第159話
「今日は楽しかったね?」
「ピ~♪」「…………♪」
ここ数日の護衛による緊張感から解放され、屋台巡りを一日して満足したのか、京子・ネグロ・アスルはとてもいい笑顔をしていた。
俊輔としても、家族が楽しそうにしているのを見るのは嬉しいので、今日観光に出かけたのは正解だったみたいだ。
「……のんびりしている所悪いが、敵が襲撃してくるかもしれない時期が分かった」
公爵家の邸に戻り、俊輔たちにあてがわれた部屋で就寝を迎える時、俊輔は今日得た情報から導き出した考えを京子たちに伝えることにした。
「えっ? 嘘っ? いつの間に?」
「ビッ!?」
今日は一日屋台巡りで一緒にいたので、そんな情報を得ている暇など無かったように思えた。
なので、京子は俊輔の言葉が信じられず、思わず問いかけると共に、両手で抱いていたネグロをギュッと強く握ってしまった。
いきなり苦しい思いをして、ネグロから変な声が出た。
「鎧の兄ちゃんのお陰でな……」
俊輔がグレミオで偶々出会って意気投合した鎧の男だったが、肝心の名前を聞き忘れたことに俊輔は後から気付いた。
そのうっかりが頭をよぎったのか、若干声が尻つぼみになった。
「あぁ、あの時ね……」
言われて思い出した。
確かに京子は俊輔と少しだけ離れていた。
その時もそんなに長い間離れていた訳ではないので、思い至らなかったようだ。
「もうすぐここの闘技場で武闘大会があるらしい」
「武闘大会?」
「あぁ、フリオさんにも確認したんだが、この国の兵に志願する一般人が実力を競い合う大会だってさ……」
詳しい内容を知っておこうと、邸に戻ったことを伝えると共に、フリオにも尋ねておいた。
基本、この国の兵は貴族の子弟がほぼ無条件で、しかも最初からある程度上の階級で入隊できる。
もちろん、その為の教育を貴族のみが通える学校で教えている。
しかし、それだけでは兵の人数は全く足りない。
そのため、平民からの志願を受け付けているのだが、できれば優秀な人材を手に入れたい。
ついでにそれを祭りのようにしてしまおうと、数代前の王が武闘大会を開くように発案したらしい。
「やたらと屋台が出てるのもそれが原因らしい」
そもそも、今日の屋台巡り自体が珍しいく感じていた。
国の王都というだけあって色々な人や店があり、かなり賑わっているのは当然だが、流石にそこかしこに屋台が出店しているのにはちょっと疑問に思っていた。
それに、三日前にこの町に着いた時よりも増えている気がしたから尚のことだ。
「そうなんだ……」
京子も屋台が多いことは気になっていたが、美味しい物が沢山堪能できて楽しかったので、すぐに気にならなくなってしまった。
京子は引っかかりが抜け、納得したように頷いた。
「結構遠方の町から集まってるらしいぞ」
「だから冒険者が多かったんだ……」
大会の参加資格はこの国出身の人間で、年齢も40未満であれば良いと大分範囲が広い。
平民が実力を付けようとすれば、必然と冒険者をやるのが一番だ。
そのため、結構な人数の冒険者がグレミオに集まっていたのも理由の一つだろう。
「奴らが狙って来るとしたらこの大会時期かもしれないな……」
「……ふ~ん。……でも、どうやって?」
暗殺のなんかは、何かに乗じてことを起こした方が守る側にとっては難しいものだ。
そういう意味でこの武闘大会は絶好の機会かもしれない。
しかし、イバンには関わりがないようにも思える。
「この大会は王が楽しみにしているらしくて、観覧しに来るそうだ」
これはフリオに聞いた話だ。
現在の王も祭りのような賑やかなことが好きらしく、この武闘大会も毎年見に来ているとのことだった。
当然今年も見に来るはずだ。
「……それで?」
だからと言って、先程も言ったようにイバンには関係なさそうに思え、京子は俊輔に続きを促した。
「貴族としたら顔を見せない訳にはいかないだろう?」
「ご機嫌取りに?」
ここの国がどういった主従の関係かは分からないが、どこの国でも王の機嫌を取っておくのは貴族として当然の仕事と言ってもいい。
遠方の貴族でも余程のことが無い限り、この大会の期間に合わせて王都へ向かって来ているらしい。
下級貴族ですら王に謁見できる訳ではないにもかかわらず、自分もこの大会を楽しみにしているということを示すためだけに観覧にくるらしい。
王へのアピールだけでなくとも、貴族同士の情報収集の場にもなるため、大体の貴族が集まるらしい。
京子も日向の国で大名家に仕えた経験が一応ある。
なので、そういったことをしなければならない事は理解しているつもりだ。
自分は付き添いでしかなかったのだが、平民でド田舎出身のためか、そういったことがひどく面倒そうに思えて仕方がなかった。
「その通り」
京子の表情がほんの僅かに曇った気がしたが、自分と同様にあまりそういったことに関わりたくないのだろう。
そう判断して、俊輔は短く返事をした。
「フリオさんも俺の意見に賛成していたよ」
フリオにもこの大会の時期が危険だと伝えてある。
その意見に納得していた。
「バジャルドも一応まだ公爵家の人間だ。見に来るはずだ」
郊外の別宅へ行かされたが、まだセラルダ公爵家と縁を切った訳ではない。
恐らく……というか、確実に観覧に来るだろう。
王が楽しみにしている行事の時に、血を流すようなもめ事を起こすのはまともな人間ならやらないだろうが、これまでのことでバジャルドがまともでないのは分かっている。
「……分かった! 大会時期は特に注意するよ!」
確率の問題だが、高いのは大会時期という共通の認識が取れたので、それまでは警戒しつつも落ち着いた生活ができるだろう。
とりあえずもう結構な時間なので、今日の所はもう寝ることにした俊輔たちだった。




