第144話
「良く来た」
腹に響くような重低音の声で話し始めた玄武。
巨体によるものなのか、とてもゆっくりとしている。
「苦労したぜ」
大きな怪我をすることは無かったが、1年以上の歳月がかかってしまった。
ここに連れ込んだのは魔族によるものだが、楽しい旅行を台無しにされた気分だ。
「ハッ!!」
“ボンッ!!”
玄武が急に魔力を纏い気合のような言葉を放つと、その巨体全体を煙のようなものが包み込んだ。
その煙が散るように無くなって行くと、そこには一人の人間に似た生物が立っていた。
「なかなか動きやすいな……」
2m近い身長に甲羅のような鎧を装着していて、蛇の尾が生えたごつめの男は、肉体の感覚を確かめるように手足を軽く動かし、その感覚に納得したように呟いた。
「変化の術か……? 羨ましいな。俺も練習するかな……」
俊輔には何が起きたのか分かっていた。
先程までの巨体のままの状態では、魔法の攻撃の良い的になる。
なので、玄武は人型形態に変化する事によってその事を回避したのだった。
俊輔からしたら、姿かたちを変えられるなんて面白そうなので覚えてみたいところだ。
「…………この変化に驚かない所を見ると、この術を使うものを見た事があるのか?」
俊輔が驚きもせずに自分のしたことを理解している様子から、玄武は訝し気に問いかけた。
「あぁ……、青い龍がいたところだ」
隠す事でもないので、俊輔は正直に答えた。
「青龍か……、無人島では仕方がないか……」
「っ!? この魔の領域とか言うのは何か知っているのか?」
玄武のその言葉に、俊輔は引っかかった。
その言葉は他のダンジョンについても知っている口ぶりだ。
なので、思わず問いかけずにはいられなかった。
「それを人間のお前が聞くのか?」
「……? どういう意味だ?」
玄武の言っている意味が全く分からなかった。
その口ぶりだと、ここを作ったのは人間だと言う事になる。
青龍がいた無人島は、存在自体があまり知られてはいないし、ここのダンジョンは国が危険だと近寄らないように促している。
言われてみたら近付かせないようにしているかもしれないが、それが意図してされているのかと言われると疑問に思う。
「出来てもう何百年も経っている。もしかしたら理由も分からず近付かせなくしているかもしれないな」
「……なるほど」
そう言われれば、確かにここの事を聞いた時、皆入ったら出られないから入るなと言うだけでそれ以外の理由で入るなと言う事は聞いたことが無かった。
それ以外にも、もしかしたら理由があったのかもしれないのが、それが年月によって忘れられたという事も納得できないでもない。
「それよりも……」
話を続けたいところではあるが、核に近付く者は排除するのが自分の仕事。
目の前の俊輔を排除するべく、玄武は話を切り上げようとした。
「っ!?」
その瞬間には俊輔が襲い掛かっていた。
ほぼ目の前に現れた不意の攻撃に、玄武は慌てて回避の行動を起こす。
ギリギリの所で俊輔の木刀を躱した。
「チッ!」
甲羅の鎧のようなものを装着しているので、そこを攻撃しても致命傷を与えられるか分からない。
傷を与えられそうな場所は顔・首・手・足ぐらい。
その中で傷を与えられそうな場所は首。
上手くいけば一撃で勝負を決める事が出来る。
そう思って首を狙った攻撃を放ったのだが、すんでの所で躱されてしまい、俊輔は思わず舌打をうった。
「いい性格してるな……」
身長差からからか、若干斜め下から飛んで来た木刀は完全には躱しきれなく、頬を斬り裂き血が流れていた。
「青龍の所で何度も死にかけたんでな……」
話している最中に攻撃を食らわす。
汚いと言えば汚いが、勝つためにはチャンスを逃してはならない。
それが俊輔が生き抜いて来た秘訣のようなものだ。
俊輔は、それをこの一言で説明した。
「なるほど……」
俊輔の物言いに、玄武は納得の声を呟く。
「玄武鎚」
“ドスンッ!!”
