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第134話

「…………ピッ?」


「あぁ、あそこ(・・・)と同じような所だ」


 主人である俊輔との再会を喜んだあと、従魔のネグロは特等席である俊輔の頭の上に乗り、周囲の様子から浮かんだ疑問を問いかけて来た。

 俊輔同様、2度目の経験だったからか、ネグロもこの状況の事を理解したのかもしれない。

 問われた俊輔も言葉少なに答えを返したのだった。


「…………何なのここ? すぐそばにいたのに、何で俊ちゃんたちの気配が感じなかったの?」


 俊輔とネグロはすぐに状況を理解したのだが、訳が分からない状況に陥っている者がいた。

 妻の京子である。

 ダチョウの従魔のアスルは肝が据わっているのか、それとも俊輔たちがいるからなのか、あまり現状を気にしていない様子でいる。


「落ち着け! ちゃんと説明するから」


 掴みかかってきそうなほど慌てている京子に、俊輔は落ち着くようにジェスチャーをした。


「まず、ここは結界に囲まれている部分が全てダンジョンになっている」


「……ダンジョン?」「……?」


 京子が落ち着いたのを見計らい、京子とアスルに対して俊輔はこの場所の説明をすることにした。

 しかし、最初から何を言っているのか分からないと言ったように、京子とアスルはそろって首を傾げた。


「その結界から内部は侵入したが最後、脱出不可能の迷宮になっている」


 京子達が入って来た場所の結界を指さし、そのまま指を動かしながら結界がドーム状に張り巡らされている事を説明した。

 魔族との戦いが始まった時は夜中だったが、結界内に入れられて京子達も中に入って来た時には、もう日も登り始める時間の為、結界が上空にも張り巡らされている事が見える。


「…………、ハッ!!」


“ズガンッ!!”


 俊輔の説明で結界が張られているのを確認した京子は、結界を黙って眺めたあと、徐に魔力を纏った拳で結界を殴りつけた。

 

「無駄だ。前回の孤島のダンジョンでも月一で試していたけれど、ネグと俺が全力で攻撃してもびくともしなかった」


 京子の思い切りの良い行動に驚きながらも、俊輔は結界の攻撃は無意味だという事を伝えた。

 事実、京子が殴った場所は何の影響もなかったかのように、そのままの状態だった。


「イタタタ……、これどうやって脱出するの?」


 結構思いっきり殴ったからか、結界を殴った拳を振りながらこの場所の脱出方法を尋ねた。


「この結界内のどこかに地下へと進める入り口があるはず。そこから入って下へ向かい、最下層まで行かないと結界解除は出来ない」


「……そう? じゃあ、さっさと行って出て行きましょう!」


「待て!! 説明はまだ終わっていない!!」


 脱出方法を聞いた京子は、それなら早くそこへ向かいましょうと言わんばかりに結界内の中央に向かって歩き始めた。

 まだここの注意点を話してもいないのに不注意にも行動を開始しようとした京子に、俊輔は慌てて京子の手首を掴んで行動を止めた。


「何かまだあるの?」


 折角苦労して温泉を見つけて掘り当て、のんびりしていた所でこのような状況になってしまった事で、京子は若干機嫌が悪いようだ。

 そのせいか、こんな所はいつものように一刻も早く出て行きたいのか、この領域の危険性も気にせず先に進もうとしている。

 気持ちは分からないでもないが、経験則から言うと軽率な行動は危険でしかない。

 ここの攻略難易度を京子にもう少し教えておかなくては、俊輔でも守り切れない可能性も出てくる。

 その事を教えるためにも、俊輔は真剣な顔で京子に説明する事にした。


「お前俺とネグが5年かけて攻略した話を聞いていなかったのか?」


 以前、京子と共に日向の国の奧電の城から実家のある官林村までの帰省中に、5年間の事を道中で話しながら帰ったのに、先程の行動からその時の話をあまり聞いていなかったのかと思うと、俊輔は気が抜ける思いがした。


「…………そんなに難しいの?」


 京子からしたらその時の話を聞いていなかったわけではないのだが、俊輔が10歳の時の実戦闘力よりかは今の自分は上でいると思っている京子は、今の俊輔が注意しなければならないほどの危険度だとは思っていなかった。


「お前たちが来る前にちょっと探知してみたが、前回同様の反応が返って来たよ」


 ここの結界内の広さがどれくらいか1周して確認してみた時、俊輔は探知もおこなっていた。

 すると思っていた通りの反応があった事から、またあの時のように気を張った生活を送らなければならない事に、少しだけ気が重かった。


「魔物は全て強力、Aランクの魔物だったら1つ、場合によっては2つ上の階級の魔物だと思って対峙しないと、あっという間にあの世行きになるぞ!」


「…………そんなに強いの?」


 Aの2つ上の階級なんて、戦姫隊に所属していた時遭遇したヒポグリフくらいで、隊長の篤と連携して注意を引きつつ隊の総力を挙げてようやく倒した事があったぐらいである。

 ヒポグリフとは、鷲の頭部、翼、足に、胴と後ろ脚が馬の姿をした魔物で、早い速度で空を飛び回る事に手を焼いたことを思い出して、京子は顔色が蒼くなって来た。


「っ!? 来たっ!!」


「えっ!?」


“バッ!!”


