第152話
「……フリオ、丸烏とはあんなに強かったか?」
「……いえ、あれは特別かと……」
エルスール王国の公爵家であるイバンの護衛を受け、王都クルポンへと向かうためアルペスの町を出発した俊輔たちとイバンたち一行だが、その進行状況は順調そのものだった。
先頭を走る俊輔たちの馬車の前には、盗賊や暗殺者は現れないが、魔物は時折現れる。
その魔物は確かにフリオたち護衛騎士でも倒せる程度の強さだが、現れた瞬間にネグロによって魔法で滅殺されていく様が、イバンたちの目の前で繰り広げられていた。
エルスール王国の貴族の中にも、丸烏の丸々、モコモコした姿が気に入り、ペットとして飼っている者もいる。
しかし、所詮は愛玩目的の魔物であり、戦闘で役に立つようになることはない。
野生ならともかく、従魔の丸烏がとんでもなく強いことに、イバンたちのように驚き以外の感情が湧かないのは当然かもしれない。
「……あれは本当に丸烏なのか?」
「だいぶ鍛えたんで……」
最後尾の馬車で周囲を見守る俊輔の隣で、御者の男性も前方で起きている光景に目を見開いていた。
隣に座る、その光景を起こしている丸烏の飼い主に尋ねるが、適当な答えが返ってきた。
俊輔からしたら結構真面目に答えているが、それを信じる者はいないだろう。
「ムニピオまであっという間に着きそうだな……」
「左様ですな……」
王都クルポンに着くまでには、その前にムニピオの町を通過する。
そこまでにある小さい村々を経由し、イバンとフリオが呟いたように、通常の予定より2日早く到着することができた。
◆◆◆◆◆
俊輔たちの護衛もあり、スムーズにムニピオの町にたどり着く前夜、公爵家邸の一室ではイバンの兄であるバジャルドが、一組の男女の目の前で肘掛けに肘をつき、脚を組んだ状態で豪奢な椅子に座っていた。
すぐ横には幼少期から仕えている執事が立っている。
跪く男女は、全身を黒い服を纏い、顔には前が見えているのか分からない程度の穴が、目に当たる部分に開いているだけの面を付けていて、全く容姿が判別できない様相をしている。
何とかシルエットで性別を判別できる程度だ。
「シモン、イバンの奴がもうムニピオの町に到着するそうだぞ?」
「……申し訳ありません」
冷静に見えるが、夕方に部下から届いた情報に、内心では腹立たしい気分で一杯になっていた。
跪く男に向かってその事を尋ねるが、男の口からは反省しているのか分かりづらいトーンで謝罪をするだけだった。
「高い金を払っているんだ。組織の人間を使ってでも奴を始末しろ」
「かしこまりました。ではそのように……」
確かにバジャルドが言うように高額の資金提供は受けている。
そのため、素直に返事をして立ち上がると、男はそのまま部屋から出て行く。
その一歩後ろに、一緒にいた女の方も付いて行った。
「宜しいのですか? 兄者……」
「奴の言うことは一理ある。情報では、新しく依頼した護衛にかなりの手練れがいるらしい」
付いて行く女の言葉通りだと、この仮面の男女は兄妹の関係らしい。
これまで、彼らの暗殺組織は依頼を受ければ確実に成功を収めてきた。
色々な人間に依頼を受けてきたが、成果を認められ、ここ数年はバジャルドからの依頼をこなすようになっていた。
腐っても公爵家長男のバジャルドは金離れが良く、組織としても良い金づるとなっている。
イバンの暗殺も、組織の下っ端に任せれば苦も無く済む案件だと思っていたが、とんだ邪魔が入った。
「……楽しそうだね?」
「気のせいだ……」
組織のトップにまで上り詰めるまで何度も死にかける思いをしてきたが、上り詰めてからは、妹の自分にまで感情を覗かせるようなことはしなくなっていた。
考えてみれば、男がトップに立ってから予想外なことが起こったのは初めてかもしれない。
指示を出すだけの立場になり、自分が動かなくて良くなったことに飽きて来ていたのかもしれない。
組織としては良くないことだが、久々自分が動かなければならないことに思わず感情が漏れてしまったのかもしれない。
「それよりも組織を動かせ! バジャルドが言うからではないが、カルリトスの体調は日に日に悪くなっている。猶予は少ない……」
「お任せください! 所詮は組織が動けば敵ではありませんよ。兄者」
現当主のカルリトスは、恐らく先は長くない。
素行が悪いことで有名なバジャルドが当主になるには、他に家を継ぐ人間がいなくなるしか手段はない。
なるべく証拠を残さないようにするためには、イバンが王都に入る前に始末することがベスト。
組織は少数精鋭。
しかも、戦闘狂揃い。
相手が誰だろうと負けるはずがない。
女は自信満々の声質で返事をすると、その場から消えるようにいなくなった。
◆◆◆◆◆
「美味い!!」
ムニピオの町に到着した翌日、俊輔たちとイバンの一行は現在領主邸の別館を借り、イバンの我が儘を受けた俊輔が日向料理(日本料理)を振舞っていた。
日向から遠く離れたエルスール王国では、そもそも日向人と出会うことが少ない。
ここまでの旅の途中、俊輔たちが食べる携帯食を見て興味を持ったのか、日向の料理を食してみたいと言い出したのだ。
フリオに聞いた話では、イバンの年齢は14歳。
この世界ではまだ成人していない上に、前世の知識に照らし合わせると、男が人生で一番馬鹿な時期の中二。
この時期の子供が言う多少の我が儘は仕方ないと、俊輔は器の大きい所を見せようとその我が儘を聞いてやることにしたのだ。
途中で豚系の魔物の肉が手に入っていたのでとんかつを作ってやったら、イバンは嬉しそうに幾つも口に運んでいった。
「美味しい!! やっぱり俊ちゃんの料理はおいしいね!!」
「ピ~!!」
「…………!!」
イバンだけでなく、京子・ネグロ・アスルもバクバク頬張り、幸せそうな表情をしていた。
「呑気だな……」
フリオの話によれば、この町での滞在中が一番イバンにとって危険かもしれないとのことだった。
それを一緒に聞いていたにもかかわらず、料理にまっしぐらな妻と従魔たちのことを不安に感じる俊輔だった。