そして、続いて言葉を呟くと、玄武の目の前には巨大な鎚が出現した。
打ちつけて攻撃をする金属部分と、反対側は棘が生えたような形で、1.5mほどの長さをしている。
「…………ありゃやべぇな」
その鎚が地面に落ちた時の音を聞く限り、相当な重量をしているのが分かる。
それを軽々と片手で持ち上げている様子の玄武に、俊輔は言い知れぬ重い空気を感じ取った。
「ハッ!!」
「っ!?」
玄武の武器を見て警戒感を強めている俊輔に対し、今度は玄武が攻撃にかかった。
“ズガンッ!!”
玄武の鎚による垂直に振り下ろした攻撃は、俊輔には当たらず地面を思いっきり打ちつけた。
『一発でも喰らえばただじゃすまないな……』
魔闘術によって防御は高めている。
とは言っても、玄武の攻撃は一撃でも戦闘不能に追い込まれかねない威力をしていた。
それは打ちつけた地面の大きな陥没を見れば分かる。
『だが、威力はすごいが、速度がない』
先程の攻撃は俊輔にとっても脅威ではある。
しかし、俊輔に接近するまでの玄武の移動速度は大した速度ではなかった為、余裕をもって躱す事が出来た。
『今は……な』
これは予想で来ていた事だった。
前回の青龍も変化して人型の形態で俊輔たち戦った。
その時も最初の内は速度的には俊輔の方が有利だった。
「ピー!!」
攻撃を躱し距離を取った俊輔へ追撃をしようとする玄武に対して、背後に回ったネグロが得意魔法のレーザー光線を放った。
「おっと!?」
しかし、玄武は後ろを見る事無くレーザーを相殺する闇属性の魔法を放った。
飛び回るネグロを尾の蛇がちゃんと警戒していたらしく、その蛇がネグロ同様に口から魔法をはなったのだ。
「やっぱり魔法も使えるか……」
「当然!」
最下層の守護者が魔法が使えないなんてことは考えられなかったが、ネグロの魔法をあっさり相殺するとは思わなかった。
『そう言えば、玄武の玄は確か黒を意味するんだったっけ?』
前世の知識を呼び起こすと、その時はどうでも良い知識が浮かんで来た。
だが、これは思い出せてよかった。
恐らくこの玄武は闇属性の魔法が得意なのだろう。
俊輔も色々な魔法を使えるが、闇属性の魔法が得意なタイプとの戦いは経験が少ない。
少ないが大体どんな攻撃をしてくるかは予想できる。
注意すればそれ程危険と感じる系統ではない。
『今のうちに決める!!』
「っ!?」
速度の差はかなり有利。
それを生かして今のうちに玄武に致命傷を与える。
そう考えた俊輔は、二刀による連続攻撃を開始した。
「クッ!?」
『やっぱり防御は硬いか……』
玄武への連続攻撃は、甲羅の鎧に覆われていない部分だけでなく、確認もかねて腹の部分を攻撃してみた。
しかし、まるで強固な岩でも叩いているような感触に、やはり甲羅の部分への攻撃は無駄だと理解した。
甲羅に覆われていない部分への攻撃は鎚の柄を使って防がれるが、全ての攻撃を完璧に防ぐ事は出来ず、玄武の手足には細かい斬り傷が少しずつ増えて行った。
『奴が慣れないうちに……』
そう、俊輔の方が速度が速いのは理由がある。
もちろん俊輔は速度に自信があるタイプだが、纏っている魔力に対して玄武の速度がいまいち出ていない事には単純な理由がある。
これは青龍にも言えた事だったのだが、変化の術で人型形態に変わる事で巨大な質量をしていた状態よりも小回りが利くようにはなった。
だが、こんなダンジョンの最下層に来る生物など、歴史上皆無と言ってもいい。
つまり、人型形態に変化は出来たとしても、実際に変化した状態で戦う事はほぼない状態だ。
はっきり言ってその状態に慣れていない。
だから、若干速度に乗れないで戦っているため、俊輔の攻撃を対処できないでいるのだ。
「ハァー……!!」
「グッ!?」
こうして、俊輔たち有利の状態で序盤の戦闘は進んで行ったのだった。




