第145話
速度に物を言わせ、俊輔は玄武の懐へと入り込む。
「ハッ!!」
玄武の武器の鎚は、一撃の威力はとてつもないかもしれないが、俊輔相手には機能していない。
長い柄は、懐に入った俊輔の攻撃を防ぐために使われるだけになっている。
今も、俊輔が繰り出す連続突きを防ぐ事に必死だ。
「くっ!?」
至近距離での攻防は、完全に俊輔有利。
俊輔の幾つも飛んで来る突きを何とか弾き、その隙に玄武は距離を取った。
「ピー!!」
「熱っ!?」
これで一息つけると思った玄武だったが、いつの間にか背後にネグロが待ち受けており、魔法で火球放って玄武の背中にぶち当てた。
その火球は見事に的中したが、受けた玄武はダメージを受けていないような反応だった。
避ける事も出来るが、それが煩わしく感じたのかもしれない。
「休む間を与えるな!」
「ピー!!」
人に近い形に変身したからだろうか、休みなく続く俊輔とネグロの連携攻撃に、玄武は結構な汗を流している。
効かないとはいえ、ネグロの攻撃を躱さないのは疲労を覚えているからだろう。
それを読み取った俊輔はネグロと目を合わせ、このまま攻撃を続けるように指示し、ネグロも了解の返事をする。
『それにしても堅いな……』
戦闘開始から30分程経っているが、玄武が身に纏っている甲羅は強固な防御力を誇り、俊輔とネグロの攻撃が当たっても何のダメージ受けていない。
それを察して、甲羅に覆われていない顔や手足の部分に向けて攻撃を繰り出すが、最初の頃に比べてなかなか傷を負わせられなくなって来た。
甲羅さえ壊せることが出来れば、もっとダメージを与えられるかもしれない。
そう思い、甲羅にも攻撃を放つのだが、どこをどう叩いても何の効果も示さない。
「チッ!!」
攻撃を受け無くなって来たのは良いが、俊輔の思う通り結構疲労を感じ始めている。
舌打ちと共に、距離を詰めてくる俊輔とネグロを視界に入れるように方向転換し、玄武は大きく距離を取った。
「逃がすか!!」
折角疲労を与えて来ているのに、休ませるのはもったいない。
俊輔とネグロは左右に分かれ、玄武の両サイドから同時に攻撃を仕掛けるように接近を図る。
「ムンッ!!」
「っ!?」
“ズガンッ!!”
その時、玄武は鎚を思いっきり振り上げ、自分の側の地面に振り下ろした。
突然の奇行に、俊輔は何がしたいのか分からなかった。
強力に打ちつけた事で玄武付近の地面は隆起し、振動が俊輔の足元まで届いて来たが、足が止まる程ではない。
そのまま突っ込もうと思ったが、玄武の次の行動で方向を変えざるを得なくなった。
「セイッ!!」
「おわっ!?」
玄武の狙いは、隆起させた岩だった。
ひと際大きな岩に薄く魔力を纏わせ、怪力に物を言わせて俊輔目掛けてその岩を放り投げて来た。
上から押しつぶすように自分に向けて落ちてくるその大岩を、俊輔は慌てて回避した。
「ピッ!?」
俊輔が回避に移っている時、玄武はネグロにも攻撃を放っていた。
大岩を投げるのではなく、左手に掴めるだけの石を掴み、無数の弾丸のように放り投げた。
ネグロは防いでは危険と感じ、上空へ舞い上がる事でその攻撃から逃れた。
「野郎……消えた!?」
大岩を回避して玄武を睨みつけるが、先程までいたはずの場所には姿が無くなっていた。
俊輔は慌ててキョロキョロと周囲を見渡した。
「……はっ!?」
“ブンッ!!”
