
「ハッ!!」
「っ!?」
斬られた肩から血を流しながら、転がる力を利用して立ち上がると、京子はそのまま薙ぎ(胴斬り)を放つ。
それを女は剣を縦にして受け止める。
「がっ!?」
胴を止められることを読んでいたのか、京子は後ろ回し蹴りを放つ。
咄嗟に魔力を集めて防御力を高めたが、肩に直撃した女は痛みに思わず声が漏れた。
肩に傷を負った2人はまたも距離を取り合った。
「ハッ!!」
「なっ!?」
距離を取ると魔法が得意な魔人の血が有利。
肩に受けた攻撃で痺れた腕の回復を図った女は、無数の風の刃を京子に放った。
一つ一つは威力は低いが、数が多い。
迫り来る風の刃を京子は木刀を振って弾いていく。
数が数なだけに全てを防げるわけもなく、京子の腕や足には細かい傷ができて血が流れた。
「……生まれて初めてだ。私と互角に戦える女がいるなんて……」
手を握って痺れが治まったことを確認した女は、魔法を放つのをやめ、傷は負っても全て軽傷の京子を見て笑みを浮かべた。
「……ギリギリの戦いが楽しいなんて、戦闘馬鹿なのかしら?」
「かもな……」
これまで自分と同等に戦える女がいなかったために気付かなかったが、今の状況を考えるとその通りかもしれない。
そう思った女は、京子の問いに笑みを浮かべつつ答えた。
「……だが、こちらは時間をかけている暇はない。次で終わらせる」
そういうと、女は半身になって剣先を相手に向け、顔の前で両手を交差するように構えた。
いわゆる霞の構えだ。
「それはこっちの台詞よ」
京子は前傾姿勢をして抜刀術の構えをした。
「ハーッ!!」
先に動いたのは女の方だった。
霞の構えの利点の一つは、そのまま突きを放つのに適した構えだということ。
高速の移動速度に加え、無駄のない突きへと移行する。
更に剣に纏う魔力を増やし、突きの威力を高めて防ぐ事すら許さない一撃へと昇華する。
その攻撃に対して、後から動き出した京子は真っすぐ突き進む。
“ブシュ!!”
その攻撃によって京子は左腕に傷を負い、深手からこれまで以上の血が噴き出る。
俯く京子から舞い上がる血を見て、女は勝利を密かに感じ、口が緩みそうになる。
“キッ!!”
俯いていた京子の顔が上がると共に女の笑みは恐怖に変わった。
京子のその目にはまだ光が灯っていたからだ。
「瞬連殺!!」
「……ぐはっ!?」
京子の必殺技が発動し、その攻撃を受けた女は仰向けのまま吹き飛び、そのまま落下して動かなくなった。
「ハァ、ハァ……」
片腕をやられ、残った右腕だけの攻撃を補助するために魔力を多めに使った京子は疲労から息を切らした。
「イタタタ……」
左腕に受けた傷は結構深く、京子は魔法の袋から回復薬を取り出し飲み始めた。
そして、倒れた女が気を失っていることを確認した京子は俊輔のいるパーティー会場の方へと歩いていったのだった。