「キシャァァー……!!」


 俊輔がまだ京子に説明をしている最中だったが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに森の木々をすり抜けてある一体の魔物が姿を現したのだった。


「蛇!?」


 俊輔の言葉に反応し、魔物の姿を確認した京子は、その姿に思わず声がでた。

 その声の通り、現れたのは巨大な姿の蛇だった。

 日向の国にもいたヤマカガシという毒蛇を巨大化させた魔物だ。


「百聞は一見に如かずだな……京子! こいつ一人で倒して見ろ!」


 鑑定してみると、恐らくSランクの下と言った所の魔物に見える。

 結界外だったらAランク相当の魔物なのだが、やはりここは特殊なのかランクアップしているらしい。

 京子にここの魔物の危険度合いを知ってもらうには、直接戦ってみるのが一番かもしれない。

 そう思った俊輔はこの蛇なら丁度いいと思い、京子に戦わせてみることにした。


「えっ!? うん! 分かった!」


 俊輔の考えを理解した京子は、主武器の木刀を抜いて魔闘術を発動させ、蛇と対峙した。


「キシャァァー!!」


 京子が1人で相手をすることを察した巨大蛇は、自分を舐めているのかと感じたのか、怒りのような声を上げて京子の事を睨みつけた。


「シャァーー!!」


 少しの睨み合いの後、先にしびれを切らした蛇が京子に向かって噛みつき攻撃を放ってきた。


「ハッ!!」


“ドカッ!!”


 その攻撃を待っていた京子は、ジャンプして躱すと同時にカウンターで蛇の脳天に木刀を思いっきり振り下ろして殴りつけた。

 俊輔から魔物や敵と対峙するときは必ず鑑定をする癖をつけるように言われていたおかげか、蛇の牙には毒がある事が分かっていた京子は、牙の攻撃をしてくる可能性が高い事を確信していた。


「ギッ!?」


『あまり効いてない!?』


 殴られた方の蛇も若干怯んだが、京子の方も少し驚きを覚えていた。

 先程の攻撃は結構本気の一撃だったが、頭蓋を砕くどころか、気を失わせることも出来なかったからである。


「一撃で駄目なら……」


 一撃加えた後、蛇の間合いから外れた京子は、一旦息を吐いて居合の体勢になった。


「瞬連殺!!」


“ズガガガガ……!!”


 どうやら一撃では仕留めきれないと判断した京子は、必殺技を放って仕留める事にした。

 先程の頭部だけでなく、京子は蛇の体中を滅多打ちにしていった。


「……ギッ、……ギャッ…………」


“ズズンッ!!”


 滅多打ちにあった蛇は、弱々しい呻き声を上げると、意識を失ったらしくそのまま横に倒れて行った。

 倒れても僅かに反応を示していたが、その間に京子が頭の部分を切り離してとどめを刺した。


「俊ちゃんが言ってた通りだったね。本気の一撃でも耐えられちゃうなんて……」


「ここはまだいい方だぞ。下層に行けば魔物はドンドン強力になって行くからな」


 戦ってみた率直な感想を述べながら、京子は蛇の頭部と肉体を魔法の袋にしまい込んだ。

 その様子を見ていた俊輔は、これから先更に面倒な事になる事を話す事で京子への注意喚起を終わらせたのだった。


「……出られるかな?」


 今の蛇ですら結構強力なのにも拘らず、更に上の魔物が出てくるなんて笑えない冗談だ。

 ようやく今になって不安になって来た京子は、咄嗟に出て来た疑問が口から出ていた。


「俺とネグがいるんだぞ。ついでに京子とアスルの戦闘強化も出来るんだ楽しくのんびり進もうぜ!」


「うん!」


 何も京子1人が頑張る必要などない。

 脱出経験のある俊輔たちが付いているのだから。

 こんな状況でも悲観した様子の無い俊輔の頼もしい言葉を聞いて、京子の不安は一気に吹っ飛び、改めて俊輔のすごさを感じた京子は、満面の笑みで頷いた。


「まずは寝床を探しに行こう!」


「うん!」


 先程自身が危険な場所だと言ったにもかかわらず、京子と腕を組みながら俊輔は寝床探しを始めた。


「「…………」」


 俊輔と京子がなんとなくイチャついた雰囲気になったなか、なんとなく蚊帳の外と言った感じになっていたネグロとアスルは、2人の姿を少し冷めた目で見ながら無言で付いて行くのだった。



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