周囲に張った探知術によって、何とかすぐに玄武の居場所を察知できた。
察知した瞬間、俊輔はその場から前方に飛び込んだ。
次の瞬間、さっきまで俊輔が立っていた場所には、玄武の鎚が横に通り過ぎて行った。
「……影移動か!?」
「正、解!!」
俊輔は飛び込みを利用して前転を行う事で、すぐに体勢を立て直そうとする。
どうやって玄武が背後に現れたかと言うと、放り投げた大岩が鍵になっていた。
投げた大岩は、薄く魔力が覆われている事で地面に落下しても大破せずに形は崩れなかった。
その落ちた岩に出来た影を利用し、得意の闇魔法で自分の影から岩の影へと移動する事で、岩のすぐ側にいる俊輔の背後へと現れたのだった。
その術を俊輔はすぐに読み解いた。
しかし、読み解かれても玄武は表情を変えずに次の行動に出た。
「くっ!?」
飛び込みから立ち上がる間に出来た俊輔の僅かな隙に合わせるように、玄武が鎚を打ちつけて作った石礫が俊輔に向かって飛んで来た。
影移動する前、ネグロに放る石を拾うと同時に、周囲の石に魔力を纏わせておいたのだ。
それをこの瞬間に発動させる事により、背後に誰もいないと思っている俊輔の裏をかいた。
「なっ!?」
まさかの攻撃で、石礫を回避する間はなくなった。
俊輔は両手の木刀で飛来する石を打ち落としていった。
「あっ!?」
石礫を全て撃ち落としたが、その時には玄武が鎚を両手持ちで振り上げた状態で間合いを詰めていた。
目を見開く俊輔に向かって、玄武は跡形も残さんばかりに鎚を振り下ろした。
「っ!?」
“ドガンッ!!”
俊輔は咄嗟に地面を蹴り、掠めるくらいにギリギリで鎚を避ける事に成功した。
しかし、鎚は躱したが、地面を強力に打ちつけた事によって舞い散った石や土は躱す事は出来ず、俊輔は数か所細かい傷を負った。
「ダリャッ!!」
“ボカッ!!”
「ぐっ!?」
地面を打ちつけても玄武の攻撃は終わりではなく、地面を打ちつけた鎚を軸に横に回転し、俊輔の左腕に蹴りを当てた。
左腕に蹴りを受けた俊輔は、かなりの勢いで飛ばされていった。
蹴られる瞬間に魔力を増やす事で、一時的にその部分の防御力を上げる事で大きな怪我を負う事は免れたが、打撲による痛みで軽い痺れを感じた。
「回復などさせん!!」
痺れによって、俊輔は防御を主とする側の左の小太刀の握りが甘い。
蹴った時の感触からそれを読み取った玄武は、防御が緩くなっているはずの左側目掛けて鎚を構えて突っ込んで来た。
「ピッ!!」
「っ!?」
俊輔を仕留める機会と思い迫る玄武だが、その前に上空から高速で降りて来たネグロが割って入った。
得意のレーザー光線を、相殺されにくいように玄武の踏み出す足目掛けて連射し、否応なく後退させる事に成功する。
「……随分しつけたものだな?」
弱小魔物の丸烏に後退させられた事により、若干のいら立ちを滲ませながら玄武は俊輔に話しかけた。
もちろんネグロが普通の丸烏でないのは戦闘を開始してすぐに分かったが、それでも自分に恐怖を与える程ではない。
ただ、主人との連携をされた時、警戒をちゃんとしていないと痛手を負わされかねない。
玄武としては煩わしい存在になっている。
「自慢の家族だ!!」
「ピピ~!!」
玄武に言われた俊輔は、自信満々にネグロの事を自慢した。
褒められたネグロは上空に浮きながら、どや顔で胸を張っていた。
『もう少し弱らせたかったんだけど……そろそろあの状態に慣れて来たか?』
ネグロの介入のお陰で、腕の痺れはすぐに引いた。
服で顔に被った土の汚れを拭きながら、俊輔は玄武の動きが良くなってきているのを感じていた。
初に近い人化への変化。
慣れない体での戦闘というアドバンテージも、流石に時間切れと言った所のようだ。
「鉄壁を誇る我にここまで傷を付けるとは……素晴らしい!」
自信のある防御を突破し、浅いながらも顔や手足に傷を付け、血を流させた俊輔に感嘆の言葉を放った。
「そいつはどうも……」
余裕を感じさせるその言葉に、俊輔は警戒心を強めながらも言葉を返した。
「ふぅ~、では続きを始めるか……」
「……だな!」
言葉を交わす事で一息ついた形になり、仕切り直しの感は否めない。
俊輔・ネグロの有利な速度を利用した攻撃に対して、甲羅による玄武の強固な防御。
矛と盾の戦いは第2ラウンドへと入って行った。




