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第129話

 温泉が湧き出た翌日、村長によって村人たちが集められ工事が開始された。

 この村に残っている人間はほとんど老人なのだが、涸れたと思っていた温泉がまた復活した事を喜ぶと共に、どこから沸いているのかと言うほど活発に動きまわり、温泉を近くの旅館に引くための工事を数日で完了させたのだった。

 源泉をそのままお風呂に汲んだところで、温度は熱湯。

 冷却用の魔道具などは以前の襲撃で壊れていたので、今稼働している旅館から離れた所で源泉が湧いたのは都合が良かった。

 パイプを通して、長い距離を伝わせ温度を自然と下げる事が出来たため、大きな出費をすることなくお湯を引くことが出来たらしい。

 旅館と言っても、現在稼働しているのは俊輔たちが今泊っている旅館しかないので、完成した事はすぐに俊輔たちに伝えられた。


「えっ!? もう出来たんですか?」


 温泉を引き当てた事で、ようやくここに来た本来の目的が果たせる事を待ち望んでいた俊輔たちだったが、この村の老人たちの力を見くびっていたのか、あまりの完成の早さに驚きの声を上げた。


「当然じゃ!」


 俊輔を驚かせることが出来たからか、村長はどや顔で答えを返してきた。


「防護壁の作製に温泉まで引き当ててもらい、これでまた観光客が集まって昔のように活気ある村に戻れるかもしれん……」


 そう言いつつ、村長は遠い目をして昔の事を話し始めた。

 その目は感動しているのか、潤んでいるようにも見えた。


「じゃあ、遠慮なく入らせてもらおうか?」


「そうだね!」


 老人の話は、為になる事もあるが如何せん長くなる。

 村長の長話が始まる前に返事をし、俊輔たちは温泉に入るべく、今までは使用不能になっていた大浴場に向かって行った。






“ガラガラッ!!”


「おぉっ! まさに露天風呂って感じだ……」


 俊輔が脱衣所で服を脱いで引き戸を開けて浴場に入ると、そこには岩を集めて作られた日本の露天風呂その物といった浴槽が目の前に広がっていた。

 こういった面白い発想をする人間は異世界にもいるようだ。

 旅館といっても洋式なのに、風呂は和風な感じがして若干の違和感を感じなくもないが、そんなこと気にすることなく、俊輔は体を一通り洗って温泉に浸かった。


「あ゛ぁ~……」


 少し温度が高い気もするが、なんとなく滑らかな感じのするお湯に、俊輔は親父臭い声がもれた。

 大きな浴槽を独り占めしている事に満足しつつ、夕焼けの空を眺めつつ俊輔はのんびりとお湯に浸かっていた。


“ガラガラッ!!”


「んっ?」


 いい湯に俊輔がぼ~っと一人浸かっていると、引き戸が開いた音がした。

 湯気で姿が見えないが、どうやら誰かが入って来たらしい。

 貸し切りにしてもらったはずなのに、他に人が入って来た事に俊輔は訝しんだ。


「…………京子? えっ? 何で??」


 湯気でシルエットしか見えなかったのだが、近付いてきたことで入って来た人間の顔が見えて来た。

 入って来た人間はタオルを体に巻いた京子で、その事に気付いた俊輔は頭に疑問符しか浮かんでこなかった。

 自分は確かに男湯の方に入ったはずなのに、京子が入って来たからだ。


「えへへ……、折角だから一緒に入ろうと思って特別に混浴にしてもらったんだ!」


「…………そ、そうなんだ?」


 体を洗って浴槽に入って来た京子は、照れて若干赤い顔をしながらイタズラっぽい笑顔をして俊輔の横に寄って来た。


「…………」「…………」


 夫婦とは言え、一緒に風呂に入る事など無かったせいか、俊輔と京子の間には何だか変な空気が流れて、何故か無言になってしまった。


「ピ~!」


「ネグ!?」「ネグちゃん!?」


 そんな中、露天風呂の高い柵など関係なく飛び越え、従魔のネグロが二人の前に下りて来た。

 それによって変な空気も消し飛び、俊輔と京子は顔を見合わせて笑顔になった。


「お前も入りに来たのか?」


「ピッ!」


 どうやら、寝ていた事で部屋に残されたのが寂しかったのか、ちょっぴり怒ったようにネグロは片翼を上げて返事をした。


“ガラガラッ!”


「…………!」


「アスルもか?」


 引き戸が開いてまた誰かが入って来たかと思ったら、今度はダチョウの従魔のアスルが入ってきた。

 ダチョウなので鳴き声を出さないが、念話で『自分も温泉て言うのに入ってみたいっス!』といっていた。

 旅館の側の厩舎に入っていたはずなのだが、旅館の女将とかは了承したのだろうか。


「みんなで入るのもいいかもね?」


「……だな!」


 そんな事はあまり気にしないのか、京子は気持ちよさそうにお湯に浸かるネグロとアスルを見て嬉しそうに話しかけて来た。

 その表情に、俊輔も深く考えるのはやめてのんびりする事にしたのだった。







◆◆◆◆◆


「「…………!?」」


 温泉を楽しみ、夕食を食べて俊輔たちがこの村に来て一番気持ち良く眠りについた深夜、眠っていた俊輔とネグロはある事を察知して布団から飛び上がった。

 俊輔たちとは違いその事を察知できない京子は、眠ったままだ。


「ネグッ! もしもの時は京子を頼むな?」


 慌てて防具を装着して旅館の外に出た俊輔は、経験からもしもの事を考えネグロを京子の側に置いて行く事を決意した。


「ッ!? …………、ピッ!!」


 俊輔と共に行くつもりでいたネグロだったが、俊輔のその指示に渋々ながら了解の返事をした。

 それを受け俊輔は夜の暗闇の中、村の防護壁を飛び越えて静かに村の外へ姿を消していったのだった。


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